第52話 ノリスとエリアス王
レナルーテ王城内にある本丸御殿。その執務室のドアがノックされる。
中にいたレナルーテの王、エリアスが返事をした。
すると、兵士が入ってきて一礼してから言葉を発した。
「ノリス様が陛下にお会いしたいとのことです。よろしいでしょうか?」
兵士の一言で執務室の机で事務作業をしていたエリアスの手が止まり、表情が険しくなった。
ノリスはレナルーテの中でも影響力の高い華族で、マグノリアとレナルーテの密約も知っている。
そして、属国となったことを屈辱に思っているため、何とかマグノリアと対等な立場になろうと画策している人物だ。
残念ながらレナルーテも決して一枚岩の国ではない。
様々な派閥というものがどうしても出てくる。
ノリスがまとめている派閥はレナルーテにおいて一番厄介な派閥であるが、ノリスがいるからこそ安定している。
なので、エリアスも多少の毒であれば止むを得ないとしてきたところもある。
だが、最近のノリスは少し調子に乗っている感じがあった。
恐らくエリアスの息子であるレイシスの存在が大きいのだろう。
レイシスの母親はノリスと血の繋がりがある、リーゼル王妃だ。
ちなみに、ファラ王女とレイシス王子は異母兄弟である。
ダークエルフはその出生率の低さから王族に関しては一夫多妻制になっている。
そして王妃となるのは最初に子供を宿した女性と定められている。
というのは、出生率の低さから王妃を先に決めても側室が子を宿してしまうケースがどうしても出てくる。
かといって、王族の血を絶やさない為に一夫多妻をやめるわけにはいかない。
結果、王妃は子を最初に宿した女性がなることになった。
エリアスもそれまでの流れに沿って、一夫多妻制によりレイシスとファラという子宝に恵まれた。
だが、バルスト事変の密約によりファラはマグノリアに嫁ぐことが生まれてすぐに決まってしまった。
結果として、ノリスと血の繋がりがあるレイシスしか王族の子が国に残らないのである。
密約の内容は当然、一部の者達しか知りえない情報だ。
その為、ノリスはファラが多少大きくなったある時期から派閥に所属する者を使い、噂を流し始めた。
「王女はマグノリアに嫁ぐのではないか? その為の教育では?」
実際、ファラの母親であるエルティアは我が子がマグノリアに嫁ぐことを知っていたこともあり、早い段階から教育を始めていた。
それが、密約を知らぬ者達からすれば噂の信憑性を高める要因となったのは想像に難くない。
国に残るレイシスがいずれ王になる。
その構図が見えた者達はノリスの派閥に入るようになったのである。
そして、今回のファラの婚姻問題だ。
マグノリアとしては属国の王女を皇子の正室にするメリットはない。
ファラは、かの国からすれば関係強化の為の人質なのだから。
だからこそ、今回の婚姻候補者として辺境伯とその息子が来た。
候補者と言っているが実際は決まっているようなものだ。
マグノリアから候補者が訪問すると手紙が来た時、その内容にノリス達はすぐに噛みついた。
「皇族もしくは準ずる貴族とあるが、筋としては皇族と縁談をして問題があれば準ずる貴族とするのが正しい。マグノリアはわが国と王女を軽んじているのではないか?」
これに呼応するノリスの派閥。
エリアスは頭を抱えた。
そもそも、レナルーテはマグノリアの属国になったのである。
その時点でレナルーテは軽んじられたからといって、何も言えないのである。
確かにエリアス自身、王女をマグノリアに好き好んで渡したいわけではない。
だが、エリアスは王である。
自国の民を守るために、人ではなく王として決断をしなければならない。
その為の苦渋の決断だった。
それを知っているはずの、ノリス達は国の為と言いながら自分達の誇りのために、王子と王女。
そしてマグノリアの辺境伯の息子も巻き込もうとしている。
「やはり、潮時かもしれないな」エリアスは一人静かに呟いた。
すると先程、入室してきた兵士がエリアスに再度、視線を送り確認するように言葉を発した。
「……陛下、ノリス様はいかが致しましょう?」
「はぁ……通せ。ノリスだけだ。他は誰も入れるなよ」
「承知致しました」
エリアスはため息を吐いて、兵士にノリスを執務室に入室させるように指示をした。
兵士は返事をすると一礼してすぐに執務室を出た。
そして、ゆっくりとノリスが執務室に入ってきた。
ノリスは少し待たされたのが不満だったのか、少し機嫌が悪そうだ。
「陛下。本日、バルディア家の者達が迎賓館に入ったようですが、先方から挨拶はすでにありましたかな?」
「はぁ……先方は馬車による長旅をしているのだぞ? それに私自身忙しい。挨拶程度、何も当日でなくても良い。こちらの準備もあるのでな、その点は予め先方に伝えているぞ?」
エリアスの言葉に「ふむ」と頷くと、ノリスは不満そうな声で言った。
「確かに、陛下の言うこともわかります。ですが、それでも挨拶に来るのが礼儀というものでしょう。やはり、辺境伯の息子は王女の相手に相応しくないと言わねばなりませんな」
エリアスは気が長いと自分で思っている。
だが、ノリスにはいい加減に切れても良いのかもしれない。
そんな思いが腹から湧き出てくるが、抑え込む。
エリアスは「冷静に、冷静に」と心の中で呟いていた。
そして、ノリスの顔を見ると言った。
「ノリス、お前の主張は会議でよく聞いている。本当にそんなことを言う為にここに来たのか? 王の事務処理を止めるために?」
エリアスは冷静に怒りが漏れ出ていた。
ノリスもさすがにこれ以上怒らせてはまずいと、慌てたように本題を話始めた。
「も、申し訳ありません。先日、会議で話をしていた件ですが私主体で進めてよろしいですね?」
「……そのことか。ノリス、お前に任せると言ったはずだ」
先日の会議でエリアスはある失言をしてしまった。
ノリスは一貫して王女とマグノリアの皇族との縁談を望んだ。
エリアスは属国となった以上、そんなことはとても言えない。
出来るわけがないと言い続けていたなかで「辺境伯の息子に問題でもあれば別だが」と言ってしまった。
この言葉を聞き洩らさなかったノリスは、辺境伯の息子を遠回しに王女の伴侶として問題ないか、確認をすると言い始めた。
ノリスの派閥の属する者達もそれに同調してきた。
止む無く、辺境伯の息子に失礼がないようにと念押しをして最終的に許可を出した。
ノリスはエリアスの言葉を聞いて満足気な顔をして言った。
「ありがとうございます。必ずや陛下のご期待に応えて見せます。では、失礼いたします」
確認したいこと、言いたいことが終わると彼は執務室を出て行った。
「誰もお前に期待などしておらん。たわけが……」
ノリスが部屋から出た後、彼が出て行ったドアを見ながらエリアスは吐き捨てるように言った。
そして大きなため息を吐いてから、また事務処理に戻るのであった。
◇
エリアスとの話が終わり、ノリスは執務室から満足気な顔で出てきた。
これで、憎きマグノリアに一泡吹かせてやれる。
必ずや王女を皇族の妻にしてみせる。
それにより、レナルーテは確実に国として飛躍できるはずだ。
ノリスはそれを信じて疑わなかった。
王であるエリアスは辺境伯の息子でも良いという考えを持っている。
だが、属国となったレナルーテが唯一、マグノリアと対等な立場になれる長期的な方法。
王女と皇子の婚姻。
辺境伯と皇族ではまさしく格が違う。
国同士としても繋がりが強くなるうえ王女が皇族の血を引く子供産めば、レナルーテの血族がマグノリアの皇帝となる可能性だってある。
属国となった国の下剋上が直接の争いもなく可能となる。
こんな素晴らしい機会を逃してはならない。
絶対に。
ノリスは自分が行っていることが国の為であると信じて疑わなかった。
その時あることをふと思い出した。
「そうだった。レイシス王子にも念を押しておかねば……」
そう呟くとノリスはレイシス王子を探してその場を去っていった。
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