第6話 R side

レンフォード・ルーベンはルーベン侯爵を継ぐために養子として侯爵家に迎えられた、侯爵家とは血縁関係など全くない赤の他人だ。

侯爵家にはアリスティアという娘が一人だけで、将来的には彼女と結婚しこの家を継ぐことになっていた。

養子に出される前は王都から少し離れた伯爵家の次男だった。正直な所、この話が来た時はレンフォードに拒否権などなかった。いや、拒否するつもりもなかった。

競争率が激しかったであろう中で選ばれたのだ。自信すら覚える。

それに自分は次男。長兄が家を継ぐためレンフォードはいずれは家を出て、身一つで生きていかねばならなかったからだ。

だから養子の話はかなり幸運な話だった。

ただ、侯爵家の一人娘と結婚しなくてはいけないというのは、どうかとも思ったが・・・。

しかも六才も年下。

噂では美しい容姿をしているが、表情の乏しい令嬢だという。

上手くやっていけるのだろうか・・・仲良くできるだろうか・・・・と不安しかない。

実際、彼女に会ってみると確かに無表情ではあるが、とても美しい子供だった。

だが、なかなか感情を読み取る事が出来ず戸惑っていたある日、アリスに会ったのだ。


アリスティアは、天気の良い日の午後には庭にある木に寄りかかり、本を読むのがお気に入りだった。

両親が皆でお茶にしようとアリスティアを連れてくるように言われ、何時も彼女がいる場所に行けば、珍しい事にうたた寝をしている。

確かに昼寝をするには今日は陽気が良い。でも風邪を引いてしまうのではと起こした。

すると彼女は『アリスティア』ではない。『スギタ アリス』だと名乗った。

しかも、今まで見たことのない花が咲き綻ぶ様な笑顔を見せて。

この家に来てまだ一年と少し。彼女の表情を読み取る事ができないレンフォードは、今だ戸惑う事が多い。

だけど、にこりともしない表情の中に何かを読み取ろうと努力はしている。

両親でさえ彼女のわずかな表情を読み取ることは出来るが、笑った顔は見たことが無いのだと言っていた。


一体何が起きているのか、わからなかった。

それと共に、その綺麗な笑顔に一瞬で心を打ちぬかれた事に、動揺するしかなかった。


彼はすぐさま両親に、『スギタ アリス』として彼女を紹介した。

初めは怪訝な顔をしていたが、普段ではあり得ないニコニコとお菓子を食べる娘に涙を流す勢いで喜んだのだ。

先ほどの庭での事情を説明すれば、驚く両親を尻目にアリスの正体を探ろうとし色々質問してみる。

そしてその結論は、『スギタ アリス』もアリスティアの一部なのでは・・・という事だった。

全くの別人格のアリスとアリスティアだが、どこかにアリスティアの記憶があるようで、無意識にそれを披露していた。

例えば、無意識に使用人の名前を呼ぶ事。

例えば、礼儀作法や仕草。それはアリスティアが習得していた事。

例えば、この侯爵邸内。教えてもいないのにアリスティアの部屋や、何処に何があるのかも分かっている事。

まるで昔から住んでいるかのように、全てを把握していた。

だが『何故知っているの?』と質問してしまえば、分かっていた事が分からなくなるのだ。

つまりは、意識さえさせなければアリスティアと同じ知識を持っているという事になる。


そして驚愕する、『スギタ アリス』として生きている世界の知識、常識に。

彼女は本来であれば、この世界には無い『小学校』に六年間通い、卒業すれば又別の学校に通うのだという。

病気の所為で学校には通えないが、読み書き、算術などを親や先生から習っているのだと言った。

そして、『この家にはテレビはないの?』と言う質問から、アリスの日常を知る事となる。

今だ蝋燭で灯りをとっている事に、『電気ないの?』と不思議そうに聞いてくるから、デンキとは何なのかを聞いた。

その時は答えられなかったアリスだったが、次に会う時にはその答えをちゃんと勉強し持ってきてくれた。

空を飛ぶ乗り物や、馬車ではない燃料を入れ動く箱型の乗り物。一気に沢山の人を運ぶ乗り物など。絵に描いて教えてくれる。

そしてその仕組みや動力を聞けば、次に会う時までに拙いながらも調べてきてくれるのだ。

その知識は恐らくこの国をもの凄い勢いで発展させるモノではあるが、今の技術力や知識では到底実現できない過ぎた代物だった。

そして年齢を重ねるごとに彼女の知識も豊富になり、また、アリスの世界とこちらの世界との違いを明確に話してくれるようになった。


何時も笑顔を絶やさない楽しそうなアリスに、レンフォードが恋するのは必然であり、ルーベン侯爵家では何時か彼女達の人格が融合し、一緒に住めるという願いを胸に抱え幸せを願っていた・・・のだが、それは叶わない願いとなった。


アリスティアが十三、四才位になると、アリスが極端に現れなくなったのだ。

侯爵夫妻は、アリスティアとアリスが上手い具合に混じり合う事を願っていたのにと落胆し、レンフォードはいつかこうなるのではと危惧していた事が現実となり、悲し気に肩を落とす。

アリスとの話のなかで、どう考えてもこちらの世界よりも清潔で安全で便利な世界に彼女は住んでいる。

何時、背を向けられてもおかしくはなかったのだ。

だけど、アリスはレンフォードに想いを寄せていたはず。家族の贔屓目ではなくても分かっていた。

だが、彼女はあちらの世界を選んだのだろう。

そして彼女が現れなくなって二年ほど経ったある日、小公爵との縁談が持ち上がったのだ。

愛人が何人もいるという、アーサー・フェンツ二十七才と。

容姿が麗しいだけではなく、女性であれば誰に対してもお姫様の様に扱ってくれる。

優しくて紳士的で美しい。

だが、レンフォード達から見れば、単に節操がないだけのクズ男。

愛人を何人も囲う人間にアリスティアを幸せにできるわけがないと、猛反対をしていたのだが、男性に免疫がないアリスティア本人がアーサーに傾倒してしまったのだ。

不幸が見えているというのに、それを望むアリスティアを、家族の誰もが止める事が出来なかった。

―――アリスティアの初めての我侭だったから。

そしてレンフォードもまた、止めるすべがなかった。

既にレンフォードの中ではアリスティアもアリスも愛する大切な人。

身を切る様な悲しみの中、アリスティアを嫁がせたのだった。


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