第28話 貴族の義務と為政者の覚悟

父上はクリスが帝都の貴族を手玉に取ったことをそれは楽しそうに話していた。


さらに、ローラン伯爵が貴族全体から睨まれたので当分は沈静化するはず。


帝都の悩みが一つ減ったと喜んでいた。


皇帝陛下含め、謁見の間で堂々立ち振る舞う姿は見る者を魅了したそうで、父上は「縁談の窓口になってほしい」と何人か相談を受けたらしい。


「自分たちでしてくれ」と言ってすべてスルーしてきたらしい。


父上らしい。


「ゴホン、ライナー様、本題はまだでしょうか?」


熱が入り込み、父上が熱弁的になっていたので、ガルンが咳払いをして本題を促す。


「そうだな。帝都の話に力が入り過ぎたな。では本題に移ろう」


本題に移ると聞いてガルンは少しほっとしたようだ。


確かに、話が脱線しすぎていた。


父上は一旦、息をのみ僕の顔を見つめると重い声でしっかりと言葉に出した。


「リッド、お前の婚姻が決まった」


「へ?」


予想もしていない父上の言葉に間の抜けた声を出してしまった。


だが、すぐに「婚姻」の意味を理解して疑問を投げつけた。


「縁談やお見合いなどではないのですか?」


「違う、婚姻だ」


「婚約や許嫁では?」


「違う、婚姻だ」


「……いつですか?」


「早ければ数か月後だな」


父上は僕の質問の返事を終えると、おもむろに紅茶に手を伸ばした。


そして、紅茶を口に含み喉を潤している。


「……カタ」と父上が飲み終えたティーカップを置いた音がシーンとした執務室に響いた。


「……父上、そのようなお話は一度も伺ったことがないのですが?」


僕は子供ながらに眉間に皺をよせて、怪訝な顔で父上に問いかけた。


婚姻とはつまり結婚ということだ。


いくら貴族の子供とはいえ縁談、婚約、婚姻の手続きを踏む。


そして、婚姻の手続きが終わったら結婚式を行うのが普通だ。


それに、僕はまだ6歳。


帝国の法律上は特例がない限りは婚姻出来ないはず。


それなのに、数か月後に婚姻なんてどういうことだろうか?リッドの記憶を遡っても、この話は聞いたことがない。


「そうだな。私も今回、帝都に行って初めて皇帝陛下から聞かされたのだから、お前も知る由もないだろう」


「へ?」


思いがけない言葉にまた間の抜けた声が出てしまった。


父上も今回、帝都で聞かれたとはどういうことだろうか?


「相手は同盟国レナルーテ王国の姫君だ。つまり、国家間の関係を強化するための政略結婚となるために「特例」が用いられる。そして、婚姻後、姫君はこのバルディア領に移り住むことになる」


他国の姫君が王同士で繋がらずに何故、辺境伯に下賜されて嫁いでくるのか疑問がいくらでも湧いてくる。


「ガルン、お前にはレナルーテの姫君を屋敷に迎える準備を急ぎしてくれ。場合によっては別館も準備せねばならん」


父の言葉を聞いてガルンは少し思案すると「一つ、よろしいでしょうか?」と父に質問を投げかけた。


「まず、他国の姫君をお迎えするには残念ながら、こちらのお屋敷では少し手狭になるかと。それに、レナルーテとマグノリアでは文化が違いますゆえ、屋敷の作りも大分異なります。差し出がましいようですが、マグノリア帝国の辺境伯として、他国の姫君を妻にお迎えになるのであれば、別館をご用意したほうがよろしいと存じます」


父上は「ふむ」と口元に手を置き、ガルンの言葉に思案するとすぐに答えを出した。


「わかった。それであれば、別館を用意しよう。建築費用は国にも出させる。すまんが必要な情報を数日中に集めてくれ。それから、帝都に姫君を迎えるために別邸を建築すること、それから建築費用についても試算が出来次第請求すると、手紙と使者を送ってくれ」


「承知致しました。すぐ、準備に取り掛かります」


「うむ。頼む。リッドとはまだ話すことがある。ガルンは先に席を外してくれ。私が呼ぶまで、誰も執務室には入れないように」


「畏まりました。それでは私は失礼いたします」ガルンは一礼すると、執務室から退室した。


執務室には僕と父上だけが残り、少しだけ静寂の時間が訪れる。


僕はぬるくなった紅茶を飲み、緊張で乾いた口内と喉を潤すと、おもむろに父上に質問を投げかけた。


「……先ほどのお話は、レナルーテの姫君が私の妻となり、国同士の関係強化を図る。そして、同時に合法的に姫をマグノリアの人質にするということでしょうか?」


「そうだ。理解が早くて助かるな。ちなみに相手はお前と同じ6歳になるそうだ」


(僕と同じ6歳だって‼) 内心かなり動揺した。


6歳同士で婚姻なんて前世の記憶の「戦国時代」と言われる時代であったような話だ。


そうなると、人質や政略結婚以外でも裏があるということだろうか?


「……何故、他国の姫君が隣国であるマグノリアの辺境伯家に下賜されるのですか?さすがに位が合わないのではないでしょうか?」


「……ふぅ。今から伝える事は他言無用だ。もし、情報漏洩となれば死罪となる。心せよ。」


(え? まさか、そんな秘匿情報なの? き、聞きたくない‼ 素直に首を縦に振っておけば良かった……)と思ったが、父上が話を始めてしまった。


後悔先に立たずである。


父上はレナルーテ、マグノリア、バルストが関わった「バルスト事変」についての表裏について話してくれた。


そして、密約についても。


つまり、マグノリアの属国となったレナルーテの姫君を正妃に迎えても、マグノリアとしてはメリットが少ない。


だが、中央政権に近い立場の者に、隣国の姫を下賜してしまうと余計な派閥争いなどによる混乱の恐れもある。


その為、中央政権から少しでも離れている辺境伯家。


そして、姫君と年齢の近い僕が最適任だったということらしい。


「さすがに、これだけの案件をこちらに相談もせず決めていた皇帝には苦言をだした。だが、国に仕える帝国貴族の息子である以上、婚姻はお前も避けては通れん道だ。それが、早まっただけと割り切るのだな」


父上は、そう言いながらも、少し寂しそうな遠い目をしていた。


国同士の密約により、生まれた瞬間から他国の王族もしくは、それに準ずる貴族に嫁ぐことが決まってしまったまだ見ぬ他国の姫君。


だが、レナルーテが属国と言う立場であったため、結局はマグノリアで皇族の妻ともなれず、辺境伯家に下賜される。


彼女は運命に翻弄されたとしか言いようがない。


「しかし、それでは姫君があまりにも不憫ではありませんか?生まれた瞬間に、他国の皇族に嫁ぐことが決まっていたのに、辺境伯家とはいえ下賜されての婚姻とは……」


僕の言葉に、父上は険しい顔をすると厳しい言葉で認識の甘さを指摘した。


「国同士のやりとりに、個人の感情を持ち込んではならん。それは、争いの火種となる。それに、密約では「皇族もしくはそれに準ずる貴族」だ。決して密約を破っているわけでない。準ずる貴族というのはマグノリアでは大公、辺境伯、公爵の三家が該当する。わが国では大公はいない。」


父上は険しい顔で僕の目をじっと見ながら言葉を続ける。


「さらに、位において許された権利を突き詰めるとマグノリアでは公爵より辺境伯が高い位だ。王族、貴族である以上、国を守る、導く立場として責任を果たすことは義務だ」


父の為政者としての厳しい指摘の言葉に、僕は政治に携わって行く貴族として、認識の甘さを痛感した。


この世界は前世のように平和が当たり前ではない。


いや、前世の国だって平和の裏には常に国同士の繋がりがある。


バランスが少し崩れれば戦争だって起きるのだ。


この世界ではなおさらである。


僕は父上の言葉に俯き、膝に置いていた拳に自然とぎゅっと力が入った。


ライナーはリッドの俯いた様子と険しい顔をみて、言葉の真意がリッドに伝わったのだと判断すると、険しかった表情を崩して優しい顔を見せる。


「……だが、レナルーテの姫君が運命に翻弄されたというのは事実だろう。お前が彼女を不憫と思うでのあれば、姫をお前の妻として誰よりも大切に愛してやればよい」


僕はハッとして俯いていた顔をあげて父上の目を見た。


その目は貴族としてではなく、子供の親として、子の幸せを願っている。


そんな優しい目をしていた。


「貴族として国の為に尽くすことは義務であり責任だ。だが、妻となった姫を大切にして、愛することが出来るのはお前だけだ。運命に翻弄された彼女を幸せに出来る命運は、お前の手にかかっている。そのことを忘れるな。姫はお前が守るのだ。よいな?」


父上の表情と雰囲気には、僕の甘さを指摘した時の険しさはなく、父として子を導こうとしている。


そんな、厳しくも優しい言葉を紡いでくれた。


それに父上の言う通りである。


姫のことを運命に翻弄され不憫と同情しても何も解決出来ない。


それより、僕は姫を守り、愛することを考えるべきだ。


「……わかりました。父上、私の不甲斐ない部分をご指摘頂きありがとうございます。姫を幸せに出来るように精一杯出来ることをしてみようと思います」


僕の言葉に父は、「それで、よい」と静かにうなずくだけだった。


その時、そういえば父上に姫君のことで大事なことを聞いていないことに気付いた。


「父上、私の妻となる姫君の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「む。すまん、伝えていなかったな。レナルーテ第一王女、ファラ・レナルーテ様だ」


(ファラ・レナルーテ)


彼女の名前を心に刻むために、僕は姫の名前を頭の中で繰り返し復唱した。

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