第5話

何だか大事になってしまったと、溜息を吐けば両親にかわり右手を握ってじっと私を見つめる義兄のレンフォードと目が合ってしまった。

私の「死んだ」発言に家族は驚きつつも、マデリーンの自室の再捜索を直ぐにおこなう為の手続きでアリスティアの両親は部屋を後にした。

よって室内には私と義兄の二人きり。

アリスティアと有栖の記憶が混じりあったとはいえ、微妙に日本人の考えに引っ張られているところがある。

「お兄様?」

安心させるように笑みを浮かべながら遠慮がちに呼べば、彼は驚いたように目を見開き、何処か躊躇う様に口を開いた。

「ねぇ、君の名前を聞いてもいいかな?」

私の名前・・・・彼は知っているの?私がアリスティアであってアリスティアじゃないって・・・

「私の、なまえ・・・・」

そう、この意識は「アリスティア」じゃない・・・アリスティアだけれど、違う・・・

思考がはっきりしていれば色々考えて答えていいのかどうなのか決めるんだろうけど、上手く頭が回らない。

だけど、レンフォードの次の言葉で、目が覚めるほどに驚き飛び起きそうになった。


「君の名前はアリスだろ?スギタ アリス」


―――スギタ アリス・・・・

そう、私の名前は杉田有栖。


何故彼が知っているのかという驚きに、目を瞬かせた。

「何故知っているのかという顔をしているね」

「はい・・・」

「僕はね、小さい頃から君と会っているんだよ」

「え?小さい頃から?」

何処で会った?ここは日本じゃない。いつ会ったの?

「思い出せない?」

じっと見つめてくるペリドットの美しい色合いの瞳に、囚われたかのようにじっと見つめ返した。


彼を見た時から感じていた。見た事がある、会った事がある・・・とても懐かしいような・・・


よく思い出せなくて、彼の顔をまじまじと見つめた。

アリスティアの記憶は上手い具合に融合され、幼い頃の記憶も戻ったはずだ。

でも、彼が言う『会った事がある』というのは、杉田有栖である私となのだろう。

レンフォードの容姿は、クズアーサーに比べればとても平凡だ。

だが、アリスティアではなく有栖にとっては、とても好みの容姿をしていた。

茶色い髪は何処か懐かしく、ペリドットの透明な瞳は慈愛に満ちている。

包み込む様な温かな微笑み。柔らかな物腰。優しい言葉遣い。


―――知ってるわ・・・・私、この人と会った事が、ある・・・・だから、私が彼を呼んだんだ・・・


「あっ・・・夢。夢の中の王子様・・・」

―――ずっと夢だと思っていた。

「アリスは僕の事を『王子様』と言ってきかなかったんだ。大してかっこいい訳ではないのにね」

そう言いながらレンフォードは、嬉しそうに微笑んだ。


私は今度こそ本当にを思い出した。

彼等と初めて会ったのは、私が小学校に上がるような年の頃だった。

子供ながらに夢だと分かっていたけど、外を出歩く事が出来ない私にとっては、とても楽しい夢で彼等に会う事が楽しみで仕方がなかったのだ。

だって、夢の中の私は健康体だったんだもの。


初めて見る大きなお屋敷。小さな私にとっては、テレビで見たどこぞのテーマパークにあるお城に見えていた。

実際周りにいる人達はドレスを着ていたから、子供ながらにお姫様気分を味わう事に夢中だった。

そして、一番初めに会ったのがレンフォード。

気付けば屋敷内の木に寄りかかり眠っていたようで、彼が起こしてくれたのだ。

寝起きの所為もあったのか、ぼぉっとしていると中学生くらいの見知らぬ男の子が目の前にいて、とても驚いた事を覚えている。

でも彼を見た瞬間、私は子供ながらに一瞬で彼が大好きになっていた。所謂一目惚れってやつだ。

柔らかそうな茶色い髪は後ろで結ばれ、透き通る宝石の様な緑色の瞳は優しく、まるで王子様の様に私に手を差し伸べてくれたのだから。

「アリスティア、こんな所で眠っていたら風邪をひいてしまうよ」

アリスティア?だれ?それ・・・

「私は有栖よ?アリスティアじゃないわ」

そう言いながら拗ねたように唇を尖らせれば、彼は驚いたように目を見開いた。

「えっと・・・名前を聞いてもいいかな?小さなレディ」

「私の名前は、杉田有栖よ」

ちょっと自慢気に胸を反らして言えば、益々彼は困惑した様な表情になっていく。

今だからわかる。無表情だった義妹が表情豊かに、名前が違うと言うのだから困惑して当然だ。

「お兄さんは、何ていう名前なの?」

その時の私は彼の名前を知りたくて、グイグイその距離を詰めていった。正に、自分の欲望に忠実に。

「僕の名前はレンフォードだよ。よろしくね、アリス」

そう言ってもう一度手を伸ばしてくれた。

幼い私は、こんな風にエスコートされる事が初めてで、しかも一目惚れの男の子と手を繋げるなんてと、かなり舞い上がり相当だらしない顔をしていたんだと思う。

でもそれは普段無表情なアリスティアしか知らないレンフォードにとっては、正に信じられない光景だったでしょうね。

直ぐにお茶に誘ってくれて、アリスティアの両親に紹介されたんだったわ。


そうよ。そこで私はアリスティアの両親を『パパ、ママ』と呼んだんだわ。

この世界にはそんな呼び方はなかったから、説明したんだった。そして「特別な呼び方ね」って喜んでくれたんだ。

レンフォードの事は『レンお兄ちゃん』と呼んでたのよ。


そこからは、不定期ではあるけれどレンフォード達の夢を見る事が多くなっていた。

あまりに楽しく幸せな夢で、夢専用の日記まで付けていた位だ。

年を取るにつれ、私は本当にレンフォードが大好きになり、このまま一緒に暮らせたら何て幸せなのだろうと思ったくらい。

それはレンフォードや両親も同じく思ってくれていたみたいだったけど、やはり目覚めればそこはレンフォード達のいない世界が私の現実だった。

そして、病気が治り中学校に通いだすと、余り彼等の夢も見なくなってきていた。

実生活での忙しさや、友達との遊びに夢中になってしまっていたから。

そして次第に彼等の事は忘れ、目の前の青春を謳歌していたのよ。


でも、心の奥底では無意識にレンフォードを求めていたんだと思う。

誰かに恋しても、何時も誰かと比べていた自分に気付いていた。だけれどそれが誰なのか、忘れていた事が悔しい。

今、全てを思い出し、大人になったレンフォードを見て胸が高鳴るのを止める事が出来ない。

だって、一目惚れどころか二目惚れしてしまうくらい、好みのタイプど真ん中だったから。


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