立ち上がれヒーロー! 梵書マン登場

 強面の警官が構える拳銃から煙が上がる。

「先輩その弾高いんですから、そんなにバカすか使っちゃダメですって」

 拳銃が吐き出した弾丸は、警察の管理下置かれていない実包である。その弾は裏ルートで取引され、弾頭は銀で仕上げられた怪物用の特注品であった。

 したがって強面の警官が発砲した事実は、目撃者が居ない、もしくは目撃者が口裏を合わせることで、隠ぺいが可能であり幽霊弾丸と裏ルートでは呼ばれていた。

「良いんだよこの野郎にならいくら使ってもな」

 強面の警官、金錠きんじょうとアビリティーシーフには因縁があった。

「この野郎は元上司だ。俺が丸暴にいた時のな」

「どおりで先輩の顔厳ついんすね」

「毎日ヤクザ相手に神経張ってるんだ。ここの皺も深くなるさ」

 金錠は指で眉間をとんとん叩く。

 アビリティシーフの身柄を確保するため、鍵埼は手錠を横たわった怪人の手首にはめた。


「おら起きろ桑名くわな!」

 金錠は発砲で熱くなった銃口をアビリティシーフの銃創に押し当てる。

 じゅうと肉が焦げる音がする。

「――うぐ」

 アビリティシーフこと桑名が目を醒ます。

「誰かと思ったら金坊じゃねえか」

「そうだよクソ野郎」

 金城は蹴りを桑名の腹に叩き込む。

 桑名は咽せ、芋虫のように背中を丸める。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 金錠と桑名の因縁。

 それは五年前に遡る。

 南雲市警察署の暴対課に所属された新人警官の金錠は桑名の元、南雲市で勢力を伸ばす暴力団六条会の動向を捜査していた。

 そして検挙に至る確証を得た南雲市警による六条会事務所へのガサ入れが実施されたが、証拠は一つとして上がらず一斉摘発作戦は失敗に終わった。

 六条会は桑名に賄賂を掴ませ、警察の捜査内容を密告していたのだ。

 桑名には難病を抱える娘が居た。

 公務員の所得では、満足な治療を受けることが困難な病を抱える娘が。

「娘さんのご病気大変ですよね。私は子供が好きですから桑名さんの助けになりたい」

 六条会の若頭、井伊いいは凌ぎを稼ぐため経営する有限会社小角こすみ建設が談合によって得た金を賄賂として、桑名に握らせていた。


 六条会は桑名が流していた暴対課の捜査員の個人情報を基に、報復として身内に執拗な嫌がらせを行った。

 金錠の婚約相手もその例に漏れず被害に遭い、勤め先を解雇され精神的なショックにより自殺、帰らぬ人となる。

 そして桑名の娘は南雲市大附属病院の執刀医君川の手術を受けたが、結果は失敗に終わる。

 失意の桑名はその後、善良なる市民の会に拉致され怪人能力怪盗アビリティシーフに改造される。

 南雲市警察は雲隠れした桑名の捜索に全力を注いだが、検挙に至らず今日に至る。

 恋人を失った金錠は六条会の構成員への過剰な暴行行為を伴う捜査を問題視され、地域課へ人事異動の辞令がおりる。

 

 アビリティーシーフの奪った小角建設の重機と金品、六条組若頭の井伊、執刀医の井伊家のペットはそれぞれ繋がっていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「てめえには聞きてえ事が沢山ある。聞いてからぶっ殺してやる」

「良い目をするようになったな金坊よ」

 金錠は桑名を背負うとパトカーの方へ歩き出した。


「おいアビリティーシーフ! 葵を何処にやったんだ!」

 聡は怪人に彼女の所在を尋ねる。

「あのガキならそのうちお前のところに来るよ」

 怪人は意味深な言葉を吐き捨てると、高らかな笑いを上げながらパトカーに押し込まれた。


「いつぞやの強盗テイクダウン少年じゃないっすか、事情は聞いてますよ紙魚川さんに」

「どうもです」

「というわけで補導すね」

「えっ!?」

 聡は鍵埼の思わぬ対応に驚いた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 聡と慧は鍵埼に街頭補導された。

 要するに口頭による注意であった。


「マジで危ないんで、今後はこういった行動は控えてくださいね。まあ紙魚川さんに言ってもあまり意味なさそうっすけど」

「良くわかってるじゃないですか鍵埼さん」

「あはあーですよねー。桑名の取り調べで何かわかったら連絡するんで、自分はこれで」

 慧の態度で説教は都労だと察し、苦笑いを浮かべた鍵埼は敬礼をしてパトカーに乗り込む。

 パトカーを見送る聡が口開いた。


「結局なにも分からず終いかよ」

「そうですね。気になるのは、アビリティーシーフが言っていた葵さんが、連れ戻されたという点ですね」

「そうだな……」

 聡には心当たりがあった。

 葵は三井家の養子であると聡に知り合った頃、教えていたのである。

 しかし極めてプライベートな情報なので葵の出自については、慧に言えずにいた。


「そういえば慧、善良なる市民の会ってなんなんだ?」

「そうですね。平たく言えば、正義の秘密結社でしょうか。旧日本陸軍の秘密兵器を流用して、改造人間を作り治安を維持しているとか。徳川埋蔵金を有する巨大な財閥組織の末裔であるとか。そういった怪しい噂が数々ありまして。南雲市の治安維持をしているんだとか」

「そうか……」

 魔法少女のことについて尋ねるとはぐらかす葵の素性について、聡も薄々気づいていた。

 葵は善良なる市民の会が生み出した冷凍怪人フローズンリリィであることを。


「元気出しましょう聡くん! アビリティーシーフがそのうち会えると言っていたんですから、ああ見えて彼、律儀ですから嘘は吐かない筈です」

「だと良いが」

 聡は不安であった。

 葵との再会が意味するところを。


「とりあえず戻りましょう、作戦会議です。フローズンリリィとの出会いについて詳しく教えてくださいよ」

「ああそうだなあれは――」

 聡と慧は並んで自転車を学校に向けて漕ぎ出した。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――異様な静けさであった。

 二人は学校に到着すると異変に気付いた。

 時間にして十二時半。

 昼休みにも関わらず物音がしない。

 本来であれば生徒の談笑や、放送部が流す音楽など聞こえてきても良い筈なのだが、何も校舎の方から聞こえてこない。


「どこにも人が居ませんね……」

「――そうだな」

 教室も、図書室も、視聴覚室も、音楽室も、美術室も、木工室も、部室も、職員室も。

 何処を探しても人は居なかった。


「アビリティーシーフがやったのか?」

「彼一人で取りこぼしなく学校内の人を攫うのは不可能に思えます。公園で先ほど、一人ずつ袋に入れて攫っていましたよね。あのペースなら、絶対に取りこぼしがある筈です。一か所に人が集まっていても不可能です」

「一か所に人……そうだ!」

 聡は何かに気づき駆けだす。


「今日は避難訓練がある日だ」

「なるほど、体育館ですね」

 職員室から、走る事三十秒で二人は体育館に辿り着く。

「では開けますね」

 慧が体育館の扉を開けると聡が飛び込んだ。


「嘘だろ……」聡は絶句し。

「これはひどい……」慧も絶句した。

 足下を凍らされ避難に失敗した二百四十名の生徒と四十名の教師が床に伏していたからだ。


「二人とも居ないから探してたんだよ」

 黒いゴスロリ服を着た魔法少女フローズンリリィが壇上のヘリに腰掛け、脚を遊ばせていた。

「何してんだよ葵!」

「正義を執行したんだよ」

「こんなのって……ないだろ」

 聡はその場に膝をつきへたり込んだ。


「避難訓練は真面目にしないとダメだよ。押さない、駆けない、話さない、戻らない。基本だよね。みんながうるさい唇を塞ぐまで五分もかかりました」

 フローズンリリィは妖艶な笑みを浮かべると、桜色の唇を指でなぞり、赤い舌で下唇に撫でた。

「よいしょっと」

 フローズンリリィは壇上から飛び降りると、聡と慧の方へ歩いてくる。彼女は倒れた生徒を踏まないように、軽やかな足取りでやってくる。


「ペナルティキッスですねアレ」

「そんなこと今はどうでもいいだろ!」

 聡が叫ぶ。

「聡くんの話を聞く限り、フローズンリリィは雪女がベースの怪人だとボクは思うんですよ。親に黙っていてと懇願したんですよね彼女。聡くんは律儀にその約束を守った。だから関係は続いている。雪女伝承に酷似している。推測ですが、彼女は改造途中に逃げたんじゃないでしょうか。ペットボトルの水を凍らせたり、霧を凍らせたりした点から考えて、触媒が無いと冷凍の力を発揮できなかった。しかし今は違うようで、無から氷を作りだしたように思われます」

「それがどうしたっていうんだよ」

「ここに攻略法があるんですよ。彼女の親に彼女がフローズンリリィであると電話するんです。そうすれば彼女を退けることができる」

「そんなことできるわけないだろ!」


 葵がフローズンリリィの姿を聡に見られた直後に、酷く狼狽え怯えた様を見せた理由それは、雪女の本能に従って「聡に親に言うな」と自滅式の呪詛を掛けてしまったからだ。

『聡が、お父さんとお母さんにフローズンリリィのことを言ったら、一緒に居られなくなる』

 葵は自らの能力が届く限りの悪事が収まるまで、頭の中の雑音が気になり眠れない体質に善良なる市民の会に改造されていた。

 改造手術は段階的に行われるのだが、葵は最終手術を前にして脱走を試み、行倒れていた所を三井夫婦が見つけ、養子として迎え入れたのである。

 名無しの実験体三百五十番が、三井家の養子縁組を受ける際に、戸籍の偽造に慧が協力していたのである。


「そうですよね。それじゃあ美しくない。ではペナルティキッス攻略で手を打ちましょう。アビリティーシーフのことを覚えていますか、怪人は恐らく改造前の自我に行動が引っ張られるんですよ。深く事情は知りませんが、アビリティーシーフと警官は元上司と部下の関係がありました。アビリティーシーフは元警官。つまり正義の味方です。だから正義に執着した。ではペナルティキッスはどうでしょう? キスをして欲しいんじゃないですか聡くんに」

「お前何言ってんだよ!」

「きゃッ」

 フローズンリリィ改めペナルティキッスが足をもつらせ、聡と慧の前に転倒する。


「………………」シリアスな状況と馬鹿馬鹿しい推理が的中し聡が黙り込んでしまう。

「ほら! 絶対にそうですよ!」慧はペナルティキッスと聡を指をさしてはしゃぎ倒している。

「うるさい馬鹿! 黙れ黙れ黙れ黙れ! お前の唇も塞いでやる!」ペナルティキッスは立ち上がり、赤面して肩を震わせながら慧に襲い掛かろうとした。


「漢になれよ!聡!」

 慧は聡を立ち上がらせるとペナルティキッス目掛けて背中を押した。

 衝突、そして転倒。

 聡がペナルティキッスを押し倒す。

 格闘技としてみた剣道の特筆すべき攻撃力は、竹刀による打撃では無くその突進力にある。

 慧に押された聡はとっさに、剣道の踏み込みをしてペナルティキッスにタックルをしたのである。

 有段者のタックルは怪人とは言え、十七歳の少女を押し倒すには過剰すぎる程のエネルギーがあった。

「ごめん葵!」

「ん!?」

 聡は軽く葵の唇に口づけをした。

 すると聡は強い力で跳ね飛ばされる。


「いてえ……」

 背中を床に強か打ち付けた聡は何とか起き上がり、葵の方を見る。

「頭が痛いッ! あ……ぁあ—―――」

「どうしたんだよ葵!」

 聡は床に仰向けになった上半身を抱き起す。

 葵は聡の腕の中で痙攣し、しばらくすると動かなくなる。

「脈はありますが呼吸は浅い、瞳孔の収縮はありますね」

 慧はスマホのライトを葵の目に当て意識レベルを測る。

「葵は助かるのかよ慧!」

「わかりませんがペナルティキッスは倒せたようです」

 体育館を覆っていた冷気は消え去り、生徒と教師を貼り付けにしていた氷は消え去っていた。


「でも葵が!」

「待っていてください聡くん僕にいい考えがあります。彼女を見てあげていてください。ではボクは準備があるので」

「どこ行くんだよ慧!」


 聡は葵をの肩をゆする。

 しかし彼女の瞼は開かない。

 徐々に葵の体温が低くなっている。


「起きろって! 黙って宿題写させてやるから! そうだ遊園地だ! 行きたいって言ってたよな葵! 今日行こう! 水族館も行きたいって言ってたよな、どこでも連れてってやるから起きてくれよ葵……」


 聡が葵を抱きしめると放送チャイムが鳴った。

「テステスー聞こえるかい魔法少女フローズンリリィ? ボクは……そうだね梵書マン! そう梵書マンだ! いまさっきボクは茶道部の部室にある本に火を放ちました。梵書ですよ、歴史が証明する大悪党ですよ! 放火もおまけしてボクは今、悪の大統領ですよ! 早く起きないと部室棟がボクごと燃え落ちますよ! ホントにあっついなこれは」


 葵の指がピクリと動く。

 梵書マンの悪事を感じ取って。


「梵書梵書うるさいなあ……聡……私は……今まで何を」

「葵!良かった」

「えちょッ! 聡!?」

 意識を取り戻したフローズンリリィが目を醒まし、聡は泣きながら彼女を力いっぱい抱きしめた。


「聡くん! 煙が凄いのでヒーローを連れて早く来てください! 聡くん死んでしまいます! 本に燻されて死んでしまいます!」

「やばい慧の奴」

「きゃッ!?」

 フローズンリリィをお姫様抱っこして聡が体育館を飛び出ると、部活棟から黒い煙が上がっていた。

「あのバカマジで火を!?」

「聡なんなのコレ! ねえ!」

「事情は後だ魔法少女フローズンリリィの仕事だろうが!」


 その後フローズンリリィの活躍により、部室棟の火は消し止められ煤だらけになった慧は救出され事なきを得た。

「紙魚川君にまた助けられちゃったね私」

「今回はボクも助けられましたし、友達もできましたからトントンですよね聡くん」

「そういうことにしといてやるよ慧」

 大事を見て慧は救急車で病院に搬送された。

 ペナルティキッスの襲撃により、意識不明者多数のため、火事の真相を知る者は三人しかおらず、消防署は原因不明の出火によるものと判断した。


 アビリティーシーフの強奪品は何処からともなく戻り、南雲市を大きく混乱させた。そして、アビリティーシーフ改め桑名は南雲市警察署で拷問めいた取り調べを金錠から受けることとなる。

「さっさと……俺を殺してくれ……」

「まだ殺してやらねえ」

 一件落着。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 雷鳴轟く深夜の南雲市。

 聡が漕ぐ自転車の後ろにフローズンリリィが跨っている。

 慧は聡に自転車で並走している。

「慧こいつはどうすりゃいいんだ」

「雷ですか、くわばらくわばらと言えば避けれるかと」

「「「くわばらくわばらくわばら」」」

 三人が雷避けの呪文を唱えると、稲妻は自転車を避けるように街路樹や電柱、ビルに落ちる。

「聡!急いで!」

「わかってるよ!」

「くわばらくわばらくわばら」


 今日も今日とて魔法少女と少年とその仲間は戦っている。

 小さな街の平和を守るために。

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風説研究会 鮎河蛍石 @aomisora

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