第110話 三角関係……? リッドとファラとレイシス

ファラからの話を聞いた僕が感じたのは、エルティアに対する悲哀だった。


彼女が受けてきた教育。


父上がファラに伝えた言葉。


エルティアが彼女に伝えた勘当。


総合的に考えると、エルティアの真意まではわからない。


でも、決してファラを憎んでしていることじゃない。


むしろその逆ではないか? 


恐らく、密約の件が大きく関わっている気がする。


でも、ファラはきっと密約のことを知らないのだろう。


僕は彼女から聞いた話の内容に関して、考えに耽っていた。


「すみません。リッド様。私の母上に対する疑問を聞いて頂いて……」


「え? ううん。気にしなくて大丈夫だよ。さっきも言ったけど、僕のお義母様になる人だからね」


ファラは僕の言葉に嬉しそう微笑んでいた。


僕はそんな彼女の笑顔を見ながら、エルティアとの関係も何とかしたいと思っていた。


その時、部屋の外から兵士の声が聞こえてきた。


「レイシス王子がリッド様にお会いになりたいそうです。よろしいでしょうか?」


僕は兵士の思いがけない名前に「ドキッ」として、顔が青ざめた。


先日、メイド姿の時に彼に言われたことが脳裏に思い出されたからだ。


「……リッド様、兄上と何かあったのですか?」


「え⁉ いや、何にもないよ⁉」


ファラが僕の表情を怪訝に思ったようで、怪しむように質問をされた。


僕は少し挙動不審な感じで返事をしてしまった。


「では、兄上に来て頂いて大丈夫でしょうか?」


「うん……大丈夫だよ」


ファラは僕の返事にまだ怪訝な表情をしていたが、外に居る兵士に向かって返事をした。


間もなく、部屋にレイシスがやってきた。


「ファラ、急にすまないな」


「いえ、私は大丈夫です」


「リッド殿、体調はもう大丈夫でしょうか? 先日、来た時には入れ違いなってしまいました。御前試合での非礼のお詫びとお礼をずっと、お伝えしたいと思っておりました。本当にありがとうございます……‼」


レイシスはファラに軽く挨拶をすると、矢継ぎ早に言葉を紡いで僕に一礼した。


「いえいえ、あれは色んな事情が絡んでおりましたから、謝罪も頂いたのでもう大丈夫です。それに、レイシス様はファラ王女とのお話が進めば、兄上になりますからそんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」


「う、うむ。そうか、ならばお言葉に甘えさせて頂くかな」


僕はもう彼に対しては怒ってはいない。


だが、例の件で苦手意識がどことなくある感じだ。


僕の返事を聞いた彼は言葉遣いを早々に切替た。


そして、僕が触れてほしくない話題を本題とばかりに振って来た。


「時にリッド殿、貴殿のところに『ティア』という可愛らしいメイドがいるのは知っているか?」


「……‼ ゴホゴホッ⁉」


「⁉ リッド殿、大丈夫か? まだ本調子ではないのか?」


「……いえ、そのようなことはありません」


ティアという名前が出て僕は咳込んでしまった。


そんな、僕をレイシスは心配そうな表情で見ながら背中をさすってくれている。


その時、冷たく、突き放すような声が聞こえた。


「兄上、その『ティア』という人物がどうされたのですか?」


ハッ⁉ として、ソーっと声の主を見ると、毅然とした表情をしているファラがいた。


その表情と雰囲気はエルティアに似ている気がする。


レイシスもファラの変化に気付いたのか、少し丁寧な口調で言った。


「う、うむ。昨日、ファラ達の部屋にも居たメイドなのだが、覚えていないか?」


「……覚えています。アスナも覚えていますか?」


「え⁉ 私ですか? もちろん覚えておりますが……」


先程からファラの後ろで佇んでいたアスナがファラに急に振られて答えた。


その時、僕をチラッと見た気がする。


レイシスは二人の返事を聞いた後に、少し顔を赤らめて何かを言おうとしている雰囲気だ。


やめてくれ‼ 


二人にそんなことを言うな‼ 


気持ちは秘めておくべきだ‼ 


と、僕の気持ちも知らずに彼は言った。


「ゴホン……どうやらそのティアに私は一目惚れしてしまったらしくて……な。母上にも相談したら、一目惚れで間違いと太鼓判を押されたのだ」


「ゴホゴホゴホッ⁉」


アスナが予想外のレイシスの言葉にいきなりむせた。


場合によっては不敬になるのではないか? 


そんな心配をするのをよそに、レイシスは只々心配した様子でアスナに声をかけた。


「アスナまでどうした? 何やら空気が悪いのではないか?」


「ええ。確かに、今この部屋は『良い空気』ではないかもしれませんね。ところで、兄上。その一目惚れした『ティア』がどうされたのですか?」


ファラの言葉は相変わらず冷たく、突き放すような感じだ。


エルティアとファラは間違いなく、親子だと僕に感じさせていた。


ファラの言葉にレイシスは返事をするように答えた。


「実は昨日、もう一度彼女に会いたくてな。迎賓館に行ったら会えたのだ。次に会える機会が何時になるかわからんと思ったら、そのまま告白していたよ」


「へぇ、兄上は『ティア』に告白したのですね。それで返事どうだったのですか?」


「うむ。振られた。彼女はリッド殿を好いているらしい」


「ゴホッゴホゴホ⁉」


僕とアスナは再度、同時にむせて咳込んだ。


レイシス、僕であろうと、なかろうと本人を前にして。それは言うべきことじゃないと思う。


その様子にレイシスは怪訝な表情浮かべて言った。


「二人共どうしたのだ? 本当にこの部屋の空気は大丈夫か? ファラ、侍女にしっかり掃除をするよう私から注意しておこうか?」


「ふふふ。兄上、それには及びません。私からしっかり申し付けておきますので、ご安心下さい」


「そうか? それなら良いのだが……」


ファラの目は笑っていない。


妹の兄が、妹の夫となる相手に告白したことを聞かされている妹の構図が、目の間に広がっている。


何か言うべきかもしれないが、何を言っていいのかもわからない。


アスナは何かを耐えるように俯いている。


せめてもの救いは、ファラはすべてを知っていて、レイシスは何も知らないことだろうか? 


そんな中、レイシスは僕を見据えると言った。


「リッド殿、情けないがお願いがあるのだ」


「へ……⁉ ど、どのようなお願いでしょうか……?」


彼の熱い眼差しに内心たじろぎながらも、必死に返事をすると彼は話を続けた。


「実は、ティアに告白した時にリッド殿より強くなければ、認めることはないと言われたのだ。もちろん、元よりリッド殿にはいつか再挑戦させて頂くつもりだった。もし再挑戦をして、リッド殿に私が勝てた時は、ティアとの関係について是非とも後押しをお願いしたいのだ……‼」


「……そ、それは、当人同士の問題ですから……私には何ともしがたいです。それに、私は残念ながらティアと言う者を知りません」


僕は必死にレイシスからの逃げ道を模索していた。


僕と彼のやりとりを、ファラは冷やか目で見ている。


アスナは相変わらず俯いて肩を震わしている。


僕の言葉にレイシスは思い出しようにいった。


「リッド殿は彼女を知らないのか? しかし、あの時は確かディアナ殿もいたはずだ。彼女に聞いてもらえばわかるはずだ。是非とも、彼女にティアの事を聞いておいて欲しい……‼」


「……わかりました。今度、聞いておきます」


僕はこの時、ディアナがこの場に居なくて本当に良かったと思った。


お節介とは思ったが、彼女の為にと思ってしたことは無駄じゃない。


情けは人の為ならず、だ。


僕とレイシスのやりとりを見聞きしていたファラが冷たく突き放すように言った。


「兄上、リッド様は婚姻候補者として、本日は私と親交を深める為に来ております。先日の非礼についての謝罪であれば、私も何も言いません。ですが、ご自分の恋路の話であれば、また別の機会にして頂きたく存じます。本日はこの辺で、席を外されてはいかがでしょうか?」


ファラの何とも言えない凄みのある雰囲気に、レイシスはたじろぎながら咳払いをすると言った。


「ゴホン……そ、そうであったな。申し訳ない。では、私はこれで失礼するとしよう。リッド殿、先日の非礼、改めてお詫びいたす」


「あ、いえ、本当に、もう大丈夫ですから……」


「うむ。そう言って頂けると助かる。あと、くれぐれもティア殿の事を……」


「兄上‼ いい加減にして下さい‼」


レイシスが僕にティアの事を言おうとしたら、ファラが怒りの声を被せた。


その後、ファラは立ち上がると、レイシスの背中を押して無理やり部屋から追い出してしまった。


そして、止めと言わんばかりに部屋の外の彼に向かって言い放った。


「本日はもう、こちらに来ないで下さい‼ 来たら、兄上の事を嫌いになります‼」


「ファラ⁉ それは言い過ぎ……」


レイシスの悲痛な声が届く前に、部屋の襖はファラによって閉じられた。


彼女は先程まで座っていた場所に戻ると、僕を見つめながら咳払いをしてから言った。


「コホン……あ、兄上なんかに、リッド様は絶対に渡しません……‼」


「な……⁉ 言っておくけど、僕はファラ一筋だし、ファラにしか興味ないからね‼」


「……⁉」


「あ……」


僕の言葉を聞いてファラは「ボン‼」と顔を赤らめて、耳を上下させながら俯いた。


僕も自分の言った言葉の意味に気付いて、顔を赤らめて俯いた。


そんな、僕達の二人の様子を見たアスナが、咳払いをして小さく呟いた。


「コホン……ごちそうさまです」

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