第8話

私の体調もどんどん良くなりはじめ、義兄であるレンフォードは時間が空くたび顔を出してくれる。

それは両親もそうで、『パパ、ママ』から『お父様、お母様』と呼び方を変えさせてもらった。

いや、日本にいる時ですら『お父さん、お母さん』だったんだもの。『パパ、ママ』呼びは幼い頃のアニメに憧れてだったのよ。

この年で恥ずかしいし、この世界ではそんな呼び方はないから、改めるにはちょうど良かったのかも。

レンフォードの事も、『レン兄様』に落ち着いた。

彼はただ『レン』と呼んでほしかったみたいだけど、今の私にはハードルが高かったわ。

忘れていたけど、離婚が成立するまでは人妻なのよね、私。


目覚めてから、二十日も経てば流石に寝たきりは辛くなってくる。

ベッドから出て、まだ部屋から出しては貰えないけどソファーで寛ぐことが出来るようになった。

一月ひとつき過ぎてからは、ようやく庭位であれば散歩も許可された。


私が目覚めてから色々進展はあった。

マデリーンだが、部屋から毒薬が見つかったのだ。私が指摘した屋根裏から。まだ処分されていなくて良かったわ。

当然の事だけど彼女は捕まり、極刑が決まっている。

他の愛人達も厳しい取り調べと念入りな家宅捜索が入り、無関係と判断された人間から開放されていった。

愛人業からも解任されてね。

エミリアは無事釈放され、今はこの侯爵家にいる。クズ野郎アーサーに仕えていた使用人のほとんどは、侯爵家の別邸で働いてもらっているの。

当然、希望した人達だけどね。それでも、私のお世話してくれてた優しい人達はまるっと来てくれたわ。

と言うのも、クズ馬鹿アーサーが廃嫡されることになったらしいのよ。

当然よね。愛人が勝手にやった事でも契約者はアーサーなんだもの。だらしなさと監督不行き届きが世間に露呈。

だから、彼等が住んでいた物件は全て手放す事に決めたそうよ。

元々、彼が住んでいたお屋敷は王都にあるセカンドハウス。領地にはちゃんと立派なお屋敷があるのにわずらわしさから逃げる様にそこに住んでたみたい。

跡継ぎにも関わらず、領地から離れて住んでいた彼。その屋敷を閉める事にしたから、使用人も領地に戻るか新たな勤め先に移るか選択を迫られたわけ。

あの屋敷ではいい思い出は無かったけど、使用人達は皆良い人ばかりだったから、お父様に声を掛けてみるようお願いしたの。

幸いな事に、皆喜んで来てくれたわ。そして私の変わりように(主に喜怒哀楽にね)驚きつつも喜んでくれたわ。

そして、皆が働いてくれている別邸は、レン兄様が住む予定の屋敷で、只今改装中。本邸から徒歩五分位の所にあるのよ。

なんでも、近々そちらに引っ越すらしいわ。私も付いて行きたい!!

詳しくは教えてくれなかったけれど、近いうちにわかると言われたわ。

兄様、まさか誰かと結婚!?と思ったけれど、否定してくれたから一安心。

だって、毎日会うたび好きになっていく人が誰か他の人と結婚なんて・・・耐えられないもの。

最悪我侭を言って・・・そうね、権力を振りかざしてレン兄様に結婚を迫る?そこまで考えてしまうくらい、大好き。


―――でも、そんな事したら

・・・・確実に嫌われるわね・・・・


まだこの身体に仮住まいしていた頃は、お互いに好意があったと思う。

でも、それを私が振り払ったも同然で、離れたんだもの。

もう彼に、誰か想う人がいても仕方がないわよね・・・・

そこまで考えて、ずんっと暗くなる。

いずれ私も誰かと結婚しないといけないんだろうな・・・とは思うけど、夫の愛人に毒殺未遂された女に碌な縁談はこないだろうと、容易に想像できる。

それは、『人形姫』だった頃のアリスティアと同じだ。


「はぁ・・・」


と、これから先の事を考えて、暗く重い溜息を吐いた瞬間、勢いよく部屋のドアが開きレン兄様が入って来た。

そして、びっくりして固まっている私の前に跪き、手を握った。

「具合が悪そうだと聞いた。大丈夫かい?」

そう言いながら、おでこや頬に手を当て熱があるか確認している。

「へっ?」と思い周りを見れば、使用人達がニコニコしながら頷いて静かに退出していった。

そしてドアが閉められる間際、目でもって合図してくる。『頑張れ!』と。


ひやぁぁぁ!嘘でしょ!何を考えていたかバレバレ!?


恥ずかしさと居たたまれなさで顔が熱くなる。

それを熱が上がったのかと大騒ぎの兄様・・・・半端なく過保護です・・・嬉しいけどね。

「レン兄様、私は大丈夫です。これからの事を考えて、少し心配になっただけで、体調は良好です」

「本当に?無理してない?」

「はい。それよりもお仕事は大丈夫ですか?心配かけてごめんなさい」

「あぁ、仕事は大丈夫。今日はアリスに話があってね・・・早く終わらせたんだ」

「話?ですか・・・」

そう言えば、目覚めたあの日に時間が欲しいと言われてたわね。

なかなか熱が引かなくてすぐには無理だったけれど、今なら私の体調も心配ないわ。

「―――アリス、今・・・いいだろうか?」

何かを決心したかのように、改めて私の前に跪くと懐から小さな箱を取り出した。

それは綺麗な青のケースで、蓋を開ければレン兄様の瞳と同じ色の美しい宝石が付いた指輪が納まっていた。




「アリスティア、僕と結婚してください」

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