第68話 休憩
「御前試合の勝者、アスナ・ランマーク‼」
エリアスが高らかに声を上げると華族達から一斉に両者を称える声が響いた。
アスナは地面で寝転んでいたリッドが起きるのを助ける。
すると、その様子にまた大きな歓声があたりに響いた。
僕はその様子に少し照れたような顔をしながら言った。
「なんか、凄いね。恥ずかしいや」
「こんなに、清々しい試合は久しぶりでした。リッド様、本当にありがとうございます」
言葉を言い終えるとアスナは僕に一礼した。
先ほどの姿が嘘のようだ。そんな彼女に僕は言った。
「言葉遣いの件だけど、試合や訓練をする機会がまたあると思う。けどその時も気にしなくていいからね?」
「……またの機会ですか。是非、お願い致します」
彼女は僕の言葉に少し驚いた様子だったが、その表情はとても嬉しそうだった。
耳を傾けると、アスナのだけではなく僕を称える声も非常に多くて驚いた。
「リッド様、アスナ殿、とても素晴らしい演武でした‼」
「この御前試合はレナルーテの歴史として受け継がれますぞ‼」
……他にも様々な声が聞こえる。というかやっているこっちは必死だったけど、見ている人には演武に見えたのか。
すると、兵士が僕たちのいる場所に走ってやってきた。
「リッド様、アスナ殿。エリアス陛下がお呼びです」
「わかりました。すぐに伺います」
僕達はすぐにエリアスの元に向かった。ちなみに、この時使っていた木刀は会場に忘れて置いていってしまった。
◇
エリアスが椅子に座っている、縁側の観覧席に行くとファラが小走りで近づいてきた。
「アスナ、リッド様、すごく迫力があって面白かったです‼ リッド様は、その、負けてしまいましたが、でもアスナにあそこまで食らいつくなんて、とても恰好良かったです」
ファラは少し興奮した様子で耳を上下させながら話してくれた。
やっぱり、耳に触りたくなる。僕はその衝動を抑えながら一礼して答えた。
「ありがとうございます。ファラ様、楽しんで頂けて良かったです。それにしても、アスナ殿は強すぎますね。でも、僕もいつまでも負けません。次は勝てるようになってみせます……‼」
僕は最初にファラを見ながら話して、最後の言葉はアスナに向かって言った。
アスナは少し驚いた表情をするが、嬉しそうに微笑んでから言った。
「はい。リッド様の挑戦をお待ちしております。ですが、私も易々と負けるつもりはありません」
アスナが言葉を言い終えると、何故かおかしくなって僕は「クスクス」と笑い始めた。
どんな感情かと言えばよくわからない。
でも、なにか楽しくて自然と笑いがこみ上げてきた。
するとそれにつられてアスナも「クスクス」笑い始めた。
その様子にファラはきょとんとして、首を傾げていた。
エリアスの前に着いた僕たちは、片膝をついて頭を垂れていた。
エリアスは僕達を見てから、皆に聞こえるように高らかに言った。
「リッド殿、アスナ、二人とも実に素晴らしい演武であった。これほど心に響く御前試合はここにいる者達は皆初めてだっただろう。この試合内容とリッド殿の実力に不満があるものは、今ここで名乗りでよ‼」
彼の言葉に名乗り出る者はいなかった。
満足そうなエリアスであったが、彼の近くに険しい顔で控えていたノリスに意地の悪い顔をして、話を振った。
「ノリスも文句はあるまい? リッド殿の実力を認めるな?」
「……はい」
ノリスはエリアスの声に重く低い声で答えた。
その顔は何とも言えない悔しさのようなものがにじみ出ていた。
その様子を見たエリアスは珍しく嬉しそうな様子だ。
普段、彼にたいしてエリアスが思っていることがわかりそうな絵だ。
だが、彼もすんなり終わらなかった。
「……エリアス陛下、リッド殿は素晴らしい才能をお持ちのようです。こうなれば、魔法の才も見せて頂くべきです」
エリアスは、ノリスの言葉で顔の表情が険しくなり、鋭い眼光で彼を睨んだ。
その様子をみて僕がおずおずと失礼ながら手を上げながら声を出した。
「エリアス陛下、よろしいでしょうか?」
「ん? リッド殿、どうした?」
僕はエリアスの言葉を聞いてから顔をあげると言った。
「……ノリス殿の仰った魔法をお見せするのは構いませんが、少し休憩の時間を頂いてもよろしいでしょうか? さすがにアスナ殿との試合で少し疲れてしまいました」
この二人に話を任せたら、今すぐ魔法を見せろとなりそうで怖い。
さすがに、魔力が無いとは言わないが、本当に疲れた。
少し休みたいと思って僕は先手を打った。
「ふむ。わかった。 リッド殿がそういうなら、良かろう。では、しばし休憩をしてから、リッド殿の魔法を披露してもらうことにする。それでよいな?」
「……はい。承知致しました」
僕とエリアスのやりとりを聞いていたノリスは少し苦い顔をしながら頷いた。
「よし、では一旦休憩としよう」
エリアスはそういうと座っていた椅子から立ち上がり、屋敷の中に入っていった。
僕は、父上達のところに試合結果の報告に移動する。
エリアスとリッドがその場からいなくなると、ノリスはスッと人気のない場所に向かい始めた。
そのノリスの姿を目で追っている人物がいたことに誰も気づかなかった。
◇
ノリスは人気のないところで「影」を呼び出して焦っていた。
何故、こんなにもすることが裏目に出るのか?
レイシスを捨て駒で使ったのが悪かったのか?
そもそも、御前試合などを画策したのがいけなかったのか?
だが、ノリスにとって致命的だったのは先ほどのアスナ対リッドの試合である。
開始前に散々、リッドの悪評を吹聴したがそのイメージは先ほどの試合で払拭されてしまった。
そして、吹聴の代償は呪詛返しのようにノリスに向けられた。
人を痛めつけて喜ぶような人間が、あのように勇敢かつ正々堂々と強者に立ち向かえるわけがない。
もし本当にそんな気質をもった相手ならあのアスナが試合にかこつけて天誅を下したはずだ。
そのうえでノリスとレイシスの言い分、どちらが正しかったのか。
悪意のある見方をしているのかはどちらなのか。
吹聴を聞かされた華族達はノリスの悪意ある見方に嫌悪感を抱いた。
それによって、ノリスの求心力は自分の派閥以外ではほぼないような状態になってしまったのだ。
「……人を呪わば穴二つとはよく言ったものだな」
「ふざけたことを申すな‼ そもそも、お前たちの助言を受けて行ったことだ。私の終わりはお前たちの終わりでもあるのだぞ‼」
ノリスは呼び出した影に言われたことに激高している様子で、声の大きさを押さえながらもその声色には怒気が混ざっている。
その様子にノリスの影に浮かんでいる目が細くなりあきれ果てたように言葉を吐き捨てた。
「貴殿は何か勘違いをしているようだ」
「なんだと⁉」
「我々が貴殿に力を貸すと言ったのは、その影響力と反対派をまとめる力があってこそ。いまの貴殿はその一つを失っている。そもそも、助言をしたのは確かだが、今の状況に関してはすべて貴殿の言動が原因ではないか。我々の事を甘く見ているのか?」
影に浮かんだ人相は言葉を言い終えると同時に影から手を出してノリスの首元を掴んで締め上げた。予想外の出来事にノリスは目を丸くしながら苦しんだ。
「グァ⁉……な、なにを……」
「再度言ってやろう。貴殿は勘違いをしている。お前が我々を利用しているのではない。我々がお前を利用しているのだ。我々の捨て駒にならぬようせいぜい頑張るのだな」
ノリスの影に浮かんだ人相は目を細めたまま、無感情な声で言い放った。
そして、彼が苦しむ様子をじっと観察するように見ている。
いよいよ彼が気絶する寸前というところで、影の手を離した。
ノリスはその場にへたり込み、せき込みながら空気を貪った。
「ガハッ‼ ゴホッゴホゴホ‼」
空気を貪るノリスを見下ろして眺めていた影は彼に聞こえない程度の声で呟いた。
「貴殿はここで潮時でも良いかもしれんな……」
影の人相が言い終えると、影より手が伸び始めて咳込む彼にゆっくり向かっていく。
だが、ノリスはそのことに空気を貪ることに夢中で気付かない。
と、その時ノリスに向かう手が止まった。
人の気配を影が感じたからだ。
「ふん……悪運の強いやつだ。よいか忘れるな? 我々がお前を利用しているということを……」
「グッ‼」
言葉を吐き捨てた影から人相が消えていく。
ノリスは利用していたはずが、利用されていただけだったと気付かされ、言いようのない屈辱を感じていた。
「くそ‼ 影の分際で……」
影に事実を突きつけられた彼に、今できることは悪態をつくことだけだった。
その時、彼に向かって声がかけられた。
「随分と困っている様子ですね、ノリス。力を貸してあげましょうか?」
ノリスは声に驚き、急いで立ち上がり声の主を見つけると、ほくそ笑んだ。
(私はまだ終わっていない。天はまだ私にすべきことがあると言っている……‼)
思いがけず現れた協力者に、ノリスは自分の命運はまだ尽きていないと確信するのであった。
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