第7話 R side
多分、この結婚生活は長くは続かないだろうと侯爵家では確信していた。と言うのも、結婚に近づくにつれアーサーの表情にどこか陰りが見えだしたからだ。
それは多分、普通の人にはわからないくらいの変化。だが、無表情のアリスティアの感情を読み取る彼等には、どんな些細な変化も読み取れてしまう。
もし彼女が傷つき帰ってきたのなら、温かく迎えようということまで話していたというのに、たった三か月で彼等の結婚生活は終わってしまった。
最悪の形で・・・・
毒殺未遂という最悪な形ではあったが、誰よりも愛する『スギタ アリス』が戻ってきた事に、レンフォードは喜びを隠し切れないでいた。
もしアーサーとの婚姻中にアリスが戻ってきたらどうしようかと言う恐怖は、常にあったから。
あの笑顔をアーサーが見たならば、きっとアリスを手放す事はなかっただろう。
レンフォードはアリスの手を取り、そっと口付けた。
「僕の事を思いだしてくれて、嬉しいよ。ずっと、会いたかった」
「あの・・・私も嬉しい。それと、ずっとこちらに来なくて・・・ごめんなさい」
「アリスに会えなくなったのは、とても悲しかった。でも、アリスの世界を選んだ事にはどこかで納得はしていたんだ。此処よりも素晴らしい世界だから」
悲し気に目を伏せるレンフォードは、アリスの手を己の頬に当てその上から自分の手で包み込む。
「でも、これからはここでずっと一緒に暮らせるのかと思うと、嬉しいと思うと共に申し訳なく感じている」
「申し訳ない?何故?」
「だって、本来君が望む世界は・・・・」
「レンお兄ちゃん」
言葉を遮る様に呼ばれ、レンフォードは、はっとした様に顔を上げた。
「懐かしい、呼び方だね・・・」
その呼び名に幸せだった記憶が甦り、思わず目を細める。
「私は・・・もうどこにもいかない。私ね、杉田有栖の人生を終えているの。今の人生はアリスティアなのよ。だから、気に病むことはないの」
目の前のアリスは、何処か悟った様な表情をしている。
「アリス・・・ありがとう。本当は、君に会えてとても嬉しくて・・・・嬉しくて、堪らないんだ」
レンフォードは、愛しさが溢れて止まらない気持ちを抑えることが出来ず、アリスをギュッと抱きしめた。
「アリス、本当は全て解決してから言わなければならないのは分かってる。分かっているけれど・・・」
そこで言葉を飲み込み、続くはずの言葉の代わりに大きく息を吐いた。
もう、後悔はしたくない。
だからといって、この想いを弱っているアリスにぶつけてしまうのも、違う気がする。
それでも、目の前に恋い焦がれる大切な人が戻ってきた。抑える必要がどこにあるのだろうか?
気持ちを押し殺した結果、又逃してしまったら・・・そう考えただけで死んでしまいそうだった。
今はまだ彼女は憎きアーサーの妻。だが、離婚は既に秒読みだ。
フェンツ公爵家から早々に謝罪もあったが、当事者が目覚めてから話を進める事にしていた。
実は、離縁の手続きは彼女が倒れた翌日から進められており、当然の事ながら侯爵家に有利な条件で話は進んでいる。
そしてアリスがようやく目覚め、明日からは本格的に話が進むはずだ。
離縁に関しては、双方反対することなく了承を得ている。
後は神殿にて署名するだけだ。
この国では、婚姻も離縁も神殿で司祭などの立ち合いの元、死別や行方不明でない限りは双方が揃って手続きをしなくてはならない。
アリスの世界でいうなれば『役所』という機関にあたるらしい。
今回の様に毒殺未遂と言う事件性のある場合や、病気や怪我で動けない場合は特例として代理人を立てる事も出来るのだが、ルーベン侯爵家ではアリスティアを立ち合わせる事にしていた。
なので、彼女の体調が戻ってから正式な手続きをおこなうのだが、事件の顛末を知る人達の中では、彼等は既に離縁したものとみなされていた。
元凶であるアーサーは、廃嫡される事となっているが離縁届が正式に受理されるまでは、公爵邸で監禁状態になっているらしい。
公爵家の跡取も、現公爵の弟の二番目の息子を養子として迎え入れる事で解決した。
アーサーにとっては従弟に当たるが、既に公爵家に入り教育を受けているのだと言う。
アリスはもう、公爵家に戻る事はない。
そう考えると、先ほどまで心を占めていた
それと同時に、歓喜と愛しさが身体中を巡り心地よい苦しさに、熱を吐き出す様にもう一度大きく息を吐いた。
「ねぇ、アリス。明日でもいい、明後日でもいい・・・僕に時間をくれないか?」
体調が良くなったら・・・何て言わない。言えない。早く、早く掴まえたいから。
「うん、いいよ」
熱の所為か頬がほんのり赤く染まり、潤んだ目で見上げてくるアリスは贔屓目がなくても婀娜で、遠慮なく理性を揺さぶってくる。
だが、少し苦しそうに呼吸するアリスにハッとした様に我に返り、抱きしめる腕から開放した。
「目覚めたばかりで辛いのに、ごめんね。ゆっくり休むといい」
布団を掛け直しベットの横に置いている椅子に座り直そうとしたが、握っている手をグイッと引っ張られアリスの上に倒れそうになった。
驚いて彼女の顔を見れば、何処か恥ずかしそうに抱き着いてきた。
「・・・・抱っこして、くれる?」
幼い頃、アリスを抱きしめて昼寝をしていた事はあった。
まるであの時の様に甘えてくるアリスに、問答無用でレンフォードの心臓は打ち抜かれる。
理性を試すかのようにギュッと抱き着き離れないアリスが可愛くて、二人は抱き合ったまま眠りについた。
レンフォードも宝物を抱きしめながら、数日ぶりに心穏やかな眠りにつく。
翌日、二人が抱きしめ合いながら眠っているのを、両親はもとより使用人達にも目撃される事となるのだが・・・
誰も何も言わない。言わないが、なんとも言えない生暖かい眼差しで見てくる。
でも、それが気恥ずかしくも嬉しいレンフォードなのだった。
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