漆黒の簒奪者! 能力怪盗アビリティシーフ登場
「ラーメン餃子セットお待ち」
「いただきます。おや聡くん食べないのですか?」
「これはどういう……」
聡と慧は学校を始業チャイムが鳴ると共に抜け出し、ラーメン屋福龍軒のカウンターに並びラーメン餃子セットを供されていた。
「朝食としては重たいかもですが、自転車を漕いだ後ですし、案外入ると思いますよ」
「慧がいう悪事って、朝一からラーメン啜る事なのか?」
「呼び捨てですか、距離の縮まりを感じます。良い傾向ですね聡くん。これは立派な悪事ですよ、学校をサボってラーメンを啜っているのですから。悪徳の味がしますよ」
聡は拍子抜けする。
「確かに悪事かもしれないけどよ、このグラサンは何なんだよ」
聡と慧はサングラスを掛けていた。
サングラスは慧が、本の山から掘り出したものだ。
「見るからに悪党って感じでしょう? 形から入るのは大事なことです。見てくださいよこの黒い学ランとサングラスの統一感を」
間抜けが過ぎる格好に聡は大きなため息が出た。
「眼鏡はしなくても見えるのかよ」
「あれは伊達眼鏡ですよ。ボクの視力は1.2です」
店の引き戸ががららと音を立て開き新しい客がやってきた。
「いらっしゃい」
「大将、いつもの」
「福龍スペシャル一丁」
常連と思しき客は福龍軒のデカ盛りメニュー、福龍スペシャルを注文し、慧の隣に席を一つ空け座った。
「お前は!」
「腰抜けバンビ野郎じゃねえか久しぶりだな」
聡は思わずカウンターから立った。
能力怪盗アビリティシーフが現れたからだ。
「もしかしてアビリティシーフさんですか?」
「なんだお前?」
「風説研究会の
慧はアビリティシーフに名刺を渡す。
「こんな時間にラーメンを喰らいやがる
「何やってんだよ慧!」
「挨拶は基本じゃないですか聡くん」
慧は聡の方に向き直り、顎でテーブルに置かれたスマホを差した。
聡はスマホを開くとショートメールが一通届いているのに気づく。
【アビリティーシーフは正義の狂信者です。噂によるとこちらが礼儀をわきまえていれば、襲ってこないそうです】
「飯の途中にスマホなんか見やがって、親の顔が見てえやな。飯が冷めっちまうぞ」
「——ああ悪かったよ……」
聡の腸は煮えくり返っていたが、グッとこらえ怒りで震える箸でラーメンを啜った。
「それでいいんだよ、それで」
「学校を出る前にメールしておきました。ボクの言うとおりでしょう? それにボクが敬愛する水木しげる先生も言っています。戦争はいかんです、腹がへるからですと」
「こっちは彼女捕まってるんだぞ、こんなことしてる場合かよ」
「ですから食べたほうがいいんですよ。聡くんがボクのところへやって来た時の顔色ったらなかったです。何も葵さんが居なくなってから、何も食べていなかったんでしょう。英気を養ってください」
「クソッ!」
聡と慧はラーメン餃子セットを食べた。
二人が黙々と緬を啜る音だけが店内に響く。
ラーメンや餃子の味なんてわからない、葵はどうなったのか、酷い目に遭っていないだろうか、早く葵に会いたい、声だけでも聞きたい、勇ましく怪人に立ち向かう魔法少女の凛々しい横顔を眺めたい、泣きそうになりながら宿題を書き写す文武両道とはいかない魔法少女の頼りない横顔を覗き見たい、聡の胸に様々な思いが去来する。
「ごちそうさまです」
聡がラーメン餃子定食を半分食べたところで、慧が一足も二足も早く食べ終え、空になった食器に手を合わせている。
慧は極めて健啖家であった。
「聡くんはゆっくり食べてください。ところでアビリティーシーフさん」
「なんだグラサン小僧?」
慧は福龍スペシャルを待つアビリティーシーフに声を掛ける。
「貴方の評判はかねがね聞いておりますが、最近の調子はどうです?」
「そうさな、この街には悪党が多すぎていけねえ。この街は腐ってやがる。住人とくりゃゴミはポイ捨てしやがるし、ペットの躾もなっちゃいねえ。おまけに政治も腐っていやがる。それに警察もいかんな、仕事をさっさとしやがらねえからヤクザがうろついてやがるしな。物騒極まりねえぜ。だから俺の体がいくつあっても足りやしねえ。まったく困ったもんだ」
「いやはや心中お察ししますよ」
「それに魔法少女だあ? ふざけやがって。夜中にガキが男を連れてウロウロし腐りやがる。非行も大概にしろってんだよ。反抗期の跳ねっ返ったガキを家に連れ戻すのにこっちは骨が折れちまった。会長も人使いが荒くていけねえ」
「会長とは?」
「善民会の会長だ」
「ああなるほど! 善良なる市民の会!」
「おめえ知ってんのかよ」
聡は慧とアビリティーシフの会話に、ついていけない。
家に連れ戻した?
善良なる市民の会?
何一つとして理解ができない。
「善良なる市民の会は江戸時代、
「詳しいじゃねえかよ」
「善良なる市民の会は戦前、戦中、戦後と行政に関わりなく南雲市の治安維持を務めた、いわば秘密結社だそうで」
「おめえ何者だよ」
「ただの噂好きですよ」
「気持ちの悪いガキだな」
アビリティーシーフに慧は薄ら笑いを浮かべる。
「福龍スペシャルお待ち」
アビリティーシーフの前に巨大なラーメンが置かれる。
「まあいい、大将いただくぜ」
「まいどあり」
アビリティーシーフは店主に二千円を渡し、ラーメンを食べ始めた。
「聡くんも食べ終わりましたね。こちらもお愛想を」
「まいどあり」
慧も店主に二千円を渡すと釣銭が六百四十円返ってきた。
聡は反射的に財布を出したが「おごりますよ、彼女さんが帰ってきたら一緒に美味しいモノでも食べに行ってください」と金を受け取らなかった。
「アビリティーシーフさん」
慧は去り際に、巨大ラーメンに取り組むアビリティーシーフに声を掛けた。
「なんだ?」
「ニ十分、いえその量だと三十分かな。三十分後に市民公園へ来てもらえますか?」
「十五分で片付くが、まあいい。三十分後だなわかったよ」
「よろしくお願いします。あとそのラーメン、ボクなら十分で食べ切りますよ」
慧が指を差した先に写真が飾らている。
写真には空のラーメン鉢を見せ、早食いの賞金三千円を手にし、満面の笑みを浮かべる慧が映っていた。
写真には【殿堂入り9分30秒】と書かれている。
「本当に気色の悪いガキだなお前は」
アビリティシーフは吐き捨てると巨大ラーメンに向き直った。
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