第107話 レナルーテの暗雲

「本日も、行方不明者の報告が来ております。恐らく、奴隷関係の拉致、誘拐と思われます……」


「……またか。ザック、影達の動きはどうなっているのだ⁉」


エリアスの自室に怒号が響いた。


彼の表情は険しく苦悶に歪んでいた。


レイシスが生まれ約一年が経過していた。


リーゼルが王妃となり、それを支えるエリアスとエルティア


国内も以前より活気に溢れていた。


だが、レナルーテに影を落とす出来事の報告が起き始めた。


国内のダークエルフ、主に子供と女性が行方不明になるという報告が多発し始めたのだ。


エリアスは早急に国内に拉致、誘拐についての注意喚起を行った。


ザックに調査を命じていたが詳細の報告が中々上がって来ず、エリアスは苛立っていた。


エリアスの感情を諫めるようにザックは話し始めた。


「エリアス陛下、気持ちはわかりますが落ち着いて下さい。影達による報告をまとめた資料を本日お持ちしております。厳しい内容の為、心を落ち着かせて目を通してください」


ザックの言葉にエリアスは深呼吸をしてから書類を受け取り、目を通した。


内容はザックの言う通り厳しいものだった。


レナルーテの国民を誘拐していたのは隣国「バルスト」の息がかかった者達だった。


しかし、影達でも繋がりを立証できる物的証拠は何も手に入れることが出来なかった。


拉致、誘拐に関与する実行部隊はバルスト国内もしくは周辺で雇った者達を使い、足がつかないようにしていた。


それでも、手に入れた情報から辿っていくと、バルストの暗部が関わっている可能性が高いことがわかった。


だが、現時点でわかったことはそこまでだ。


エリアスは険しい顔のまま、目を瞑り熟考した。


バルストの目的は何か? 


ダークエルフが奴隷として高値で取引されることは知っている。


しかし、隣国であるレナルーテの民を誘拐、拉致すれば国家間の関係性は著しく悪くなる。


バルストの暗部が関わっている可能性があるなら、国が主導していることになる。


エリアスは呟くようにザックに質問をした。


「……現在、我が国とバルストの兵力と国力差はどれぐらいだ?」


「国力差は現時点ではあまりありません。ですが、数年後にはバルストが上回る可能性が高いでしょう。また、兵力は質では勝っておりますが、数で負けると思われます。もし、戦争となれば勝つのは難しいでしょう」


「数で負ける……バルストの奴隷兵か……」


エリアスは苦々し気に呟いた。


バルストは「奴隷」が「合法」とされており、その労働力と兵力により急激に国力を増加させていた。


ザックはエリアスの言葉に頷き、説明を続けた。


「はい。一回や二回であれば我々が勝てるでしょう。ですが、それ以上となると、我が国の兵力が摩耗して維持できない可能性が高いと思われます」


「……影による暗殺、裏工作はどうだ?」


ザックはエリアスの言葉に首を横に振ると、少し悔しそうに言った。


「残念ながらバルストは、現在ダークエルフが入国しただけで強制的に奴隷落ちになっております。すでに影から数名送りましたが、警戒と対策もされているようで失敗致しました。勿論、こちらの情報はわからないように処理しております。ご安心下さい」


「……そうか。苦労をかけるな」


エリアスは再度、目を瞑り熟考し始めた。


バルストの目的は挑発だろう。


昨今の国力増加による兵力増強により、レナルーテを手中に収める算段を付けて動いているのかも知れない。


レナルーテとして出来ることは何か? 


今後のバルストとレナルーテの運命の鍵を握るのは何なのかを考えた。


目をゆっくり開くとザックに指示を出した。


「……早急にバルストと使者を立てろ。レナルーテの民を拉致して奴隷売買することは国家間の争いを招くだけだと。そして、バルスト経由で奴隷落ちしたダークエルフのすべてを返還するように伝えろ」


「承知致しました」


エリアスの言葉にザックが頷くのを見てから、付け加えるように言った。


「……それから、マグノリア帝国の皇帝に繋いで欲しい旨と、現状を伝える使者を帝都に出してくれ。それから、バルディア領のライナー・バルディア辺境伯にも同様の内容で使者を出しておいてくれ」


ザックは珍しくエリアスの意図に首を傾げて、確認するように質問した。


「帝都はわかりますが、バルディア領のライナー辺境伯にも必要でしょうか?」


「うむ。帝都の貴族共に使者を出したところで対岸の火事と見るだろう。だが、万が一のことがあればバルディア領は対岸と言っても近過ぎる位置での出来事だ。帝都の貴族よりも我らに友好的になってくれるかもしれん」


「……承知致しました」


ザックは納得した様子で頷いた。


エリアスはザックとの話し合いが終わった後も、今後のレナルーテの行く末を案じて目を瞑り熟考するのであった。


それから数日後、思いもしない吉報がエリアスに届けられた。


「……本当か? エルティア⁉」


「はい。陛下の子供が今、私のお腹の中におります……‼」


「おお‼ これほど、めでたいことはない‼」


エリアスは歓喜していた。


リーゼルに続き、エルティアも懐妊となった。


これで、レナルーテの王族は安泰だろう。


あとは、バルストとの問題をどう収束させるかであった。

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