第60話 レナルーテ・リッドの次撃(2)

レイシスは開始の合図を聞くと「フン」と鼻を鳴らすと、リッドを見据えて言った。


「今、負けを認めれば痛い目を見ることはないぞ?」


「……いらぬ心配です。 それとも王子の剣とは口だけなのですか?」


リッドは木刀を真っすぐ正眼に構えて、レイシスを見据えている。


「なんだと‼ こちらが善意で言ってやっていることもわからないのか‼」


「……それが、口だけと言うのです」


「キサマァ‼」


レイシスは剣を上段に構えてリッドに突進する。


そして、間合いに入ると同時に鋭く木刀をそのまま真っすぐに振り下ろした。


だがその時、レイシスの世界が一回転して背中が地面にぶつかった。


「ぐはっ‼」


レイシスは自分に何が起こったのか分からない。


だが、気付くとリッドが顔の横に立っており、木刀の剣先をゆっくりとレイシスの首元に当てて呟いた。


「王子はやはり口だけのようですね?」


縁側で見ていた貴族達はリッドの動きに度肝を抜かれた。


レイシスが木刀を上段に構えリッドに突進した時、レナルーテの貴族一同は王子の勝利を信じて疑わなかった。


だが、リッドは王子の剣筋を見切って懐に入ると、そのまま投げ技を使い地面に寝かせた。


しかも、地面にぶつかる衝撃を弱めるよう手加減までしている。


そして、リッドはトドメと言わんばかりに、木刀の剣先だけ首に当てた。


いつでも倒せるぞ? 


手加減しているぞ? 


と、言葉ではなく実力で思い知らせたのだ。


母親のリーゼルは口元を手で抑えながら今すぐにも息子を介抱したい様子だが、それは王と周りの側近達に止められていた。


ライナーは厳格な表情のまま、ため息を吐いている。


ルーベンスとディアナは満面の笑みをしていた。


リッドは木刀の剣先をレイシスの顔の中央にゆっくり移動させた。


「もう、終わりですか?」


「ぐ、ば、馬鹿にするな‼」


レイシスは投げ飛ばされたことを遅いながら理解すると、木刀を持って立ち上がり一旦距離を取った。


リッドはその様子を黙ってみているだけだ。


自分を落ち着かせるようにレイシスは呟いた。


「……俺が油断しただけだ。次は油断しない……‼」


木刀をレイシスも正眼に構えて、今度はゆっくりとリッドに近づく。


リッドはもはや構えていない。


だが、先程の出来事でレイシスはその姿のリッドにすら飛び込めない。


その様子にリッドは呆れた様子でため息を吐くと、右手に木刀を持ちながら左手をレイシスに差し出して「クイクイ」と手で挑発をした。


「‼……ば、馬鹿にしやがって‼」


さすがのレイシスもその様子にカッとなり、リッドに襲い掛かった。


木刀を振り上げ真っすぐに振り下ろす。


すると今度は木刀同士がぶつかり、あたりに乾いた木の音が響く。


(よし‼ あとは力押しでいける‼)


レイシスはリッドとの年齢差、対格差でこのまま押し込めると思っていた。


だが、リッドは逆にその力を受け流してレイシスの体制を崩す。


「な‼」レイシスからたまらず驚きの声が溢れる。


そして、リッドはそのまま投げ技に繋げてレイシスを投げ飛ばした。


「ぐぁ‼」また地面に投げられたレイシスはうつ伏せで倒れた。


急いで立ち上がろうとするが、今度は自分の頬にリッドの木刀の剣先が当てられる。


「……ほら? やっぱり口先だけじゃないですか?」


リッドが呟く声に感情は籠っていない。ただ、冷淡に事実を告げるだけだ。


今更ながらにレイシスは理解した。


実力の差が桁違いであることに。


実力差に慄きレイシスは咄嗟にある言葉を言おうとした。


その様子に気付いたリッドはレイシスの耳元に顔を近づけ呟いた。


「あなたは誇り高き、レナルーテの王子でしょう。それが、マグノリアの田舎者。……病弱な母親の息子と侮辱した相手にこんなに安々と負けを認めるのですか? あなたには王子としてのプライドがないのですか? 本来受け取るはずだった私の木刀に小細工をして、自分だけ稽古着に着替えて恥ずかしくないのですか? 自分の父親、母親、家族に泥を塗るおつもりですか? 立ちなさい‼ 僕は君を許さない絶対に……‼」


リッドの言葉を聞いて、レイシスは自覚した。


自分はなんと愚かなことをしたのか。


父のような王になりたい。


人としても立派になりたいと思っていた。


それなのに、今の自分はどうだろうか。


(情けない、情けない、情けない‼) 


レイシスは心の中で何度も呟いた。


そしてうつ伏せから身をひるがえし、リッドを睨みつけた。


「……認めない、絶対にお前を倒す‼」


レイシスの目から少し淀みが消えた気がする。


リッドは少しだけ言葉に感情が戻った。


「相変わらず、口だけは達者でございますね」


リッドの木刀をレイシスは手で払いのけると転がっていた木刀まで走る、そして手に取るとリッドに構える。


今度は慄かない。


そしてレイシスはリッドに立ち向かった。





どれほどの時間が経過しただろうか。


縁側にいる貴族達は真っ青になっていた。


レイシス王子はリッドに全くかなわなかった。


圧倒的な実力差で剣術の御前試合なのに、リッドは剣術をほぼ使っていない。


ひたすらに立ち向かってくるレイシスを軽く投げ飛ばして、頬、首、顔、胸などの急所に木刀の剣先で触れるだけ。


だが、それだけの実力差があってもレイシス王子は負けを認めない。


その為、長時間の試合となっていた。


試合の勝敗を決められるのは本人達とこの場では王のエリアスだけだ。


だが、エリアスはその様子をただ見ているだけだった。





何度、投げ飛ばされて剣先を急所に向けられただろう。


レイシスはリッドにまだ一太刀も浴びせることが出来てない。


それどころか、自身の体力がつきかけてきていた。


「ハァハァ……」


「どうしました? 王子は口先だけが取り柄でしょう?」


リッドは相変わらず構えていない。


右手に軽く木刀を持っているだけだ。


「くそ……この、化け物がぁぁぁあ」


レイシスは叫びながら、リッドに襲い掛かる。


だが、木刀をリッドに向かって振ると同時に世界が回る。


そして、また地面に背中がぶつかった。


「ぐあ‼」 


そして、首筋にリッドの木刀の剣先が当てられる。


「クソ‼ ハァハァ……」


「……本当に口先だけですね」


リッドの思った以上にレイシスには根性があった。


完全な実力差を見せ続ければどこかで心が折れるとおもったのだが、あてが外れてしまった。


「もう良いでしょう? そろそろ、負けをお認めになってはいかがですか?」


「認めん、断じて認めん‼」


リッドも反省していた。


恐らく自分も怒りで彼をあおり過ぎたのだ。


結果、意固地になってしまった気がする。


ならば次の手を使うか。


「レイシス様、最後に一つお聞かせください」


リッドはレイシスの首筋に木刀の剣先を当てたまま聞いた。


「僕の母上を病弱と罵ったのはあなたの意思ですか? それとも誰かの入れ知恵ですか?」


彼は僕の聞いたことが予想外だったようで、ハッとすると険しい顔になった。


やはり、彼の仕業かな? 


と、思いながら再度問いかけた。


「王子、教えてください」


すると、レイシスは観念したように呟いた。


「最後に言うと決めたのは俺だ。だが、お前の母親が病弱であるという情報は人づてに聞いた……」


「ノリスですね?」


僕から彼の名前が出るとは思わなかったのだろう。


レイシスは驚愕の表情をしていた。


子供はわかりやすくていい。


わかった。ノリス、君は僕の敵だ。


さて、それはそうとこの試合も終わりにしたい。


そう思って僕は王子に提案した。


「負けを認めてくれませんか王子? でないと、最悪なことになりますよ?」


「くどい‼ 絶対に負けは認めん‼」


根性はすごいと思うけど、意固地になってしまうと時にそれは自分の首を絞めるということを教えてあげよう。


僕は小さくため息を吐くとスッと手を挙げた。


レイシスはキョトンとした顔で僕を見ている。そして僕は高らかに言った。


「皆さん、僕の……負けです」


「……な、なんだと‼」


レイシスは怒りの驚愕の表情で僕を睨んでいた。

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