胡散臭い同級生! 紙魚川慧登場
風説ポストは、南雲高等学校の七不思議とされている。
正門近くの百葉箱の隣にある風説ポストに悩みを書いた手紙を入れると、解決に導いてくれる助っ人が現れるらしいと。
この七不思議の特異な点は、風説ポストが実在する点である。
風説ポストは高さ1.5m、直径2センチの支柱の上に備え付けられた一辺20㎝の直方体の赤いポスト。
ポストにはラミネートされた日に焼けたA4用紙のポスターが貼られており「噂求む。風説研究会に御用の方はこちら、匿名でも投函可、連絡先があれば助かります」とだけ書かれている。
聡と葵は南雲高等学校の生徒であり、二人とも風説ポストの噂を知っていた。
聡は噂を知っていたが興味を持っていなかったので、百葉箱の隣にある謎のポスト程度の認識だった。
藁にもすがる思いで、ポストのポスターに従い聡は手紙に学年、クラス、電話番号、メールアドレス、名前を記載し投函をした。
風説ポストへ手紙を投函した翌日。
葵が失踪して三日目が経ち、不安が漂う南雲高等学校。朝のホームルーム開始10分前に聡のスマホが発信者非通知で鳴った。
「風説研究会の
一方的に用件だけ伝えると電話が切れた。
茶道部は聡が入学した頃から既に廃部になっており、その部室を使用している者がいることに驚いた。
聡はすぐさま部室棟一階にある茶道部の部室へ向かい、障子を開けた。
「いやあ早かったですね石山くん。てっきり休み時間にやってくるとばかり」
聡は絶句した。
畳の上に無数の本が絨毯のように直置きされており、足の踏み場がなく、本の上に胡坐をかいたアンダーリムの眼鏡を掛けた生徒がいたからだ。
「まあ立ち話はなんだから、座ってくださいよ」
「お、おう」
謎の生徒に促され聡はでこぼこした本の絨毯の上に腰を下ろす。
聡は何度座りなおしても、腰がどうにも落ち着かない。
「座りにくいですか? じきに慣れますよ」
「慣れるったってこの部屋じゃ——」
「そうですよね、よしんば腰が落ち着いて、この部屋の雰囲気に慣れても、彼女さんが
聡は手紙に【三井葵が攫われました。助けてください。】と書いていた。
「信じてくれるのか?」
「信じるも信じないも、ありとあらゆる噂を
慧の自己紹介は何処をとっても、胡散臭さが溢れていた。
慧は黙って右手を差し出してきたので聡はとりあえず握手をし返す。
「俺は二年A組の石山聡、紙魚川くんも同じクラスなのか?」
「慧で良いですよ。だから聡くんとボクも呼びますね。保健室登校ですからねボクは、A組に籍を置いていますが、ボクの座る席はないんですよ。A組の皆が一人ずつ頭から出席番号を言っていけば、一つ飛ぶところがある筈。その番号がボクの出席番号です。もっとも、ボクは長らく教室には行っていないので、出席番号なんて忘れてしまいましたがね。ははは」
何がおかしいのか分からないところで慧が笑い出す。
慧は言葉を重ねれば重ねる程、胡散臭さを増す変な奴だと聡は思った。しかし聡は異様な部屋にいる変な奴しか今のところ頼れなかった。
警察にも葵の親が捜索依頼を出したのだが、娘が魔法少女で怪人と夜な夜な戦ているなどと思わない。
葵の親は娘と聡が付き合っていることを知っていた。彼らは怪人の追跡で満身創痍となり、病院に運ばれた聡に娘の行方を尋ねたが、事情が事情だけに聡は本当のことは言えず終いであった。
「葵ちゃんとは昨日会いました。彼女と夕方に別れた後は、ひき逃げに遭って気を失っていまして。病院で起きてから僕がケガをしたって葵ちゃんに連絡しようとしたら繋がらなくって。別れ際に言ったんですよ宿題、また写させてねって」
聡は宿題の件を除いて全て嘘を言った。ささやかながら願いもあった。「宿題、また写させてね」と彼氏に言って家出をする娘に、警察が違和感を感じ誘拐を視野に捜査をしてくれないかと。
しかし葵の親は警察に「娘が急にいなくなったんです」としか説明ができなかった。娘が急にいなくなり動揺した親が、記憶だけを頼りに詳細な証言ができなかったのだ。したがって葵は原因不明の家出をしていると、警察は判断し捜索は大々的に行われず今に至っている。
「——って訳で、紙魚川君に頼れって葵に言われてポストに手紙を」
葵の言った「何かあったら——紙魚川君に相談してみて」を信じて、聡は魔法少女フローズンリリィが能力怪盗アビリティシーフに敗し、拉致をされた一部始終を話した。
「なるほど非常に興味深いですね冷凍を操る魔法少女フローズンリリィ。ここ数年の南雲市警の異常な検挙率の推移、拘置所の凍傷を負った逮捕者の噂に、半年前の化学工場で起きた火災事故の迅速過ぎる消火活動、去年の巨大台風で起きた南雲市大洪水の小さすぎる被害規模、全部つながるか……」
慧は聡の証言を聞きぶつぶつと呟いている。
聡は息を呑んだ。
慧が呟く内容がほとんど、フローズンリリィが解決してきた事件や災害と関連のあるものだったからだ。聡が知らない事件や災害は、葵が魔法少女だと気づく以前に関わったモノであった。
「——神社で見つかった火縄銃とレイピアの盗難事件に、同時多発放火事件と、タピオカミルクティー屋のLSD密売事件もか、それに犬屋敷失踪事件、あとは屋形船連続消失事件——」
「あのー盛り上がってるところいいかな慧くん」
「——おっと失礼。知的好奇心が思わずエキサイトしてしまいました。いやはやボクの悪い癖です。申し訳ない」
慧はバランスの悪い本の絨毯の上で、崩していた脚を正座に組みなおして背筋をピンと伸ばすと、両手の人差し指と親指を合わせ床に手をついて深々と頭を下げた。
聡は慧の所作を見て、武道の経験者なのだろうと踏んだ。
そして不安定な地面で背筋を伸ばし、武道式の座礼を美しくして見せた慧の姿にただならぬものを聡は感じた。
体幹がいくらしっかりしていようと、この部屋で座礼はできても、美しい座礼をしてピクリとも動かないのは聡には不可能に思えた。
聡は剣道の有段者なので自らが鍛えた体幹に自信はあったが、同じように座礼をする自身が無かった。そしてそんなことは、この際どうでもよかった。
「頭上げてよ慧くん」
「では失礼して」
慧が正座を崩すと床でズレた本が連鎖したのか、部屋の隅に積まれた本の山がどどと雪崩を起こす。
「おお壮観壮観」
「………………」
慧の独特過ぎる人となりが聡の調子を狂わせる。
「いやはや剣道をやっている聡くんに合わせて、座礼をしたのですが、慣れないことをするものではないですね」
「なんで俺が剣道をしていたって知ってるんだ?」
聡は高校進学を期に剣道を辞めていた。
そのことを知っているのは慧と同じ中学から進学した一部の者しか知らない。初対面の慧がそれを知っている筈がない。
「それはですね——」
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