第9話

頭が真っ白になるとは、正にこの事を言うのだろう・・・


まさか、求婚されるとは思っていなかった。してくれたらいいな・・・位には思ってはいたけれど。

だって、一度は背を向けてしまったのよ、家族に、レン兄様に。

あの時は『杉田有栖』としての生活があったのだから仕方がないと言ってくれるけれど、私自身が納得できないところがある。

今の私に対する優しさは、家族としての、次期侯爵としての義務の様なものだとどこかで思っていた。

だから本当は別邸の事だって、レン兄様が妻を迎える為の準備なのだと、頭では分かっていたのだ。


固まったままで動かない私に、レン兄様は不安そうに瞳を揺らす。

「やはり、僕では駄目か?」

「ち、違うの!とても嬉しい、嬉しい・・・の。だけど・・・」

いいのだろうか・・・私で、いいのだろうか・・・・そんな言葉がグルグル回る。

「ねぇ、アリス・・・いや、アリスティア。『スギタ アリス』と出会ってから、僕はね、ずっとずっと君が好きだった」

アリスティアとアリスが一つになれればといつも願っていた事。

例え一つになれなくても、アリスティアを、アリスを愛していた事。

会えなくなって寂しくて、この気持ちが負担になったとしても告白していればよかったと、ずっと後悔していた事。

アリスティアが殺されそうになったのに、アリスが戻ってきた事が嬉しいと思ってしまった事。

まるで懺悔するかの様に、淡々と語るレン兄様。


「綺麗な想いばかりじゃないこんな僕は、アリスに求婚する資格はないのかもしれない。でも、もう後悔はしたくないんだ」

「そんなの!私の方が綺麗じゃない!一度はこの世界に背を向けたのに・・・こんな都合が良い事に、嬉しくて、嬉しくて・・・・」

そう、こんな自分に都合がいい事が起きて、嬉しくて幸せで仕方がないんだ・・・・


ポロポロと涙が零れ「ごめんなさい」を連呼する私にレン兄様はそっと抱きしめてくれた。

「ねぇ、アリス。僕はもう二度と後悔はしたくない。次に会った時はどんな手を使ってでも、アリスを手に入れるつもりでいたんだ。物わかりの良いふりをして、大事なものを二度と失いたくないから。だからね、アリスが嫌だと言っても僕の奥さんになる事は、決定事項なんだよ」

温和を絵に描いた様なレン兄様からは想像もつかない言葉に、涙が止まるほど驚き彼を凝視した。

「幻滅したかい?」

何処か吹っ切れたように笑うレン兄様は、今まで以上にかっこよく見えて言葉が出なくなる。

きっと今の私は、恥ずかしい位に顔が真っ赤に違いない。

「決定事項だけど、一応返事を聞いておこうかな?」

私に罪悪感を持たせないよう、ちょっとだけ悪ぶった聞き方をするけれど、その眼差しは何処までも優しい。


あぁ・・・やっぱり好きだわ。大好き・・・・


「ふふふ・・・レン兄様、私を奥さんにしてください。兄様は私の初恋なの。大好きよ」

まるで秘密を打ち明けるかのように、ひっそりと返事を返せば、何故か驚いた様な顔をして今度は彼が固まってしまった。

「レン兄様?」

顔を覗き込めば、私に負けず劣らず真っ赤になっている。

そんな彼が可愛くて愛しくてしょうがない。


人を愛するって、こう言う事なのかもしれない。

どんな表情も、愛しくて想いが溢れ出るのを止める事が出来ないから。


「レン兄様、ありがとう。私を好きでいてくれて・・・ありがとう」

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