第66話 御前試合 第二試合(3)
「説明はちゃんと出来るのだろうな? リッド?」
御前試合の二試合目を開催することになり、アスナの準備が整うまでの間、僕は父上に事の次第を説明しにきた。
だが、父上の表情はとても険しく眉間に皺を寄せ、こめかみをピクピク、口元を引きつらせていた。
つまり、とてつもなく怒っていた。
僕は、父上の怒りに気づかないふりをして説明をした。
ちなみに、レイシスが母上とバルディア領の悪口を言ったことについては伏せた。
すると、父上の怒りは呆れに変わったようで、ため息をついて僕に言った。
「はぁ……だから、いつも爪を隠せと言っているだろうが、この馬鹿者……」
「僕には隠すほどの爪がないと思うのですが……」
その言葉に、控えていたディアナとルーベンスが噴き出して笑いを堪えながら、両肩を上下させている。
失礼だな、君たちは。
すると、父上は僕を見据えると少し怒りのこもった声で言った。
「折角の試合だ、お前の力を思う存分見せてやれ」
「はい。父上」
さすがに父上も僕の悪評を吹聴されたことに関してはかなり怒っているみたいだ。
後ろの二人もその点については怒っているようで、僕の本気を出すようにと言われた。
そのまま少し雑談をしていると、後ろから声をかけられた。
「リッド様、よろしいでしょうか?」
振り返るとそこにはファラが立っていた。
アスナはまだ戻っていない様子で、彼女が一人でいるのは珍しい。
僕は、優しく返事をした。
「うん。どうしたの?」
「えーと……」
「?」
ファラは少し挙動不審な感じだがどうしたのだろう?
すると彼女は意を決した様子で僕に言った。
「リッド様であれば問題ないと思うのですが、試合中のアスナの言動を私に免じてすべてお許しになると約束していただけませんか……⁉」
「へ?」
急に何を言い出すのだろうか?
試合中の言動?
そんなもの気にするつもりはない。
でもファラの表情から必死さが伝わってくる。
彼女は必死の形相をしながら僕を上目遣いで見ている。
そして耳が少し下がっていた。
うーん、可愛いなぁ……じゃなくて、僕はファラに頷きながら言った。
「わかりました。アスナ様の言動については一切、気にしません。なので、アスナ様もファラ様のように僕に接して下さるよう、お伝え下さい」
僕の言葉を聞いたファラは必死の顔から満面の笑みになって耳を上下させている。
可愛い。
でも、耳が動くダークエルフは彼女だけのような気がする。
僕はファラ王女に質問を投げかけた。
「ファラ王女、失礼でなければそのみ……」
「ゴホン‼ リッド様、ダークエルフの女性に耳の動きを聞くことはマナー違反です。お控え下さい」
ディアナが僕の聞こうとしたことを察したようで、被せて咳払いをして割り込んできた。
通常であれば失礼な行為だが、僕のマナー違反を事前に防いでくれたなら話は別だ。
それに、ディアナの言葉を聞いたファラは顔を赤くしながら両方の耳を手で抑えてオドオドしていた。
なんか、すごく悪いことをしてしまったみたいだ。
僕は咄嗟に謝った。
「ファラ王女、大変失礼いたしました。僕の勉強不足で申し訳ございません」
僕はファラに言ったあと頭を下げた。
すると彼女は慌てたように言った。
「い、いえ、良いのです。大丈夫…です。あ、それよりも、頭を上げてください」
彼女の一言で僕は頭を上げた。
まだファラは少しオドオドしていたが咳払いを軽くすると、にこりと笑顔になり言った。
「コホン。リッド様、先程の発言、ありがとうございます。アスナは試合というか、剣を持つと少し気が荒くなるところがあって誤解されやすいのです。なので、事前にリッド様にお許しをもらいたかったのです」
「そうでしたか。でも、私も稽古をするときは少し口調が荒くなりますから、気にされないで大丈夫ですよ」
僕の言葉を聞いて、ファラはパァっと明るい笑顔になった。
そして、耳が上下に動いている。
どうしよう、すごく触りたい衝動にかられる。
すると彼女は笑顔で僕に言った。
「リッド様、お許し頂きありがとうございました。アスナも喜ぶと思います。では、私は失礼致します」
ファラはそういうと、僕に一礼して自分の観覧席に戻っていった。
僕はどうしても気になったのでディアナに疑問を投げかけた。
「……ディアナ、ダークエルフの耳が動く理由ってなんなの?」
「……どのような理由があっても女性の秘密を暴こうとしてはなりません。そうですよね? ライナー様? ルーベンス?」
ディアナに振られた二人は知っているのか、知らないのか、わからないがディアナの「オォォ」というオーラに気おされてルーベンスは首を縦に振るだけだった。
すごい、父上もディアナに呑まれていた。
そして僕は諦めたようにため息を吐いて呟いた。
「はぁ……わかったよ。この件はもう質問しない。これでいい?」
「はい。素敵です、リッド様」
ディアナは僕の言葉に満面の笑みになっていた。
結局、ファラの耳の動きにはどんな意味があったのかな?
まぁ、機会があれば知ることもあるだろう。
と、僕は深く考えないようにした。
その後、僕は試合会場の真ん中に移動してから、アスナが来るのを準備運動をしながら待った。
すると間もなく彼女は本丸御殿の中から姿を現して、僕の前に真っすぐ歩いて来た。
その足取りは軽いようだ。
彼女は僕の前に来ると立ち止まり、僕に一礼すると嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「リッド様、改めましてファラ王女の専属護衛をしております。アスナ・ランマークです。以後お見知りおきをお願い致します」
「うん。僕も改めてライナー辺境伯の息子、リッド・バルディアです。こちらこそ、宜しくお願いします」
僕は挨拶をすると軽く一礼した。
そして顔をあげると、彼女の姿に見入ってしまった。
明治初期でみるような黒を基調とする軍服を身にまとったダークエルフは、見渡す限り彼女だけだ。
上は黒色のフロックコートに首元にはネクタイをしている。
下は黒いズボンと短靴だろうか?
頭には独特の四角い感じの軍帽をしている。
赤みの混ざったピンクの長い髪は、後ろで三つ編みにされて彼女の腰近くまである。
すると、見入っていた僕を彼女は緑色の鋭い瞳で見てから、怪訝な顔で呟いた。
「ん? どうされましたか?」
「いや、女性でその服装をしている人はアスナ以外見なかったから、少し見入っていた」
「……そうですか。確かに、女性でこの服を纏っているのは少ないですからね」
彼女は自分の服装を確かめるように言った。
そして、僕に目を見据えると言った。
「姫様から伺いました。リッド様は私の言動を試合中は一切気にしないと。お気遣い頂きありがとうございます」
「いや、そんなに気にしなくて大丈夫だよ。僕だって、訓練中や試合中は口が悪くなることあるしね」
彼女は僕の言葉を聞いて「そうですか」とクスクスと少し笑った。
「しかし、リッド様は素晴らしい才能をお持ちですね。レイシス王子との試合はお見事でした。その年齢で「身体強化」を使いこなせるなんて、素晴らしいです」
「あ……ばれていたかな?」
レイシス王子を身体強化で圧倒したことが反則ではないか?
と、負けを宣言したあとに気付いたのだが大丈夫だろうか?
僕は少し不安な顔をした。
それを見た、彼女は少し笑いながら言った。
「フフ、そう心配されなくても一部の者しか気付いておりません。それに、ルール違反でもありません。リッド様の身体強化に気付かなかった、レイシス王子がまだ未熟なだけです。気にされなくて大丈夫ですよ」
「そう? なら良かったけど」
彼女の言葉に僕は安堵した。
また、反則とか揚げ足を取られると思うと今から疲れてしまう。
すると、アスナは先ほどまで笑みをこぼしていたのに一転、真剣な表情となり、僕に言った。
「……リッド様の実力。身体強化を含めたすべての本気を見せて頂きたい……‼」
発言とともに彼女の雰囲気がガラッと変わった気がする。
そして、体全体に感じたことのある緊張感が走る。
「これは殺気だ」と理解した。
父上と比べればたいしたことはない。
だが、それでも他国の辺境伯の息子に対して、殺気を出すとは思わなかった。
これが、ファラの言っていた剣を持つと「気が荒くなる」ということだろうか?
先ほどまでの彼女の様子からは想像できないほど「豪気」な性格をしているようだ。
僕は少し険しい顔をしながら、木刀を両手で持ちながら彼女に向かって真っすぐ正眼に構えた。
すると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……素晴らしいです。リッド様は素晴らしい……‼」
彼女は僕が木刀を構えた姿に何故か感動している。
彼女はおもむろに腰に差してある、二本の木刀をそれぞれの手に持つと静かに抜いた。
左手に脇差の木刀、右手に普通の木刀を持ち、無駄な力を入れず、彼女は静かに佇んでいる。
僕は構えを崩さずに、呆れたように言った。
「……いきなり、二刀流はやり過ぎじゃないですか?」
「フフ、お許しください。姫様からもリッド様を本気で迎えうてと言われております故……」
絶対うそだ‼ 僕でもさすがにファラが彼女にそんなことを言うはずがないとわかる。
その時、僕たちの様子をみたエリアスが高らかに言った。
「二人とも準備はよいようだな。では、これより御前試合 第二試合を開始する‼」
木刀二刀を構えて不敵な笑みを浮かべるアスナ、それに対して木刀一刀で対峙しながら険しい表情をするリッド。
とても御前試合とは思えない両者の雰囲気に息を呑む、観客。
こうして、御前試合の第二試合の火蓋が切られた。
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