第29話 姫君を迎えるにあたって

 執務室で聞いた父上の話は驚きの連続だった。


 クリスが帝都で色んな意味で爪痕を残したとか。


 自分がこんなにも早く、結婚することになるなんて夢にも思わなかった。


というか、前世の僕は結婚を一度もしていない。


彼女ぐらいはいたことあったはずだけど、いたよね? 


僕は深く思い出そうとするのをやめた。


なんだか傷つきそうだったから。


 僕と父上はまだ執務室で二人きりだ。


と言っても重要なことはほぼ話したので、軽く雑談をしている程度だけど。


その中で父上は僕の前世の知識について聞いてきた。


「リンスやアロエ化粧水」といったこの世界にはまだ常識となっていない品物。


有用性がまだ認められていないものはまだ数多くあるのか、と。


僕はどうしたものか、と思ったが素直に「沢山、山のようにあります」と伝えた。


すると、父上は眉間に皺をよせながら「これが一番の問題だな」と苦々し気に呟いた。


「リッド、お前の知識は非常に危険だ。この世界の在り方を変えてしまうものもあるだろう。もし、前世の知識とやらを使う時は必ず私に声をかけろ。お前の常識が世間一般の常識と思わないように注意しろ」


「承知致しました」


 僕は父上の言葉に頷いた。リンスと化粧水だけで帝都ではあれだけの騒ぎになったのだ。


心から気を付けようと思う。


 そういえばと、僕はガルンと父上が話していた「別館」について気になったことがあった。


「父上、別館を建てるとさっき仰いましたが、私とファラ様だけでそちらに移り住むのですか?」


「うむ。さすがに我が領地に来て頂くにしても王族で隣国の人質でもある。そして、可能性は低いが間者の可能性も0ではない。すべてを総合的に考えると、別館を建てるのが一番だろう」


 間者か、確かに隣国から来る以上は可能性がある。


それに、姫自身は6歳でも従者は違うだろうから、警戒しないといけないな。


僕はそう思いつつも、意識は別のことにいっていた。


「父上、それでしたら私も設計に加えて頂けないでしょうか?」


「なに?」


「妻と住む、別館の設計には胸が躍ります。それに、今後のことを考えてサンドラの研究施設やクリスティ商会の事務所なども置きたいです。あと、屋内の魔法、武術訓練場も欲しいです」


 僕の話を聞いていた父上の顔が険しくなっていく。


「はぁ。馬鹿者…… 別館を建てるにも予算がいるのだぞ?あまり、大掛かり過ぎるものは作れん」


「でも、先程は帝都に請求すると仰っていたではないですか」


「帝都から捻出される予算の元は税金だ。あまり派手に請求すると、中央の貴族達がここぞとばかり攻めて来る。無理はできん」


 うーん。


帝都から予算を引き出そうと思ったけど駄目らしい。


ここはとりあえず、予算については引いたほうがいいかな。


「わかりました。ですが、父上、妻と住むことになる別館の設計には参加させてくださいね」


「ふう。わかった。そのように手配しよう。では、今日はこの辺で終わるとするか」


 話し合いについては終わったという感じの父上に僕はあと一点だけお願いしたいことがあった。


いや、いまさっき出来た。


「父上、最後にお願いがあります」


「まだ、なにかあるというのか?」


 父上は帝都から帰ってきて、すぐにこの長丁場の話し合になったので、さすがに少し疲れが見え始めていた。


「レナルーテ王国に短期間で構いません。行かせてください」


「……なんだと?」


疲れが見えてきた父上の顔が険しくなり、眉間にグッと皺がよった。


「先ほど、別館の設計に参加してよいと伺いました。その為、レナルーテの文化を確認してきたく存じます」


「その、必要はない。レナルーテの文化に詳しい者を呼べばいいだけだ。お前がわざわざ行く必要はない」


「……あともう一つ、父上にしか話せない理由があります。詳しくは言えませんが、前世の記憶、疑似体験に関係しております。恐らく母上の病気にも」


 「ピクッ」と父上の眉間に動きがあった。


険しい顔のまま、すごい目力で僕を目線で射抜いてくる。


でも僕も譲れない。


その目線にニコニコ顔で真っ向から立ち向かった。


父上と僕のにらめっこは他人が見たら面白かったかもしれない。


騎士も逃げ出しそうな険しい顔と目力の父上。


対する僕はニコニコ笑顔を崩さず父上と対峙した。


 しばらくすると「はぁ~……」と大きなため息が執務室に響いた。


「……良かろう。だが護衛をつけるのはもちろん、レナルーテの滞在期間は数日のみだ。お前と姫君の婚姻が発表されるのはまだ先だが、今回は非公式ながらも婚姻の候補としてお前を送るとレナルーテ側に連絡しよう」


 なんだか、軽く行って来るだけなのに、やたら仰々しいと感じてしまう。


「それでしたら、私と数人だけのお忍びで行ってくるのはどうでしょうか?」


「馬鹿者‼ そんなことをして問題が起きればお前個人、ひいてはバルディア領だけでは済まん。問題は国家間まで大きくなるのだぞ⁉ 軽率なことはするな‼」


 僕の発言に今まで一番、険しい顔になった父上の怒号が執務室に轟いた。


父上が出す初めての怒号に僕は怯んでしまった。


「も、申し訳ありません……」


「お前はバルディア領の後継者であり、姫君の婿となるのだ。場合によっては暗殺もされかねん立場だ。それにレナルーテも同盟国として友好的だが一枚岩の国などありはしない。必ず、マグノリアに対して思う者がいるはずだ。先ほどの軽率な発言は二度とするな? よいな?」


 「暗殺」か、そんなことまで意識はいかなかった。


確かに今回の婚姻はレナルーテがマグノリアの属国になったことを再認識させるようなものだ。


皇族ではなく、準ずる辺境伯の息子が非公式とはいえ候補として行くのだから、レナルーテ側では面白くないと思う輩もいるだろう。


「承知致しました。軽率な発言、申し訳ありませんでした」


「わかればよい。正確な日程はまた決まり次第教えよう。まだ、何かあるか?」


「いえ、ありません。ありがとうございます」


「うむ、では下がってよい。私も少し休む」


「はい。では失礼致します」


父上に一礼してから、執務室を出る。


そこから少し歩いていくと「リッド様」と声をかけられ、声のしたほうに振り返るとガルンが微笑んでいた。


「ライナー様と深いお話が出来たようで何よりでございました」


「う、うん。今日は話すことが多かったからね。それより、どうしたの?」


どうしたのだろう? ガルンは僕の顔みると一息おいてから話始めた。


「ナナリー様が病に倒れられてから、皆様が少しずつ離れ離れになり、暗くなっていく様子を皆、案じておりました。ですが、リッド様があるときよりお変わりになられて、皆様がまた明るくなっていき家臣一同、心より喜んでおります」


 ガルンは微笑んでいた。


執務室の時に見せてくれた顔だ。


あれは僕と父上が仲良く話していたから、ガルンも喜んでくれたのか。


それに、バルディア家の家臣の皆も気付いて心配してくれていたんだ。


僕は自然とガルンの言葉に笑顔になり「心配してくれて、ありがとう」と返事をした。


すると、ガルンは咳払いをして、僕の耳元で囁いた。


「リッド様なら大丈夫です。レナルーテの姫君を必ずお幸せにできます。私たちもご協力致します。リッド様の若奥様になるのですから」


 これを僕に伝えたくて、待っていたのだろう。


僕に囁いたあと、気恥ずかしかったようで、赤くなりながら指で頬をかいていた。


ぼくはとびっきりの笑顔になる。


「ガルン、ありがとう‼ 僕、頑張るね‼」


「お力になれれば何よりです」


ただ、僕はガルンの言葉にあった一言だけが気になったのでそれだけ指摘しようと思う。


「でも。ガルン……」


「はい、なんでしょう?」


「僕も6歳なのに、妻になる人を若奥様はないでしょ?」


「ブッ‼」


僕の予想外の言葉が壺だったようで、ガルンが珍しく笑いに耐えていた。

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