第59話 レナルーテ・リッドの次撃

僕はいま、本丸御殿の外にある訓練場と思われるかなり開けた場所に来ていた。


エリアスを含めて観覧する人たちは本丸御殿の縁側に用意された椅子に座ったり、立ち見したりしている。


もはやちょっとしたお祭り騒ぎではないだろうか?


確かこういうのを時代劇とかで御前試合と言った気がする。


ファラ王女と僕の顔合わせが主題だったのに、何故か僕の武術を披露することになってしまった。


まぁ、様々な思惑が重なった結果だろうけど。


でも、先に毒を出してきたのは向こうだ。


「毒を食らわば皿まで」という言葉通りに僕も遠慮はしない。


縁側を見ると父上がエリアスの隣に座っている。


だが、厳格な顔に磨きがかかっている気がする。


僕と目が合った父上は少し俯いて大きなため息を吐いた。


自分の息子が御前試合をするのにもう少し応援してくれても良いのでは? 


と、思ってしまう。


でも、父上の近くに控えているルーベンスはウインクして親指をグッと突き出している。


まぁ、普段ルーベンスと行ってきた訓練結果を出す良い機会と捉えよう。


すると、後ろから「リッド様」とディアナの声がして振り返った。


彼女はどこか怖い微笑みを浮かべながら「こちらをお使いください」と木刀を僕に差し出した。


何故、ディアナが木刀を持ってきたのか疑問に思うが素直に受け取り「ありがとう」とお礼を言った。


すると、彼女は顔を僕の耳元に近づけて呟いた。


「彼らはよほどリッド様に恥をかいて欲しいようです。このような試合で粗末な木刀をリッド様にご準備しておりましたので、私が選別してお持ち致しました。木剣ではなく木刀なのが残念ですがご安心ください……」


そんなことまでするとは。


彼らもよほど必死なのだろう。


と思ったが、それ以上に僕はディアナの雰囲気が凄いことになっていることに気付いた。


彼女の周辺に黒い何かがゆらゆらと漂っている。


僕の顔を真っすぐ見つめると、冷たく、そして力強く彼女は言った。


「無礼な輩には容赦無き鉄槌をお与え下さい……絶対に」


「う、うん。わかった」


僕の返事に満足した様子の彼女は満面の笑みになった。


その笑みの裏には相変わらずどす黒い怒りの火が見えるけど。


僕はついでに着ていた上着を彼女に預けて、出来る限り動きやすい服装になった。


相手の準備が出来るまで、まだ時間が少しかかるようだから準備運動をしながら待つことにした。


しかし、相手は誰が来るのだろうか? 


この場所に案内されたあと、ノリスから「……適切な相手の準備があるので少々お待ちください」とそれはもう嫌悪が混ざった険しい顔で言われた。


為政者ならせめて、悪意を顔に出さないで欲しい。


子供だからと侮っているのだろうか?


と、思わざるを得なかった。


準備運動しながら縁側を見ると王妃のリーゼルがエリアスとノリスに何か怒っているようだ。


どうしたのだろう?


対して、エルティアは御前試合には興味なさげに目を瞑り座っている。


ファラと護衛の少女はこっちを見ていた。


ファラと目が合ったので再度、ニコリと笑顔だけ返す。


すると、俯いてまた耳が上下に少し動いた。


それに気づいたエルティアがファラを注意している。


うん、これさっきも見た光景だ。


護衛の少女は何故か興味深そうに僕を見ている。


何か気になることでもあったかな? そう思った時、エリアスから声がかかった。


「リッド殿、待たせてすまんな。準備はよいか?」


「はい。いつでも大丈夫です」


僕はエリアスに向かって一礼してから返事をした。


彼の隣にはリーゼル王妃がいるが、なんだか機嫌が良くないようだ。


「うむ。では貴殿の対戦相手だが、急にどうしても貴殿の実力を直接知りたいと言い出した者が出てきてな。その準備で時間がかかったのだ。許せ」


「承知致しました。私の実力を直接知りたいと言って頂けるとは光栄でございます」


エリアスに返事をしながら、ディアナのから聞いた木刀のこともある。


相手は恐らくノリスの手先だろうと想像がつく。


ならば遠慮はいらない。


ディアナの言う通り鉄槌を与える気持ちで良いだろう。


一切の容赦はない。


「では、貴殿の相手を紹介しよう。我が息子、レイシス・レナルーテだ」


「は……?」


僕は予想外の相手に呆気に取られてしまった。


まさか、ノリスの手先として王子が登場するとは思わなかった。


すると、エリアスの言葉で満を持して登場するように、縁側の奥からレイシス王子が対戦仕様の動きやすい稽古着ともいうべき服装で現れた。


なるほど、着替えてから準備に時間がかかったのね。


ぼくは妙に納得してしまった。


彼は縁側で足袋を履くと、ゆっくり僕に向かって歩き始めた。


彼の片手にはすでに木刀も握られており、やる気満々といった様子だ。


ふと縁側を見ると父上が肩を落として俯いている。


ルーベンスは相変わらず笑顔で僕にウインクすると親指をグッと上向きにだして、目線を王子に向けるとその親指を180度回転させた。


他国の王子に堂々とブーイングをするなと言いたい。


するとディアナがルーベンスの手を下げさせて首を横に振っている。


そうそう、他国の皇子にブーイングしたらダメだよね。


そう思っていると、ディアナも笑顔で右手の親指をグッと上向きに突き出した。


そして、自分の首の左前に持っていくと、顎を少し「クイッ」と揚げる。


上から目線になり、皇子の背中を見つめながら首の前に突き出している親指をスーッと左から右に移動させた。


その際、顔の向きをすこし左にするのも忘れない。


顔は笑顔だが、彼女のやっていることが一番酷い。


その動作は一瞬だったので誰にも見られていないと信じたい。


ぼくは彼らの笑顔を見てため息が出た。


その様子にレイシスのこめかみがピクっと動き、嫌悪溢れた険しい顔になると吐き捨てるように言った。


「……随分と余裕だな。だが、俺は先ほどのような屁理屈は通用しないぞ」


屁理屈? 先ほど、エリアスと話していたことだろうか? 少なからず、婚姻においてのメリットを理屈で説明したつもりだ。


もちろんハッタリも少しはあるが許容範囲だろう。


そうでなければ、エリアスも興味を持たない。


父上も止めるだろう。


それを屁理屈と一蹴するか。


その時ザックの言葉を思い出した。


『聡明だがノリスに心酔した結果、言動に王子として矛盾が見られるようになった』


言葉は正確ではないが、確かこういう内容だったはずだ。


さらに、僕はその時に感づいた。


(ザックさん、知っていたな?) だから、王子の心を壊せ。


華族の依頼。


などと、重い言葉を言ったのだ。


つまり、僕はザックを引き入れたつもりが逆に踊らされて有効活用されたというわけだ。


僕は思わず笑ってしまった。


ザックは一体何者なのだろうか。


今度、是非問い詰めたい。


返り討ちにされそうだけど。


「おい、何を一人でニヤついている?」


「いえ、少し思い出し笑を……」


「ふん。気に入らないやつだ」


おお、悪態が凄いぞ。


僕だって仮にも貴族の息子なのに。


何がそこまで彼の目を曇らせているのだろうか?


まぁ、やれるだけやってみるか。


すると、僕と王子の準備が整ったと判断したのか、エリアスが声を発した。


「では、これより、リッド殿とレイシスの御前試合を行う。ルールはどちらかが敗北を認めるか、どちらかが試合続行不可能と判断した場合だ」


僕は、ルールを聞くとあることを閃いて、手を挙げて声を出した。


「エリアス陛下、その案に一つ追加をお願い致します」


「……なにかな?」


質問したことで周りから怪訝な目で注目を浴びる。でも僕は気にせずに続ける。


「僭越ながら、試合続行不可能と判断できるのはエリアス陛下のみとして頂きたいのです」


「ふむ。それぐらいなら構わんが、私が情け深いと思っているのかね?」


「いえ、せっかくの試合です。エリアス陛下とレイシス王子以外には邪魔をされたくありませんので……」


僕はそう言ってから、チラッとノリスを見た。


ノリスは僕の視線に気づいたようで「忌々しいガキが‼」と言わんばかりの表情を僕に向けていた。


エリアスはその意図に気付いたようで、笑みを浮かべて答えた。


「よかろう。どちらかが敗北を認めるか。私が判断するまで試合は止めん。それでよいな?」


「はい。ありがとうございます」


僕とエリアスのやりとりを見ていたレイシスは相変わらず嫌悪感に満ちた表情で僕に言った。


「ふん。父上は貴族の息子だろうが情けをかける人ではない。この場に立った時点でお前の負けは決まっているのだ。せいぜい、尻尾を巻いてマグノリアの田舎に帰るのだな」


「……」


「それに、お前の母親は長い期間、病に伏せっているそうではないか? そもそも、病気の一つも治せない病弱な母親を持つお前に剣など握れるのか? 剣を持つより、母親のおっぱいでもしゃぶっているのがお前にはお似合いだぞ?」


レイシスの言葉を聞いて僕の中で何かが切れ始めているのを感じる。


恐らくはノリスの差し金だろう。


挑発して失態を引き出せとでも言われたか。


僕の事は良い。


だけど、いまも必死に戦っている母上を侮辱したことは絶対に許すわけにはいかない。


僕はレイシスを無視してエリアスに向かって声を発した。


「エリアス陛下、開始の合図をお願い致します」


「よかろう。では、御前試合始め‼」





ノリスは試合開始の合図を聞いてほくそ笑んだ。


当初の顔合わせでリッドが存在感を出したのは誤算だった。


だが、御前試合を行いレイシスとリッドを戦わせることには成功した。


レイシスは同年代において、レナルーテに敵はいない。


それどころか、すでに大人顔負けの剣術の使い手だ。


レイシスにリッドを憎ませるように刷り込んだ。


きっと、リッドが二度とレナルーテと関りを持ちたくないと思うほどのトラウマを与えてくれるだろう。


そうすれば、リッドはファラ王女に相応しくないと国内外に吹聴できる。


属国とはいえレナルーテから上がってくる意見を完全無視はできないはずだ。


そうなれば、王女と皇族の婚姻が少しだけでも見えてくる。


0を1にすることがまず重要だ。


ノリスは自分の考えが順調に進んでいると思い、笑みを浮かべてレイシスを見て呟いた。


「うまくやってくれよ? 愚かな王子よ」

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