第67話 御前試合 第二試合(4)

「二人とも準備はよいようだな。では、これより御前試合 第二試合を開始する‼」


エリアスの声が高らかに響く。


アスナは左手に脇差の木刀、右手に普通の木刀を持って、無駄な力を入れずに静かに佇んでいる。


その顔にはどことなく笑みが出ている。


対してリッドはアスナの様子を伺うように木刀を両手で持ち正眼で彼女を見据えている。


そして最初に動いたのはアスナだった。


「……アスナ・ランマーク推して参る‼」


彼女はリッドに向かって言い放つと両腕を胸の前で交差させ、木刀を背負う様に構えた。


その様子にリッドが身構えた瞬間、地面を蹴るような音が聞こえる。


音と同時に一瞬でリッドの視界からアスナが消えた。


「な⁉」と思った瞬間、今度は地面が擦れる音がわずかに左から聞こえた。


音に気付いたリッドが左に目をやると、そこにはアスナが先ほどの構えのまま、こちらに体を向けていた。彼女は今の一瞬でリッドの死角に飛んだのだ。


(やばい‼)そう思いリッドが急いで回避行動に集中した。


アスナはその構えのままリッドの側面に突進する。


そして、肩に背負っていた刀を自分の前で交差させるように斬り抜けた。


だが、リッドは回避に集中したことで何とか躱す。


アスナは躱されたことでリッドに背を見せる格好になった。


リッドはここぞとばかりに、襲い掛かる。


「もらったぁ‼」


しかし、アスナはニヤリと笑うとその場で高く跳躍しながら体を翻して、リッドの後方、背中側に着地した。


「……」その様子に言葉を失い目で追っていたリッドは彼女の緩急激しい動きに驚愕していた。


対するアスナはとても楽しそうな顔してリッドを見ている。


今の動きで彼女の軍帽が外れて地面に静かにおちた。


「……ムーンサルトなんて初めてみたよ」


「フフフ、アハハ。リッド様は最高だ。今の動きに対応できる奴は中々おらん」


アスナの言葉遣いに明らかな変化が生まれていた。


その瞬間リッドはファラの言葉を思い出して、これか‼ と驚いていた。


その様子に気付いたアスナは不敵な笑みを浮かべながら呟いた。


「何を、驚いている? 私の言葉遣いは一切気にしないのだろう?」


「うん。さすがに変わり様には驚いたけどね。そんなに気にはならないよ」


「フフ、感謝しますぞ、リッド様」


リッドとアスナは今の動きでお互いに少し距離が出来て見合っている状態だ。


一瞬で二人が行った一連の動きを見ていた観客は全員、開いた口が塞がらなくなっていた。


アスナの動きもそうだが、それに食らいつくリッドを見て驚愕したのだ。


レイシスの言った言葉は本当だった。


最初の試合はレイシスとリッドでは実力が違い過ぎただけだと嫌でも納得させられた。


いま、試合をしている二人はお互いに年齢不相応の実力を持った剣士だと観客は畏敬と畏怖がこもった眼差しを二人に送っていた。


リッドとアスナがこれほど激しい動きが出来るのは当然二人とも魔力による身体強化を発動しているからだ。


発動といえば簡単なように聞こえるが、これを行う為には魔力と武術を両方ともに一定以上の修練が必要になる。


つまり、二人はそれだけの修練を積んだ強者ということになる。


二人は互いに構えながら、見合っている。


次に最初に動いたのはリッドだった。


彼女を見据えながら右回りに歩き始める。


その動きを見ていたアスナはニヤリと笑い、同様に右回りに歩き始めた。


そして、円を描くように二人は見合いながら歩き始めた。


段々とその歩く速度が上り、走り始める。


身体強化を使って円を描き二人が走ることでその場で砂が舞い上がり始めた。


砂が舞い上がると同時にリッドはアスナに向かって切りかかる。


対するアスナも同様にリッドに切りかかる。


その瞬間、木刀がぶつかりあい重い音が何度も連続であたりに鳴り響く。


だが舞い上がった砂で観客はその様子が見ることができない。


やがて、音が聞こえなくなり、舞い上がっていた砂が無くなっていく。


そして、視界が晴れるとアスナとリッドは円を描いていた中央で鍔迫り合いを行っていた。


その様子を確認した観客たちのどよめく声があたりに広がった。


リッドの木刀をアスナは二刀の木刀を交差させて受け止めている。


鍔迫り合いの最中、リッドは彼女に言った。


「……少しは手加減してくれてもいいじゃない?」


「……それは、姫様の命令に背くのでな……フフ」


アスナは楽しげに笑っている。


だが、段々と眼の光が無くなり据わってきていることに気付いた。


恐らく試合にどんどん集中していっているのだろう。


彼女のスイッチが入ったら、絶対に勝てない。と、リッドは思った。


経験、実力、柔軟性など、どれをとっても彼女が上だ。


でも、「勝ちたい」と思う自分がいる。


「……アスナは強い。僕より強い。でも、僕だって簡単には負けたくない……‼」


「素晴らしい‼ リッド様は本当に面白い‼ では……これならどうだ‼」


彼女は言葉を言い終えると、鍔迫り合いの力を緩め後ろに倒れ込んでいく。


「クッ‼」リッドは彼女の動作によりバランスを崩して、少し前に倒れ込みそうになる。


すると、彼女が後ろに倒れると同時に下からリッドに向かって、上がってくるものがある、アスナの蹴りだ。


「グッ‼」リッドは咄嗟に木刀でアスナの蹴りを受け止め、その勢いのままに後ろにバク宙をしながら飛びのいた。


対してアスナは先ほどと立ち位置は変わらず、バク宙で飛びのいたリッドを見ながら不敵な笑みを浮かべている。


そんなアスナにリッドにしては珍しく険しい、鋭い目で彼女を見据えると正眼に木刀を構えると言った。


「……ムーンサルトにサマーソルトか。随分と身軽ですね? それに、顔に蹴りはやりすぎでは?」


「リッド様なら躱せると思っていたぞ?」


「アスナはやっぱり強い。だから僕も出来ることは全部やろう」


「まだ何かあるのか? 楽しませてくれる……‼」


彼女は僕の言葉に体が震えている。


でもそれは武者震いと言うべきだろう。


それにしても、蹴りが来るとは思わなかった。


そして、彼女の強さに舌を巻きつつ、ルーベンスや父上との訓練には感じない高揚感に僕は包まれてきていた。


楽しい、自分より強いけど、ルーベンスや父上ほどの圧倒的な差はまだ感じない。


手に届きそうで届かない。


そんな、気持ちにさせる試合だ。


だからこそ、やれることはやる。


(魔力測定)


魔力数値

リッド:五四八〇

アスナ:二二〇〇


僕は心の中で唱えて、彼女と僕の魔力数値を測った。


思った通り、魔力数値自体は僕のほうが大きい。


これは普段からの魔力修練のおかげだ。


対してアスナは僕より少ない。


彼女は恐らく剣術の修練と身体強化だけでここまでの魔力数値まで鍛えたのだろう。


懸念材料はあるが、この数値から勝つ方法を考えれば持久戦で彼女の魔力数値が無くなるのを待つしかない。


でもそれは、彼女の剣術を長時間浴び続けることを意味する。


それは、まるで僕がレイシスにしたことが自らに返ってくるように感じた。


僕は彼女に向かって木刀を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出して八相の形に構えた。


そして、小さく呟いた。


「……因果応報か」


彼女が初手で見せた突進力の速度から考えれば、距離を作るのは悪手だと判断した僕は彼女に向かい、地面を蹴り突進した。


リッドが自ら懐に飛び込んでくる姿に、アスナは笑みを浮かべ喜んだ。


「次は接近戦か‼ その覚悟‼ 最高だ‼」


僕は間合いに入り八相の構えから斬撃を繰り出すが、彼女は斬撃を左手の木刀で受け止め、右手の木刀で斬撃を浴びせて来る。


僕はそれを躱して、少し距離を取ってから再度、打ち込む。辺りには木刀が激しくぶつかり合う音が絶え間なく連続で鳴り響いた。



二人の激しい試合の様子は、もはや見る者に感動を与える演武となっていた。


観客は二人の試合に気付けば釘付けになり、一瞬たりとも目を離せない。


そんな中、ファラが小声で言った。


「が、頑張って下さい……‼ 二人とも頑張ってください‼」


その声に気付いた、周りの華族達は今見ている光景を見て自分達は最初、彼女とリッドをどう見ていたのか思い返し恥ずかしくなっていた。


二人は剣士であり、自分達のような思いもなく純粋な気持ちで試合をしている。


時に覚悟と人の思いを背負った試合は心を震わせ、人を感動させる。


それが、いまこの御前試合で起きていた。


ファラの声を聞いた、華族の一人が声を震わせながら言った。


「か……勝ってくれ‼ アスナ殿、レナルーテの誇りをマグノリアにみせてやれ‼」


その言葉は華族として、この場では正しくなかったかもしれない。


だが、それを注意するものはいない。


むしろその言葉と感情は伝染していって大きな声援となり、試合をしている二人に届けられた。


「アスナ殿‼ レナルーテの剣技を帝国にみせてくれ‼」


「二人とも、その調子だ‼」


「素晴らしい剣術です‼ アスナ殿、あなたは最高の剣士だ‼」


御前試合は気づくとすごい熱気に包まれていた。


先ほどまでのリッドの悪評の吹聴を信じている華族はこの場にもういなかった。


ライナーは御前試合の雰囲気が変わったことで、厳格な顔が少し緩んだ。


するとルーベンスから声がかかった。


「ライナー様、私もリッド様を応援して良いでしょうか?」


「構わん」


「はい。ですが、ライナー様も応援されては?」


「……私には立場がある」


ライナーの言葉を聞いた、ディアナとルーベンスはクスクスと笑ったあと、リッドに向かい応援の言葉を送った。


「リッド様、日ごろの訓練の成果を見せる時でございます‼ 私やライナー様との訓練を思い出してください‼」


「リッド様、バルディア家のお力を存分にお示し下さい‼」


二人が大声で応援する中、ライナーは誰にも聞こえないように小さく呟いた。


「……勝て、私の息子が負けるわけがない」


レイシスは二人の試合を見て、自分が最初に行った試合がいかに情けなく、みじめな事をしたのかと思い知らされていた。


そして、自分があの場に立ちたかったと悔しがって涙をこぼしていた。


その様子を見て気持ちを察したリーゼルはレイシスに優しく言った。


「悔しい気持ちはわかります。ですが、あなたのその気持ちを言葉に出してアスナを応援しなさい。彼女はあなたの気持ちにきっと答えてくれます」


「母上……」


レイシスは涙を服の袖で拭うと声を張り上げてアスナを応援した。


「アスナ殿、勝ってくれ‼ 僕らの為に勝ってくれ‼」


帝国とレナルーテは密約があるが同盟国だ。


だが、密約を知らない者でもレナルーテは帝国に敵わないと、どこか鬱屈した気持ちを抱えていた。


その部分がノリス達の付け入る隙でもあったのだろう。


今はその気持ちが華族達をよりアスナに感情移入させていた。


アスナ本人はそんなこと気にもしていないだろうが。


エリアスは黙って二人の試合を熱い眼差しで見ていた。



御前試合を見ていた華族達がアスナとリッドに声援を送っている。


その声にアスナは微笑みながら呟いた。


「何やら、騒がしくなってきたな」


「クッ‼」


斬撃の応酬のなか、アスナには微笑みながら話す余裕はあるがリッドにはない。


何故なら、アスナの二刀流が凶悪だからだ。


右左の木刀がまったく違う動きをして鋭く襲い掛かってくる。


そして、二刀流ばかりにも注意していられない、何故なら彼女は足技まで行使してくるからだ。


その様はまさに変幻自在でとても攻めることなど出来ない。


リッドは常に防戦一方だ。


しかし、一方のアスナもリッドの動きに内心驚愕していた。


(なんという胆力だ……)アスナの剣術は情け容赦がない。


一度でも手合わせすれば、その苛烈さに慄いて誰も攻めてこない。


だが、リッドは違った。


アスナの剣術をひたすらギリギリで躱す様に意識して、極力無駄な動きを減らすことに徹している。


言葉にするのは簡単だが、リッドの全身ですれすれにアスナの木刀が掠めていく。


木刀を振るアスナが内心ヒヤリとするほどだ。


(リッド様の年齢で何故こんなにも胆力がある? 普段、どんな訓練をしているのだ……)


彼女は知る由もない。


胆力訓練と称して真剣のサーベルを振り回す父親めがけて、突き進むことで得たリッドの胆力。


ルーベンスの手加減無しのスパルタ教育によって得た剣術と実戦に近い動き。


だが、本人のリッドもそのことには気づいていない。


何故なら、リッドが本当の意味で対人戦をしているのはアスナが初めてなのだ。


リッドは自分の実力を初めてアスナによって知ることが出来ていた。


アスナに防戦一方となっている中でリッドは痛感していた。


先ほどは彼女にスイッチが入れば勝てないと思ったが、それ以前の問題だった。


彼女に僕が剣術で勝つのは現時点で不可能に近い。


何故なら彼女の二刀流は恐らく両手持ちを変わらないほどの威力を持っている。


一般的に、二刀が一刀に勝てないと言われるのは両手持ちの剣に対して、片手の剣では抑えることが出来ないからだ。


そして、それは攻めにおいても同じ事が言える。


だが、彼女は片手でも身体強化で恐らく両手持ちと変わらない威力を誇っている。


そして、足技まであるのだ。つまり、手数が圧倒的に足りない。


僕が木刀で一回攻撃するとアスナは、左右で計二回、場合によっては足で一回。


つまり、アスナは最大で三回攻撃してくるのだ。


僕が一回攻撃すると、アスナは常に二~三回攻撃をしてくる。


有名なゲーム、竜物語のラスボスを彷彿させる攻撃回数だ。


そしてもう一つの懸念が的中してしまった。


その時、ひと際激しく木刀同士がぶつかる音があたりに響きわたった。


そして、僕とアスナは互いに少し距離を取って構えていた。


「ハァハァ……くそ……」


「どうした、リッド様? もう終わりか?」


僕が抱いていた懸念、それは身体強化で使う魔力だ。


(魔力測定)

リッド:一六四〇

アスナ:一九〇〇


魔力数値が最初は僕が勝っていたが、すでに逆転している。


そう、身体強化の消費魔力量は使っている当人の状態によって増減する。


もしくは熟練度とも言うべきだろうか。


これは父上達との訓練でも感じていたことだった。


同じ身体強化と言っても彼女と僕では使い続けた年数が違う。


そして、経験という強みもアスナにはあった。


対して僕は身体強化を覚えてまだ間もない。


加えて訓練以外で初めての対人戦だ。


その結果、身体強化で思った以上に魔力を消費してしまった。


もはや、持久戦でも勝てない状況だ。


なら、次にするべきことは決まっている。


僕は深呼吸をして息を整える。


そして、アスナに対して上段に剣を構えると言った。


「次の一撃にすべてをかけます……受けてくれますね? アスナ」


「……いいだろう。リッド様の一撃見せてもらおうか……‼」


御前試合を見ていた観客たちも二人の雰囲気が変わったことに気付いた。


次の一撃ですべてが決まると直感して息を呑み、声援は止まり静寂が訪れる。


「……行きます‼」


僕は言い放ったあと、木刀を上段に構えたまま地面を蹴り、彼女に突進する。


そして、そのまま真っすぐに彼女に木刀を鋭く振り下ろした。


それに対してアスナはリッドから振り下ろされる木刀に対して両手に握られた左右の木刀を交差させた斬撃を繰り出す。


リッドとアスナの木刀同士がぶつかった瞬間、あたりに重く鈍い音が鳴り響くと同時にリッドの木刀が弾けて折れた。


それを見たアスナは勝ち誇って呟いた。


「終わりだな。リッドさ……」


「まだだ‼」


僕はこの瞬間を待っていた。


勝利を確信した瞬間に気が緩む、この一瞬の隙を見逃さなかった。


持っていた折れた木刀を捨て、アスナの懐に飛び込み投げ技を繰り出す。 


「リッド様はやはり素晴らしいな……」


彼女の言葉がきこえた瞬間、投げ技を出した僕の視界が回り最後に背中を地面に優しく叩きつけられた。


「グッ‼」


「今度こそ、終わりだな。リッド様?」


「……そうだね」


残念ながら捨て身の投げ技は彼女にいとも簡単に返されてしまったらしい。


ふと周りをみると彼女が握っていたと思われる木刀が二本転がっている。


僕が懐に飛び込んで、投げ技を出そうとした時にすぐ手放したのだろう。


「アスナって強すぎ‼」と僕が呟くと同時に、エリアスの声が高らかに聞こえた。


「御前試合の勝者、アスナ・ランマーク‼」


その言葉に、レナルーテの貴族達は歓喜に震えた歓声を上げた。

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