第108話 レナルーテの暗雲(2)

エルティア懐妊の吉報からしばらくして、バルストから送った使者の回答が来た。


その内容は、エリアスにとって最悪の内容だった。


『レナルーテ国の申し出は、バルスト国にとって全く預かり知らぬことである。仮にダークエルフが無法者によって拉致され、我がバルスト国経由で売買されたということであれば同情はする。だが、バルスト国の奴隷売買は自国の法を順守しており、国としての責任はない。責任があるとすれば、貴国の民を拉致した無法者である。この件に関して、我が国は関わっておらず、帰国の主張は甚だ遺憾である』


エリアスは苦々し気な表情をしながら、ザックに意見を求めた。


「ザック。お前はこの内容をどう思う? バルストの狙いは我が国との戦争だと思うか?」


「……恐らく、そうでしょう。バルストの国力と奴隷兵により、短期的ではなく中長期的に見て我が国を落とすつもりでしょうな……」


ザックの言葉にエリアスは頷くと、目を瞑り思案した。


前回はバルストの目的はまだわからない部分があった。


だが、この返答でバルストの目的は見えた。


ザックの言う通り、戦争により中長期的にレナルーテを飲み込むつもりだ。


レナルーテの兵力は数ではなく質だ。


そして、森の中などの立地条件が適していて初めて真価を発揮する。


バルストはそれが分かっているから、ダークエルフを拉致して奴隷売買をして挑発している。


兵力を野戦に引きずり出し、真価を発揮させずに兵力を消耗させるのが目的だろう。


レナルーテは消耗した兵力を補充するのが難しい。


出生率が低いということは、兵が死ぬ数よりも子供が生まれる数が圧倒的に少ないということだ。


現在の兵力が無くなれば、それはレナルーテの軍が維持出来なくなることに直結する。


その為、レナルーテは戦争をする場合は兵力を出来る限り消耗しないように、専守防衛で生き残ってきた。


だが、今回のバルストが仕掛けてきた戦略は狡猾だ。


どんなに戦争に負けるとわかっていても、国民感情がバルストの非道を許さない。


そうなれば、王として国として戦争をせざる得ない状況になるだろう。


レナルーテ軍という虎の子も、真価を発揮出来るのは自国の領域内に限られる。


野戦となれば確実に被害が出る。


だが、その被害を補う方法はレナルーテにはない。


今、レナルーテで出来ることは三つある。


一つ目、レナルーテの兵力が万全であるうちにバルストと全面戦争。


二つ目、小競り合いを続け、打開策を探る。


三つ目、他国に助力を求める。


エリアスはここまで考えると目を開けて、険しい表情のままザックに考えた事を説明した。


そして、三つの案の内にどれが現実的を訪ねた。


エリアスの中に答えはあるが確認の意味もあるのだろう。


ザックは熟考した後、おもむろに答えた。


「二つ目と三つ目を同時進行するのが良いかと存じます。一つ目は帝国の動きもあるので非常に危険です。もし、バルストに仕掛けた際に帝国が仕掛けてくれば防衛は出来ません。バルストが別動隊を仕掛けてくる可能性もあります」


「やはり、ザックもそう思うか……」


エリアスは疲れたような表情で返事をした。


全面戦争は論外だろう。


帝国が動かない保証などない。


バルストが大規模な別働体を用意している可能性もある。


そうなれば、レナルーテが出来ることは限られてくる。


エリアスはふと思い出したように尋ねた。


「……帝国とライナー辺境伯からの返事はまだか?」


「はい。その二つの返事はまだでございます」


「そうか、ならばその返事が来るまで待つしかないか……」


エリアスは険しい顔をしながら俯いた。


それから数日度、レナルーテの有力華族が集められ会議が行われた。


そして、国内で起きている拉致について、考えられる詳細がエリアスの口から説明がされた。


華族達は反応それぞれが共通していたのはバルストに対する怒りだった。


その中の一人が声をあげた。


「陛下、よろしいでしょうか?」


「……なんだ、ノリス。申してみよ」


ノリスは有力華族の中でも一番の高齢であり、王妃リーゼルの血縁でもある。


最近、華族内での影響力を高めている人物だ。


「状況は理解致しました。ですが、このままでは国民が納得致しません。全面戦争を防ぐ意味でも、国内外に対して姿勢を見せる必要はございます。その為にも、バルスト側の国境付近にのみ軍を一部配置してはいかがでしょうか? 表向きはあくまで拉致を行う無法者を捕らえる為とすれば良いかと存じます」


ノリスはエリアスとこの場にいる華族達に伝えるように説明した。


華族達にはノリスの言葉に賛同する者も数名いる様子だ。


エリアスは怪訝な表情を浮かべてノリスに返事をした。


「……バルストとの国境付近に一部、軍を配置するのは検討しよう。だが、その後についてはどうするつもりだ? 永続的に配置するのであればそれ相応の費用もかかる。具体的な解決策も聞きたいものだが?」


「そうですな…… 国境付近に軍を配備しておけばバルストに対して牽制出来るでしょう。その間に、帝国と同盟を結び後顧の憂いを無くした後に、バルストにこちらから仕掛けてはどうでしょうか? 我が国の軍は負けたことはありません。その強さを見せつければ、バルストは及び腰になりましょう」


エリアスはノリスの言葉に首を横に振ると、強い口調で言った。


「牽制については同意するが、『我が国から仕掛ける』は論外だ。私の話を聞いていなかったのか? それに、負けたことが無いのは専守防衛に徹していたからだ。領地外での戦争は我が国では出来ぬ。それを忘れたわけではあるまい?」


「陛下の仰る通りでございます。それ故に、陛下が前例となるべきと進言致します‼」


エリアスは首を横に振りながら心の中で呟いた。


(話にならんな……)


帝国と仮に同盟を結んでも、帝国がレナルーテに攻め込む可能性が無くなるわけではない。


現時点では帝国がレナルーテと同盟を結ぶメリットはないのだ。


むしろ、漁夫の利を狙われるような状況でもある。


ノリスはそのことがわかっていない。


エリアスは会議に参加している全員に対して言い放った。


「こちらから仕掛ける戦争はせん、その上で妙案を考えろ‼ それが、この国に華族として名を連ねる貴殿達の仕事だ。無論、私自身も考える。この危機を何としても乗り越えるぞ‼」


ノリスを含め一部の華族は苦々し気な表情をしたが、概ね納得した表情をしていた。


エリアスは自室に戻ると、椅子に腰かけながら項垂れた。


会議では考えると言ったが、正直な所手詰まりであった。


ザックによる指示で影達が兵力差、立地条件、バルストの対暗殺防御策など様々な調査を行った。


結果、一度きりの全面戦争をしたとしても勝てる可能性は限りなく低いことがわかった。


仮にバルストの首都に辿り着いたとしても、その時に残ったレナルーテの兵力では首都を落とすことは出来ない。


つまり、退却せざるを得ない状況に陥る。


犠牲を出して攻め込んだとしても、レナルーテが得る物はない。


兵を失うだけである。


「すべては、帝国次第というわけか……」


エリアスは力なく呟いた。


一国の王が自国の運命を他国に頼らざるを得ない状況に彼は苛立ち、つい机を手で力一杯に叩いてしまった。「


ガン‼」と鈍い音が部屋に空しく響いた。


エリアスは再度、帝国とバルディア領に使者を出した。


レナルーテの命運を握るのは帝国になるからだ。




その後、バルストとレナルーテの国境線に付近にレナルーテの軍が一部配置された。


当然、自国民の拉致、誘拐を行う無法者を少しでも取り締まる為である。


だが、バルストは国境線付近に配置した軍は我が国対する戦争行為であると主張。


バルストもレナルーテの国境付近に軍を配置してきたのである


これについてはエリアスは首を傾げた。


何故、このタイミングで配置をするのか? 


仮に戦争をしたいとしても、バルスト側が配置する理由がすぐには理解をできなかった。


それは少しするとすぐに理由が分かった。


「……塩が手に入らないだと? 馬鹿な、様々なルートから仕入れは出来るようになっていたはずだ‼」


ザック他、多数の華族からの報告にエリアスは憤慨した。


レナルーテは内地にある国であるその為、塩はバルストと帝国の輸入に頼っていた。


バルストが国境付近に軍を配置すると同時に、レナルーテに出入りしていた塩を扱う商人達が一斉に塩を売れなくなったという。


正確には出入りしていた商人達が塩を仕入不可となったらしい。


酷い場合は暗殺されたとのことだった。


マグノリアとバルストそれぞれで仕入れていた商人達が同時に塩を売れなくなった。


その瞬間、エリアスは理解した。


バルストが国境付近に軍を配置した理由はこれだ。


塩が無くなると国が維持できない。


つまり、打って出るしかなくなる。


だからこそ、国境付近に軍を配置していつでも迎撃を取れるようにしたのだ。


ザックや華族達に塩の備蓄量の確認と新たな購入先調べるように指示した。


その後、驚くべきことが判明した。


「備蓄量がほとんどない……だと⁉ そんな馬鹿な話があるか‼」


「……申し訳ありません。完全にしてやられたようです」


ザックは苦々し気に呟いた。


バルストとの国境付近に軍を配置するにあたり、出来る限り軍資金を用意するようにレナルーテ国内に指示が出された。


その後、長年に渡り国を出入りしていた商団が少しでも軍資金にして欲しいということで、塩を担保に軍資金を貸し出すと申し出があったらしい。


商団は担保にした塩はレナルーテ国内に置いておく、国としての備蓄量は変わらずに実質的に軍資金だけ得られると管理者である華族に持ち掛けた。


そして、その華族はその案を受け入れた。


だが、数日後にその商団の全員が国内で暗殺された。


商団が担保として運び出して、管理していた場所の塩はすべて無くなっていたという。


「……どれぐらい持つ?」


「今すぐに影響は出ないと思いますが、あまり長くは持たないと思われます……」


やられた。


帝国からはバルディア領からも未だに使者の返事は帰ってきていない。


バルストと帝国はすでに手を組んでいたのだ。


そして、準備が整うと同時に塩を止めた。


二国は本気でレナルーテを潰すつもりのようだ。


エリアスは項垂れながら呟いた。


「……何か打開策はないか? まさか、バルストがここまで狡猾に動いてくるとは思っていなかった。我らは奢っていたのかもしれんな……」


「陛下、諦めてはなりません。陛下は国と民を導く王なのです。陛下だけは最後まで諦めてはなりません」


「……諦めてはおらん。私にも守るべき者があるのでな」


エリアスは項垂れているが力強くザックに答えた。


……数日後、エリアスにバルディア領のライナー辺境伯より内密に会談の申し出があったと、ザックより報告があった。


エリアスはこれを承諾、エリアスとライナーによる内密の会談が行われることになった。


エルティアがファラを出産する、数ヶ月程前の出来事であった。

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