第51話 ファラとアスナ
「ファラ様、バルディア家の皆様が城内の迎賓館に到着したようです」
「……そう」
「ファラ様」と声をかけた彼女はファラより年齢が上と思われるダークエルフの少女だ。
彼女はレナルーテの黒を基調とした軍服を身にまとっている。
その軍服と彼女の緑色の鋭い目が相まって、意気地のない者は睨まれただけで退散しそうな雰囲気を纏っている。
髪は赤みの混ざったピンク色をしており、後ろで三つ編みにしている。
ただ、髪が長く多いと思われ、腰下まで三つ編みが届いているのが印象的だ。
ファラは彼女の言葉に、あまり興味のないように静かに答えた。
「……もしよければ、今から会いにかれますか?」
「ありがとう、アスナ。でも余計なことをしてしまうと母上に叱られてしまうわ。それに、城の皆も良く思わないと思うの……」
「……承知致しました」
アスナはファラの言葉に寂しそうに頷いた。
彼女達は、王女ファラの部屋に二人きりでいる。
アスナはファラの専属護衛であり、城内を移動する時を含めいつも一緒だ。
最初は専属護衛になったことに色々と思うこともあったがファラに比べればアスナは自分が恵まれていたと思うようになった。
アスナはレナルーテでも有数の武勇が轟く伯爵家の出身だった。
彼女の剣術は天才と言われるほどであり、同年代では敵う相手はいない。
大人でも一部の者しか相手にならないほどの実力を持っていた。
だが、彼女の才能は兄からは嫌われてしまった。
彼女の兄は、妹の存在を自分の立場を脅かすものだと考えたのだ。
アスナ自身にそんな気は当然ない。
彼女は剣術さえ磨くことが出来れば良かったのだから。
そんな時、父親から大事な話があると言われ、聞かされたのが王女の専属護衛だった。
アスナもファラのことは知っていた。
「いずれマグノリアに嫁ぐ姫」と一時期、噂でよく聞いたことがある。
その噂が事実かどうかは不明だが、もしそれが本当なら恐らく厄介払いをされたのだろうとアスナは思った。
王女がもしマグノリアに行くことになれば専属護衛のアスナも行くことになる。
つまり、兄の言葉に父上が折れたのだろう。
何故、何もしていないのに兄の妬みとやっかみで王女の専属護衛。
しかも最悪、国外に行かないといけないのか?
とアスナは最初、憤りを感じていた。
だが、姫の専属護衛になったほうが何も考えずに剣だけ握れるかも知れない。
そう思い、何も言わずに専属護衛を引き受けた。
その後、王女に会うまでに今までおざなりにしていた侍女教育のツケが回ってきて大変だった。
だが、それはまた別の話。
アスナがファラに初めて会った時には、その年齢にそぐわない大人びた様子に驚いた。
何故、自分よりも幼い少女がこれほど大人びているのか?
その疑問はすぐにわかることになった。
専属護衛として、初めてファラの様々な授業に立ち会った時だ。
それは、とても王女にする教育とは思えないほど厳しいものだった。
少しでも間違えば、ファラに厳しい物言いで指摘が入る。
アスナがそれを制止すると「陛下とエルティア様の指示です」と逆に諫められてしまった。
ファラからも「大丈夫。いつものことだから」と笑顔で言われて、何も言えなくなった。
アスナは自身の侍女教育を思い出しても、これほど厳しくされたことがない。
と驚きが隠せなかった。
さらにアスナを驚愕させたのは、マグノリアの文化を徹底的に学ばされていることだった。
これは、レナルーテにおいてかなり特殊なことだ。
確かに過去の出来事からレナルーテの文化に対して友好的なところはあった。
だが、ファラが学んでいたのは文化だけではない。
マグノリアの国の成り立ち、貴族、領地など、とても幼い少女にすることではない。
丸一日、遅くまで授業は行われた。
そして、ファラは自室で必ず当日の復習と翌日の予習までさせられていた。
その為、ファラの就寝する時間はいつも遅かった。
ファラの一日の動きには一切隙間がない。
それは、まるで時間がないとでも言わんばかりだった。
その時、アスナは真意が不明だがファラがマグノリアに嫁ぐことは噂通り事実なのだろうと思った。
そうでなければ、ここまでする理由がわからなかった。
ファラは、この過酷な一日を毎日続けていた。
アスナが専属護衛になる前からである。
そしてある時から、アスナはファラを支えて上げられる存在になりたいと思うようになった。
最初はぎこちなかったが、最近だとファラはアスナだけには本音を少し話してくれるようになった。
ある時、ファラがアスナに本音を言ってくれたことがある。
「毎日、辛いことや厳しいことはいいの。私が我慢して、頑張ればいいだけだから。でも、どれだけ頑張っても母上や父上が私を見てくれないのはちょっと悲しいの……」
自分より幼い少女が言う言葉に胸が締め付けられる思いがした。
だが、アスナもそれは疑問だった。
ファラが何をしても、陛下もエルティアも彼女のことを褒めることをしなかった。
むしろ、会うのを避けている、そんな様子もあった。
結局、理由はいまだにわからない。
そして最近で唯一、進展というべき変化があったとすれば、ファラがマグノリアの皇族もしくは準ずる貴族と婚姻するということが決まったことだった。
ファラの年齢で婚姻までするとなれば、国同士の動きが何かあるのだろう。
アスナはそれでも、彼女さえ幸せになってくれればと思っていた。
だが、皇族との婚姻となると思いきや、候補者として訪問に来るのはマグノリア辺境伯の息子だという。
アスナは憤りを感じた。
レナルーテの王女との婚姻に何故、皇族ではなく辺境伯の息子なのか。
準ずるとあったとしても皇族との話があってからではないのか?
これではファラが今まで、頑張った日々が報われない。
そう強く思った。
でも、ファラは「誰と婚姻しても私は大丈夫だから、心配しないで。ね?」と笑顔で話すだけだった。
アスナは何もできない自分がとても悔しい。
せめて、ファラの為に辺境伯の息子を見定めることが出来ないか。
そんなことばかり考えていた。
「アスナ? アスナ聞いているの?」
「え? あ、申し訳ありません。考えに耽っておりました」
「もう……」
アスナの慌てた顔にファラは少し呆れた顔をしていた。
「それよりも、ふと思い立ったのだけど、明日着る服を決めておきましょう、ね?」
「え? は、はい。承知致しました」
アスナは突拍子のない発言に少し驚きながら一緒にドレスを選ぶことになった。
一応、アスナは侍女も兼ねている。
「これなんか、驚いてくれるかしら?」
「……ファラ様、いくらなんでも王女がメイド服を着るのはどうかと思います」
「そう? マグノリアが流行りということで、侍女が用意してくれたのだけど」
アスナは少し呆れた顔をして、マグノリアのメイド服を着ようとしているファラを制止した。
「いくら、マグノリアのデザインと言っても、王女となる方がメイド服で謁見はできませんよ。普通のドレスにしましょう」
「えー…ちょっとつまんない」
ファラは指摘されたことに対して少し不満顔をしていた。
アスナはその様子を見て小さく「はぁ」とため息をついた。
ファラは年齢のわりに聡明だが時折、突拍子のないことを言い出したりする。
その為、意外と目が離せないところがあったりするのだ。
「そうだわ‼ 私もアスナと同じ軍服で行ったらどうかしら? ね?」
「絶対にやめてください……」
その後、しばらく二人でドレス選びをした。
翌日、ファラの母親であるエルティアからドレスが届いた。
残念ながら前日に選んだドレスが謁見の日に使われることはなかった。
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