第109話 密約
「……エリアス陛下、この度は急な申し出を了承頂き感謝致します」
「ライナー辺境伯、『よく来てくれた』と言いたい所だが我が国は現在、逼迫した状況だ。内密に行う会談がお互いにとってより良いものになると信じたいものだ」
エリアスとライナーの二人は迎賓館のある一室で机を挟み向かい合って座っている。
ライナーから人払いを頼まれ、部屋は二人だけの空間となっている。
その中、ライナーがおもむろに話始めた。
「では……我が国、マグノリア帝国の皇帝陛下より預かって来た親書をお渡し致します。この場でお読み頂くようお願い致します」
ライナーは言い終えるとスッと親書を取り出して机の上に置いた。エリアスはおもむろに手に取ると、封を開けて親書に目を通した。
親書の中身を見たエリアスは険しい表情になりながら、ライナーを見ると言った。
「……これは、本気なのか?」
「エリアス陛下のご心中、お察し致します」
マグノリア帝国の皇帝、アーウィン・マグノリアからの親書にはこう書かれていた。
『第一にバルストとレナルーテ両国の緊張状態に関してマグノリア帝国は関わっておらず、二国間の状況を注視している状況である。
貴国からあった申し出「同盟」に関しては国内において協議した結果、条件付きにて盟約を結ぶ準備がある。
条件条項
一つ目、盟約を結んだあとのレナルーテ国内における軍備、政治(外交・内政)、次期国王任命権などの重大案件について、最終決定権をマグノリア帝国に委任。同盟後はすべて帝国の決定に従うこと。
二つ目、同盟後、レナルーテ王族に王女が生まれた場合、マグノリア帝国の皇族もしくは次位に準ずる帝国貴族との婚姻をさせる。
三つ目、二つ目の事項により婚姻した者同士の間に生まれた子はレナルーテにおける王位継承権を持つものとする。
四つ目、一~三の事項は密約として国内外に公表をしてはならない。
以上の事項を承諾頂ければ帝国は貴国の同盟国となり、バルストに対して抗議を行う準備がある。
なお、貴国より先にバルスト国から密書が届いており、内容は貴国に対する塩止めの依頼である。
帝国に属する一部の貴族が先走り、貴国に対して塩止めを行ったことは把握しているが、この件に関しては帝国全体としての判断ではない。貴国の賢明な判断を期待する』
エリアスは項垂れた。
マグノリアはバルスト組んでいたわけではない。
だが、完全なる漁夫の利によって、レナルーテに属国か亡国の選択を迫ってきている。
エリアスはライナーに対して苦々し気に呟いた。
「これでは、同盟とは名ばかり…… 我が国は属国と変わらん扱いになるということだ。それに、まだ生まれるかもわからない王女を人質に取る為に、貴国の皇族もしくは貴族と婚姻させる。いずれ生まれる子供には我が国の王位継承権まで与えろとはな……」
「それでも、国として生き残ることはできましょう」
ライナーの言葉を聞いたエリアスは鋭い眼光で彼を射貫くように睨んだ。
だが彼は、それをものともせずに言葉を続けた。
「貴国からの使者による申し出とバルストからの密書はほぼ同時期に帝国届いております。帝国においてはバルストと組みレナルーテと対峙すべきと主張するバルスト派。貴国と同盟を組む方針の同盟派の二つに別れております」
「……同盟派とバルスト派か、どちらも実に怨めしい派閥だな。参考までに貴殿はどちらなのか、伺っても良いかな?」
「……私は同盟派の筆頭と思って頂いて結構です。我が領地はご存じの通り貴国とバルスト、獣人国の三ヵ国に接しております。貴国からの使者の話を聞き、すぐに我が皇帝陛下に援護の打診をしております。信じて頂けるか、わかりませんが……」
彼はエリアスの質問に真っ直ぐと目を見据えて返してきた。
恐らく彼の言っていることは真実なのだろう。そんな彼に次の質問をぶつけた。
「それであれば、我が国と通常の同盟をして頂きたい。自国を属国にすると言われ、首を縦に振る王などおらん」
ライナーはエリアスの答えに首を横に振ると言った。
「エリアス陛下も状況は把握しているはずです。今のレナルーテは塩を止められ、将来的に負けるとわかっていながら死地に出向くしかありません。貴国の軍が消耗すれば、バルストは嬉々としてレナルーテに攻め込むでしょう。戦えぬ民はバルストで奴隷として扱われましょう……この機会を逃すほど、帝国も甘くはありません」
ライナーの言葉にエリアス少し熟考すると答えた。
「……一日だけ、考える時間をくれ」
「承知致しました……」
その日の会談が終わると、ライナーは迎賓館の客室に移動した。
エリアスは本丸御殿の自室に戻るとザック、エルティア、リーゼルを呼んだ。
三人が来ると、人払いをして帝国との同盟について話した。
エリアスの言葉を三人は沈痛な面持ちで聞いていた。
ザックはおもむろに尋ねた。
「エリアス陛下はどうなされるおつもりでしょうか?」
「……亡国か属国となれば、属国だろう。生きてこそ、次に繋がる。亡国となれば、国民も家族を守ることもは出来ん」
「……‼ それでは、念願のエルティアの子を帝国に差し出すというのですか⁉」
エリアスの言葉に嚙みついたのはリーゼルだった。
彼女はエルティアがどれだけ、生まれる子供を楽しみにしていたか知っている。
子供を授かることが出来ずにエルティアが悩み、哀しみ、どれだけ苦しんでいたか。
リーゼルは彼女の傍で痛いほど知っている。
その子供をエルティアから奪う帝国が許せなかった。
熱くなるリーゼルをエルティアは諭すように言った。
「リーゼル様、そのように仰って頂きありがとうございます。ですが、このような事が起きた時の為に、王と側室は子を作るのです。我が子がもし王女であれば、その役目を果たせるよう育てましょう」
「……‼ エルティア、あなたはそれで良いのですか⁉」
エルティアはリーゼルに首を横に振りながら優しく叱るように言った。
「レナルーテが滅亡するかどうかの瀬戸際にあるのです。王妃である、リーゼル様がそのように取り乱してはなりません。それに私の子供が王女なのか、まだわかりません。王子である可能性もあるのです。ですから、私は大丈夫です」
リーゼルは涙を流しながら悲しみに暮れていた。
エルティアは毅然とした様子で、そんな彼女をあやしていた。
エリアスはエルティアに申し訳なさそうに呟いた。
「身重のお前に、このような話しか出来なかった私を許して欲しい。王として父親として不甲斐ないばかりだ……」
「陛下、まだこの子がどちらともわかりませんから、気にしないで下さい」
三人の様子を見ていたザックはエリアスに険しい顔で尋ねた。
「では、帝国の条件を受け入れて同盟を結ぶということでよろしいでしょうか?」
「うむ。明日、ライナー殿には承諾すると返事をしてすぐに帝国に戻って頂こう。万が一、小競り合いでも起きてしまっては犠牲が増えるだけだ。受け入れる分、事態を少しでも早く収拾してもらうよう話そう……」
その翌日、迎賓館でライナーと再度、二人だけでエリアスは会談をした。
エリアスは彼に、条件を受け入れて同盟を結ぶと伝え、帝国に向けての密書を用意した。
一刻も早くバルストの動きを止めて欲しいと伝えた。
ライナーはすぐに帝国に戻り皇帝に掛け合うと約束してくれた。
「……我が皇帝に必ず、エリアス陛下のお気持ちをお伝えいたします」
「ライナー殿、よろしく頼む。ただ……」
「ただ……何でしょうか?」
エリアスは言葉を途中で止めると俯いた。
ライナーが気に掛けると、彼は静かに震えながら呟いた。
「ただ……無念だ……」
その後、ライナーはすぐに帝国に戻った。
エリアスはその後、国の有力貴族を達だけを集めた。
そして、帝国と同盟を結ぶこと、同時に密約についても説明した。
華族達は驚愕して怒号をエリアスに浴びせた。
だが、その怒号を聞いたエリアスは言った。
「国が滅亡して悲しむのは誰だ‼ 喜ぶのは誰だ‼ どのような形であれ、国として生き残れれば未来はある。だが、滅亡すれば未来はない‼ 辛いだろうがわかってくれ。国が生き残る道はこれしかない……」
エリアスの言葉に華族達は黙って従った。
彼らとて、現状を理解している。
帝国が提示した同盟の条件を飲まなければ国としての未来はない。
だが、ダークエルフの長い歴史を誇るレナルーテはこの時、帝国の属国となったのであった。
レナルーテが帝国と同盟を結ぶと、バルストは慌てた様子で国境付近に軍を撤退させた。
帝国はバルストに対して拉致、誘拐されたダークエルフの保護と返還について要請、圧力をかけた。
この際、バルストに直接出向き帝国の意思を伝えたのはライナー辺境伯だったという。
国内においては拉致、誘拐の被害者が家族との再会に沸いていた。
また、同盟となった帝国に対して国民が非常に友好的となった。
その結果、帝国の文化をレナルーテに取り入れ始めたりもした。
帝国との同盟、バルストとの問題。
様々な問題が同時に進んでいく慌ただしい日常の中、エルティアが無事に子供を産んだ。
生まれた子供は「ファラ・レナルーテ」と名付けられた。
エルティアにとても似た可愛らしい女の子だった。
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