第115話 帰国準備
父上との打ち合わせをした翌日、エリアスに父上は謁見を申し込んだ。
エリアスと本丸御殿で父上は謁見をすると、ファラと僕の顔合わせという内容に関しては問題なく終わったという認識を伝えた。
次なる段階として、帝国の帝都に出向き早々に婚姻の日程などを皇帝に打診するという話をした。
エリアスはこの件を了承した。
ただ、前倒しとなる為、本来期日までに用意する予定の物などもあったので、明日までは待って欲しいと言われた。
父上もこれを承諾して謁見を終えた。
レナルーテで数日しか経過してないが、あっという間の日々だった。
僕は父上に、レナルーテの城下町で出会ったニキークへの挨拶は今後の事もあるので必ず直接したいと申し出た。
それに、ドワーフのエレナとアレックスの件もあると説明して、城下町に出たいと伝えた。
父上は少し渋い顔をしたが、ニキークは母上の治療や魔力回復薬の原料に関わる可能性もある人物だ。
決して、蔑ろにするようなことがあってはならないと力説した。
エレン達も同様だ。荷物はクリス達に後便でも何でもするようにして、ともかくバルディア領に連れて行こうとも話した。
父上に最終的に折れてくれた。
ただ、護衛は多めに連れて行くように指示を受けた。
こんな風に折れてくれるなら、ちゃんと前もって相談すれば良かったと先日の事を僕は悔やんだ。
折角だからと、ファラも誘おうと思い彼女の部屋にも寄った。
だが、マレイン・コンドロイの件でファラもエリアスとエルティアから城下町に出ることを当分禁止されたらしい。
「是非ご一緒したいのですが、残念ながら先日、マレイン・コンドロイの屋敷に行った事で父上と母上に厳しく叱られてしまいました。その時に、当分は城下町に行ってはならないと……」
「そっか、それならしょうがないね」
ファラは耳を下げながら、残念そうな表情をしていた。
その時、彼女はハッとして何かを思いついたように言った。
「……‼ あ、そうです‼ 私が帝国のメイド姿になれば……」
彼女がまた突拍子もないことを言い出したので、被せるようにアスナが慌てた様子で叫んだ。
「姫様⁉ それは駄目です‼ お叱りを受けたばかりではありませんか⁉」
「アスナ……そうね。残念だけど諦めます……リッド様、戻られたらまたお話を聞かせて下さい」
「……うん、わかった。それじゃあ、行ってくるね」
アスナがファラを注意した時は中々に必死の形相だった。
恐らく彼女もエリアスとエルティアに叱られたのかもしれない。
そう思いながら僕はファラの部屋を後にした。
◇
「えぇええ⁉ 明日、僕達もバルディア領にいくのですかぁ⁉」
「さすがに、俺も急すぎると思うのですが……」
僕は城を出ると、真っ先にドワーフ姉弟のいるジェミニ販売店を訪れた。
僕は二人に、明日には自国の領地に向けて出立することを伝えた。
その際、一緒に来てほしいと説明した。
二人をその時に父上にも紹介すると話すと、二人とも目が点となり驚愕していた。
「うん。申し訳ないのだけど、バルディア領で色々として欲しいこともあるからさ。勿論、すぐに持ち運べないものはクリスやバルディア騎士団で運ぶようにするから安心して」
僕はニコリと笑いながら言った。
ドワーフ姉弟は顔を見合わせると、エレンが呆れた様子で言った。
「はぁ……わかりました。幸い、そんなに荷物もありませんから大丈夫だと思います。準備が出来たら、お城に行けば良いのですか?」
「そうだね。可能なら今日中にでも城に来てもらえれば助かるかも。お城の門番には二人の事を伝えておくから、来たときは僕の名前を出してね」
お城という言葉を聞いて、また二人は呆気に取られた表情していた。
そんな二人に僕はあるお願いをした。
「そうそう、この間の『魔刀』はお金を払って僕が買うからね。それと、『魔鋼』で考えていることがあるから、もし手元にあるならバルディア領に持っていけるようにしておいて欲しい」
「ありがとうございます。魔刀もリッド様という使い手に出会えて喜んでいると思います。でも、魔鋼は何にお使いなるのですか? 用途はかなり限られると思いますけど……」
エレンは魔鋼が欲しい、と言った僕の考えがよくわからない様子で怪訝な表情をしていた。
僕は笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、まだ秘密。でも、うまくいけばとても面白いことが出来ると思う。騎士団とクリスには伝えておくから、いま手元にある分とか出来る限りはバルディア領に持って行ってほしい」
「はぁ……わかりました。お店にある分とか、知り合いに預けている分とか出来る限り持っていけるようにしますね」
彼女は返事をしながらも僕の言葉の意図がわからず、アレックスと二人で最後まで怪訝な表情をしていた。
今後の流れを一通り説明すると、僕はジェミニ販売店を後にした。
◇
「はぁー……おめぇ、本当に嬢ちゃん、じゃなくて坊ちゃんだったのだな」
「……⁉ シーッ‼ そんな大きな声で言わないで下さい‼ そのことを知らない騎士もいます‼」
僕の慌てた表情にニキークはにやにやと笑っていた。
彼に僕が自国の領地に戻ることを説明した。
その為、別れの挨拶をしに来たと伝えると彼は「坊ちゃん、わかっているじゃねぇか‼ 人心を掴むっていうのは、そういうところだぜ‼」と上機嫌だった。
ニキークは母上の事も含めて今後、需要人物になる。
関係強化は絶対に必要だ。
彼としばらく雑談したとき、ふっと彼らのことを思い出した。
「ニキークさん、あの魔物達は魔の森に帰したのですか?」
「ああ、昨日のうちに魔の森には連れて行ったぞ。森の中に入って行ったからな。もう会うこともないだろうよ」
そうか、彼らは森の中に無事に戻ったのか。
人間に捕らえられて辛かったと思う。
とても賢い魔物達だったから、どうかすべての人を嫌いにならないで欲しいと思うばかりだ。
「おお、そうだ。お前達のことが噂になっているのを知っているか?」
「うん? なんのことでしょうか?」
ニキークはまたにやにやしながら、町で噂になっていることを教えてくれた。
何でも、マレイン・コンドロイはこの辺では「悪代官」として有名だったらしい。
彼に泣かされた町人達も多かった。
そんな時に、王女が従者と魔物を共に颯爽と現れた。
王女は魔物と従者を従えてマレインの屋敷に立ち入って、証拠を掴んだ。
逆上したマレインは王女を亡き者にしようと襲い掛かる。
だが、その王女を守る魔物と従者がマレインを返り討ちにした。
その姿を見た者達は王女に付き添う六名を称え、今は彼らをこう呼んでいるらしい。
「王女と高貴なる騎士」
ニキークは手振り羽振り大袈裟に語って楽しんでいた。
僕はそんな話になっているのかと驚愕した。
マレインの屋敷に行くまでの道中では町人に見られている。
マレインの屋敷から逃げ出した者達が町に逃げ込んで状況を話したのかもしれない。
しかし、城下町にほとんど出たことの無いはずのファラが、すでに王女であるとこが知られていることが気になる。
誰かが意図的に噂を流したのだろうか?
「これ、おめぇ達のことだろう? 坊ちゃん達はいま、町で大人気だ。王女様とも坊ちゃんは会うのだろう? よろしく伝えておいてくれよ。『王女と高貴なる騎士』様?」
「はぁ……なんのことだかわかりませんけど、ファラ王女に会うことがあれば伝えておきます」
彼のにやにやした笑みに対して、僕は少し呆れ気味に返事をしていた。
その後、ニキークに薬草の事をくれぐれもと伝えた。
彼は上機嫌、「任せとけ‼」と胸を叩いていた。
城下町で用事を済ませた僕は、早々に城に戻ることにした。
その様子を影から静かに伺っている存在に、僕は気付くことは無かった。
◇
僕は城に戻ってくると、父上に帰りの報告をした。
父上からは調整の結果、明日の昼前にはレナルーテを出立することが出来るだろうと言われた。
「明日にはバルディア領に戻る。今日はまだ時間があるのだ、ファラ王女の所にも行っておけ。しばらくは会えないだろうからな」
「はい。そうさせて頂きます」
父上からも言われた通り僕はファラに使いを出した後、彼女の部屋にお邪魔した。
ファラに明日にはバルディア領に帰る事を伝えた。
彼女は驚いた後、少し寂しいような、悲しげな表情になった。
僕は彼女を元気づけるように言葉を紡いだ。
「……次に来る時は一緒に帰れるだろうから、それまで待っていてね」
「……‼ は、はい。お待ちしております」
ファラは少し顔を赤らめ、寂しそうな表情は彼女から消えていた。
その時、僕はニキークから言われたことを思い出してファラに伝えた。
「あ、そうそう。マレインの屋敷であったことが、町中で噂になっているみたいだよ」
「え……? どういうことですか?」
ファラは呆気に取られた顔をしていた。
僕が事の次第を話すと、彼女は顔真っ赤にして照れていた。
「な、なな、なんで、そんな噂話が広がっているのですか⁉ あ‼ でも、私の名前までは広がっていないみたいで良かったです……」
彼女は大分慌てた様子で、間違ったことを言っていることに気付いていない。
僕が指摘するか悩んでいると、アスナがスッと手を上げた。
ファラは怪訝な顔で尋ねた。
「アスナ? どうしたの?」
「姫様、安堵している所に申し訳ありません。この国で王女は『ファラ』様だけです。つまり、王女と噂が広がった時点で姫様であることは周知されております」
「あ、そうでしたね……」
ファラはアスナが淡々というので、冷静さを取り戻したようだ。
だが、少しするとやっぱり赤くなって照れていた。
「まぁ、大丈夫じゃない? 人の噂も七十五日っていうからね」
「そうなのですか? そうですよね……噂なんてすぐに消えて無くなりますよね……‼」
そんなことを話ながら、僕はファラとの時間を楽しんだ。
◇
ちなみに、二人の噂に対する予想は大きく外れた。
名の知れた悪代官に王女が天誅を下す。
これほど、勧善懲悪で爽快な話しを国民が放っておくはずが無かった。
噂が広がって間もなく「王女と高貴なる騎士」の噂話が、ある舞台脚本家の耳に入った。
彼は後にこう語っている。
「あの噂話を聞いた瞬間、私の頭に雷が落ちたのさ。気付いたら、噂話の詳細をあちこち尋ね回っていたのだよ。アッハハハ‼」
彼が書き上げた脚本で作り上げられた舞台は、噂と同じ意味だが少し名前が変更されて公開された。
「ファラ・レナルーテと高貴なる騎士」
何故、噂話と同じ「王女と高貴なる騎士」にしなかったのか?
舞台監督は後にこう語っている。
「ファラ・レナルーテ王女は表舞台に出る人ではありませんでした。そんな王女が悪代官の話を聞きつけて、居ても立っておられず、町人の為に数人の騎士と立ち上がり行動したのです……‼ その活躍と功績をより多くの国民に知っておいて欲しかったのです……‼」
この舞台はレナルーテの国民で大人気となり、永く語り継がれることになった。
また、同時期にあった別の出来事も舞台化されており、二つの舞台はレナルーテを代表する作品として世界に知られていくのだが、それはまた別のお話……
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