乙女の旅

１０

　でも、次の瞬間、なぜか乙女の目からは、一粒の涙がこぼれ落ちた。

　どうしてだろう？

　と自分でも不思議に思った。

　でも、それからすぐに、乙女は、ああ、そうか。わかった。私の目から勝手に私の涙が溢れたのは、……今、私が、失恋したからなのだ、と思った。

　古風先生はじっと、真っ直ぐな目をして乙女を見ていた。

　それは間違っても、僕も君のことが好きです。と言ってくれるような顔ではなかった。　

　それは父親のようであり、また、自分を可愛いと言ってくれる、母親のようでもあり、つまり、私のことを大人ではない、子供だと思っている、人たちがする、顔だった。

　優しい、本当に優しい顔だった。

「春山先生には恋人はいますか？」

　泣きながら乙女は言った。

「いません。今は仕事が恋人です」と古風先生は言った。

「誰かと近いうちに結婚をする予定はありますか？」

　下を向いて、乙女は言う。

「もし、『いい出会いがあれば』、結婚はしたいと思っています。でも、残念ながら、今のところ、結婚をする予定はありません」古風先生は言う。

「春山先生。先生が私の告白を受け入れてくれないのは、私が子供だからですか？　それとも私が先生から見て、まだまだ子供、だからですか？」

　乙女は言う。

「違います。僕が美山さんとお付き合いをしないのは、美山さんが僕の生徒だからではなく、また美山さんが子供だからでもありません」古風先生は言う。

　教室の窓の外は、しんしんと雪が降っていて、世界は、もう（いつの間にか）真っ暗になっている。