第65話 御前試合 第二試合(2)

アスナは本丸御殿の中にある木刀を取りにきていた。


辺境伯の息子であるリッドとは姫様の相手として、剣士として見定めたいという思いがあった。


それがこんなにも早く叶うとは思わなかった。


必要な木刀を彼女は二本選別した。


一本は普通の長さ。


もう一本は少し短い脇差程度の長さ。


その二本を腰に差した時、後ろに人の気配を感じてアスナは振り返った。


するとそこには初老のダークエルフが静かに佇んでいた。


ノリスである。


アスナはすでにノリスがどんな人物か知っている。


当然、良い感情を持つはずがなくすこし険しい顔をした。


だが、それを知ってか知らずかノリスはおもむろに声をかけてきた。


「アスナ・ランマーク殿。私は……」


「存じております。ノリス様とお見受けいたしますが、どういったご用件でしょうか?」


ノリスの言葉に被せるようにアスナは言った。


失礼な行為にあたるが、それでも彼女はノリスと会話をしたくない。早


く切り上げたいと思ったのだ。


だが、ノリスは怯まずに言葉を続けた。


「すでにご存じとは光栄ですな…… 貴殿は王女の婚姻をどうとらえていますかな?」


「……私は姫様の専属護衛に過ぎません。そのような質問にお答えできる身分ではありません」


アスナはノリスの一言で水を差されたような、嫌な気分になった。


彼の一言ですべて察した。


彼がここに来たのは自分を反対派に入れたいが為だろう。


レイシス王子のことがあり、まだ幾ばくも経っていないというのに面の皮がかなり厚い人のようだ。


アスナはさっさと去ろうと彼の横を通り過ぎようとしたその時、ノリスは言った。


「私は貴殿の兄とかなり親しくさせて頂いていてね、貴殿の話はよく聞いているよ」


「‼」


予想外の言葉に思わずノリスに振り返ると彼の顔をアスナは鋭い眼光で睨みつけた。


だがノリスは怯まずに言葉を続けた。


「私が貴殿と兄の仲を取り持ってやろう。さらに、君の王女専属護衛の任務からも解放されるように私が手を回そう。そうすれば、大手を振ってランマーク家に戻れる。そして、王女の専属護衛として帝国に一緒に行かなくても済む。どうだね? 君にとっては悪い話ではないだろう?」


「……何がお望みなのですか?」


アスナは険しい顔でノリスを睨み続けている。


だが、ノリスは余裕たっぷりと言った感じで返事をした。


「なに、レナルーテの将来の為に、王女には帝国の皇族と婚姻して頂きたいのです。辺境伯の息子などに王女というカードは勿体無いと思いませんか?」 


ノリスは説明をしながら、ゆっくり歩いてアスナの背後に回る。


そして、彼女の右肩に手をのせると、アスナの耳元で呟いた。


「国の将来を考えれば、より強い権力を得るためにも帝国の中枢。皇族と婚姻させるべきなのです。そして、いつか王女と皇族の間に子供が出来れば、手にする権力はより一層強くなります。それに、我らダークエルフには人族より長き寿命があります。最初は小さな権力でも時間を置けば帝国に嫁いだ王女の権力は強くなりましょう。その時、我が国は帝国を手中に出来るのです」


「……なるほど。それで私に何をしろというのです?」


アスナは険しい顔を少し緩めて、ノリスに聞いた。


その言葉で彼は、「釣れた」とほくそ笑み、両手を広げながらアスナに言った。


「あなたには簡単なことですよ。辺境伯の息子を痛めつけ、トラウマを与えて下さい。そして、レナルーテの王女との婚姻を辞退するようにこっそりと約束させて欲しいのです。そうすれば、あとはこちらで動きます。それさえして頂ければ、最初に話した件をすべて私で手を回しましょう。協力して頂けますね?」


アスナは思慮深い顔してから呟いた。


「……一つ聞きたい。レイシス王子の言動はあなたの影響ですか?」


思いがけない彼女の言葉にノリス呆気に取られたが、すぐに笑顔になると言った。


「……そうですね。影響はあったかもしれませんが、最終的にはすべて王子自身で決めたことです」


彼の言葉を聞いたアスナは小さく頷いた。


その様子をみてノリスは「落ちた」と踏み、言葉を続けた。


「ありがとうございます。では、今後とも……」


「勘違いしないで欲しい」


「……は?」


アスナは彼の言葉を再度遮った。


そして、呆気に取られる様子の彼に力強く言った。


「私が聞いたのはあなたの「望み」と「私にしてほしいこと」そして「レイシス王子に対しての影響力」の三つです。一言も、協力するとは言っていませんよ?」


「な‼」


アスナの言葉を聞いてノリスは激高した様子で罵った。


「ふざけるな‼ こちらが下手に出てみればなんという言い草だ‼ 貴様はランマーク家にも、この国にも戻れずに王女なぞに付き従って一生を棒に振って良いと言うのか‼」


ノリスの言い分にアスナは腰に差した脇差の木刀をぬいてノリスの首に剣先を突き付けた。


「黙れ。我が主君はレナルーテ国の王女である。今の言葉は撤回しろ。王女並び私に対する侮辱とみなす。 私はその専属護衛であり、姫様の庇護下にある。権力が好きなその頭でこの意味を良く考えてみろ……‼」


アスナの言われた言葉でノリスはハッとした。


確かに王族の専属護衛であれば、王族を守ると同時に、王族の庇護下にも入る。


突き詰めた見方によってはノリスよりも彼女のほうが強い立場なのである。


彼女の言った言葉の意味を理解してノリスは険しい顔をして言葉を紡いだ。


「も、申し訳ない。先ほどの言葉は……撤回致します」


ノリスの言葉を聞いてもアスナの眼光は鋭いままだ。


そして、木刀の剣先を喉元に突きつけながら言った。


「そもそも、貴様は勘違いをしている。私の中でランマーク家に未練は一切ない。兄上のことなどむしろこちらから願い下げだ。私は王女の専属護衛となったことに誇りを持っている。その意味がわかるなら、二度と私に話しかけるな‼」


「ぐっ……しょ、承知致しました」


ノリスの言葉を聞くと、アスナは彼の喉元に突きつけていた脇差の木刀を腰に戻した。


その瞬間ノリスは腰が抜けたようにその場でへたり込んでしまった。


アスナはその姿を見下す様に見ると吐き捨てるように言った。


「この場の話は聞かなかったことにする……どの道、貴様には遅かれ早かれ罰が下るだろう。せいぜい、醜く足掻くがいい」


へたり込んだノリスにアスナは眼光鋭いまま侮蔑の眼差しをおくると、その場を後にした。


残されたノリスは専属護衛とはいえ少女にしてやられたことを思い出し、怒りに震えていた。


だが、それでも彼は笑った。


どちらにしても、彼女がリッドと戦うことは変わらない。


それであれば、辺境伯の息子にトラウマは与えられるだろう。


彼はアスナが去っていった方を見てニヤリと笑みを浮かべていた。



アスナは水を差された気分だったが、結果としては良い情報を本人から直接聞けたのは収穫だった。


ただ、あの場に自分とノリスの二人しかいなかったのが悔やまれる。


もし、第三者がいればあの場でノリスを断罪出来ただろう。


二人しかいないのであれば、言った、言わないで水掛け論になる。


それに、彼が王女と自分に対する侮辱の言葉を軽率にも出したおかげであそこまで最後は強く出ることが出来た。


通常であれば、さすがにあそこまで姫様の権力を出すことは出来ない。


アスナは先ほどのやりとりを思い出してため息を吐いた。


「はぁ……少し疲れたわね」


しかし、彼女の足取りは軽い。


何故なら、辺境伯の息子、リッド・バルディアの実力を直接見定められるのだから。


「リッド様……こんなにワクワクする相手は久しぶりだわ」


彼女の目は期待で輝いていた。

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