塞げ、くちびる! 断罪接吻ペナルティキッス登場

 聡と慧は南雲市市民公園でペナルティキッスを待ち構えていた。

「俺たちは何も準備してないが大丈夫なのかよ?」

「大丈夫じゃないでしょうね」

 慧は文庫版のゲゲゲの鬼太郎を読みながら事も無げに言う。

「相手は怪人ですしね。それに引き換えボクらは只の高校生です。武装しても敵いっこないですよ」

「はあ!?」

 聡は大きな声を上げ、驚いた鳩が一気に飛び立ち、驚いたホームレスが将棋の駒を指し違える。

「待った!」

「待ったなし!」

「馬鹿野郎!」

 怒り狂ったホームレスが、ワンカップの空き瓶を聡と慧が座る枯れた噴水の方へ投げた。


「すいませーん!」

 慧が荒くれた青空棋士たちに謝りながら足を浮かせた場所に、空き瓶が命中し粉々に砕けた。

「大丈夫です手は打ってます。時間もまだありますし、雑談でもしましょう」

駄弁だべってる場合かよ」

「リラックスですよリラックス。二日前に風説ポストへこんな投稿があったんです。【怪人ペナルティキッスが出たぞ】と」

「怪人ペナルティキッス?」

「唇を奪い悪を黙らせるらしいです」

「怪人が過ぎるだろ、妖怪かよ」

「風説ポストに投げ込まれるにふさわしい噂だと感動でうち震えましたよボクは。なんせ風説ポストは、ゲゲゲの鬼太郎の妖怪ポストにちなんで作りましたからね」

「妖怪ポストね……」

 聡は茶道部の部室に籠り、昼間から寝そべりながら本を読み漁る慧の姿を思い浮かべて、確かに鬼太郎じみているなと思った。


「ペナルティキッスというのは、インターネットミームでしてね。2013年にとある掲示板に立ったスレッド【煽り抜きで「はい、今の顔反則。ペナルティキス…いくよ」って囁きたいキャラ】が起源とされています」

「気持ち悪すぎんだろ、全然リラックスできる話題じゃねえよ」

「キスと言えばぶしつけなことを聞きますが、彼女さんとはキスをされたんですか聡くん」

「ぶしつけ過ぎんだろお前!」

「うるせえっていってんだらあッ! ボケがッ!」

 聡の怒声に被せてホームレスが怒鳴りながら、宝レモンチューハイの空き缶を投げる。

「すいません!」

 宙で放物線を描くへこんだ銀色のチューハイ缶は、謝る聡の頭上を飛び越え、ゴミ箱にダイブした。


「噂によるとキスはレモンの味らしいですよ」

 慧はゲゲゲの鬼太郎をリュックサックに片すと妙なことを言った。

「そんな訳ないだろ」

「キスしたことが無いのにわかるんですか聡くん」

「なんでそんなことがお前にわかるんだよ」

「何となくそう思うんですよ。勘ですかね。勘と言えばアビリティシーフのことですがアレはブギーマンの一種だと思うんですよボクは」

「ブギーマンて何だよ」

「例えば早く寝ないとお化けが来るぞ、なんて親が子供を躾けるアレです。世界にはその手の躾の過程で生まれたであろうお化けが沢山いるんですよ。黒いサンタもその一種だと思うんですよ。黒いサンタはドイツの伝承でクネヒト・ループレヒトと言います。サンタのモデルになった聖ニコラウスの従者とされるクネヒト・ループレヒトは、祈りを捧げない悪い子供を仕置く、黒ずくめの衣装を着た細身の老人として伝えられています。伝承のバリエーションとして悪い子供を袋に入れて攫うといわれています」

「細身ってところが引っ掛かるがほとんどあの野郎と一緒か。何か撃退法とかないのか?」

「伝承に関しては知りません。まあ何とかなるでしょう」

「何とかって……」

 聡は慧が浮かべる不敵な笑みの意味を測りかねていた。


「なんだてめえ! うわあ――」

「ひいッ!」

 ホームレスたちが騒いでいる。

「ポイ捨てはダメだろうがオッサンよお」

「時間ちょうどですね」

 慧が腕時計と待ち合わせ場所にやってきたアビリティーシーフを交互に見ていう。

「俺は約束を守る律儀な男だからな当然だ。しかし先にコレの掃除をさせてくれや」

「お前何なんだよ!」

 将棋の対戦相手を袋に詰められ奪われたホームレスがアビリティーシーフに食って掛かる。

「俺は正義の味方、腐った街の掃除人だ。てめえさっき将棋でイカサマしやがったな」

「だからなんだてんだらぁッ! はッ放せッこらぁあッ!」

「じたばたすんじゃねえ!」

 アビリティーシーフはホームレスの頭を片手で掴むと袋に押し込んだ。

 公園は静かになった。

 遠くでパトカーのサイレンが鳴っているのが聞こえる。

「また一つ街が平和に近づいたな。ところで俺をこんなところに呼び出して何の用だよ」

「アビリティーシーフさんに苦言を呈したいんですよボクは」

「俺に文句だ? おもしれえ言ってみろよ」

「貴方の正義には情熱も矜持も信念も感じられます。しかし美学が無い。貴方は断罪されるべき悪党だ!」

「わかったような口をききやがる!」

 アビリティーシーフが聡と慧のいる噴水に歩いて近づいてくる。

 そしてパトカーの音も徐々に大きくなっている。


「正義の味方は遅れてやってくるんですよアビリティーシーフさん」

 慧がアビリティーシーフに宣言すると大きなサイレンの音が消え、パトカーのドアが乱暴に閉まる音がした。

「動くんじゃねえバケモノが! ぶっ殺すぞ!」

「殺しちゃ不味いっすよ先輩」

 強面の警官とにやけ面をした警官が公園へ駆けつけた。

「紙魚川さん送れちゃって申し訳ありません。サングラス探すのに手間取っちゃって」

「ナイスタイミングですよ鍵崎かぎさきさん」

 にやけ面の警官鍵埼と慧は知り合いだった。

 慧が事前に打っていた策とは警察に協力を要請する事であった。

 鍵埼は警察官でもあり風説研究会の会員であり、慧に捜査情報等を横流しする悪い警官である。

「手筈通りに行きますね」

「いつでもどうぞ」

「お前らこそこそと!」

 アビリティーシーフが慧たちに駆け寄る。

 慧はポケットからマグネシウムリボンとイムコのオイルライターを取り出す。

 慧はマグネシウムリボンに火を点けると、アビリティーシーフめがけて投げた。

 アビリティーシーフの眼前で、一瞬にして激しく燃焼するマグネシウムリボンが閃光を放つ。

「ぐああッ!」

 サングラスはこのために用意された保護具であった。

 視界を奪われたアビリティーシーフは噴水に突進し転倒をする。

「死に晒せ!」

 強面の警官がアビリティーシーフの右脚にありったけの弾丸を発砲する。

「熱いッ!」

 アビリティーシーフは被弾した脚の激痛に耐えかね絶叫をする。

「聡くんこれで止めを」

 慧が聡にリュックサックを手渡す。

 リュックサックは両手でなければ持ち上がらないほど重い。

 聡は噴水の中で苦悶しのたうち回るアビリティシーフの元へ駆け、リュックサックを横に薙いで頭に叩き込む。

「おが—―――」

 アビリティシーフは動かなくなった。


「スラングで分厚い本を鈍器というそうです」

 慧はリュックサックに大判の百科事典を満載し、即席の鈍器を準備していたのである。

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