治安を守れ! 良い警官と悪い警官登場
「わたしに何かあったらここに行ってみて」
「なんだよこれ」
名刺の表には風説研究会、南雲市代表、
「風説研究会?」
「頼りになるから」
風説研究会の字面から漂う胡散臭さに、聡は眉をしかめる。
「信じてないでしょ聡」
「信じるも何も、風説研究会が何だかわからねえって」
「何だかわからない魔法少女と付き合ってるくせに?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
葵が魔法少女フローズンリリィとして、戦っていたことを聡が知ったのは、三日前のこと。
宿題が終わり一息ついた聡は、気分転換のため夜の散歩をしていた。
それは家から行って帰っての往復で十分程度の軽い散歩だった。
散歩の帰り道、喉が渇いたのでコンビニへ寄り、ソフトドリンクを選んでいると、レジの方から「金を出せ!」と怒声が聞こえた。
聡は自分の耳を疑った。
酒のつまみが並んだ棚に、聡は身を潜めレジを覗き見る。
帽子を目深にかぶった男が、店員へ向けて包丁を突き出している。
「早くしろって! ぶっ殺すぞ!」
聡が目にしたものは疑いようもなく強盗であった。
ニュース番組でしか見たことのない凶行が、目の前で繰り広げられている事実が聡はいまいち飲み込めずにいた。
強盗は幸いにも聡に気づいていない。
聡はトイレに隠れ警察に通報しようと、身を屈めてすり足で商品棚から離れゆっくりと後ずさる。
そして入店チャイムが鳴った。
「なんだ……てめえ」強盗が闖入者に向けて誰かと問う。
「凍てつけ!」聞き覚えのある声がして。
「何しやがるこの野郎! ひゃああああ!」強盗の叫びが店内に響いた。
聡は身を屈めているので声の主が何者かわからないし、強盗が何故叫んだかもわからない。
つまみの棚の隣にあるペット用品が並んだ棚から、レジを覗き見ると、青いゴスロリ服を纏った聡の彼女が500mlのペットボトルを片手に、錯乱する強盗と対峙していた。
「どうなってんだよこれ!」
強盗が刃物を握った手を叫びながら、会計台に叩きつけている。
よく見ると強盗の手は包丁諸共、凍っていた。
「店員さん早く逃げて!」
「はははははい」
店員は葵に促されると脱兎のごとく店から出ていった。
聡は売り物のフライパンを掴むと、アイスが入ったレジ前の冷凍庫から強盗の背後に回り込み頭を殴打する。
「ぬんッ……」
強盗は気絶し膝から崩れ落ちる。
聡は剣道を嗜んでいたので、得物を使った殴打が得意だった。
「何してんの葵?」
「嘘……聡……」
「その恰好何よ?」
「わたしはフローズンリリィ! 君大丈夫だったケガは無い!」
「誤魔化せてねえよ! さっき俺の名前呼んだよな?」
「何でさ! 変身してて髪の色だっていつもと違うし、それに服だって——」
「好きな女の顔と声を間違える訳ねえだろ」
「それは……その、ありがと……」
葵は赤面すると、フリルが付いたスカートをぎゅうと握りうつむいた。
「フローズンリリィ? なんだよそれ?」
「あーえっとそのですね……魔法少女を……やってまして」
「はあ!?」
状況が飲み込めず聡は大きな声を上げる。
「ひいッ! 親にはッ! 親だけには内緒だよッ!」
葵は何を思ったのか、聡の腰に縋りつき親には言うなと懇願した。
親に言うも何もこんなトンチキな状況をどう説明しろと言うのか。
「いや怒ってないから、親にも言わねえって、こっちこそごめん。なんかパニックってデカい声だしちまって」
聡は葵を落ち着かせようと頭を撫でた。
透き通るような青い髪の手触りはベルベットのように柔らかくひんやりと冷えている。
葵の頭を聡が撫でていると入店チャイムが鳴る。
「警察だ! 動いたらぶっ殺す!」
「ちょっと先輩、殺したらヤバいですって」
強盗がやってきた時点で店員が通報ボタン押していたため、二人組の警官がやってきたのだ。
「えッ! もう来たの」
葵は魔法少女の経験上の予想より早く到着した警官に驚いている。
聡が現場に現れるイレギュラーな事態が起きたため、葵の予想が外れたのである。
男女が淡い睦言を交わす時間は、一瞬にして過ぎるため致し方なかった。
「お巡りさんもう終わってます」
物騒なことを言いながらやってきた強面の警官が、聡の後ろに転がった強盗を見る。
「少年……お前がコイツをぶっ殺したのか……」
「先輩ぶっ殺してないっすよ、手がなんか凍ってますけど、ぶっ倒れてるだけです」
にやけ面の警官が、強盗の脈を取ると状況を強面の警官に伝えた。
「クソが! また俺たちの仕事を盗られた! 忌々しい冷凍魔めが、見つけたらぶっ殺してやる」
「あーストップストップ、死んじゃいますよそんなに蹴ったら」
「これは逮捕術だ死にはせん」
強面の警官は最後に一発、重たい蹴りを強盗の腹に見舞った。
強盗よりも激高した警官の方が凶悪な振る舞いを見せる街。
聡は絶対に警察の世話になる悪事はしないでおこうと固く誓った。
「ところで先輩、凶器所持でしょっ引いときますかコイツ?」
「そうだな現行犯逮捕だ」
強面の警官が強盗の凍った方の腕と、自分の手首に手錠を掛けると、気絶した強盗をずるずると引き摺って、店を出ていく。
「お兄さんの彼女っすかその子、めっちゃブルってるすけど」
「そうです怖かったな葵」
無理もない、仕事を横取りされたと血気盛んな警官が、殺意を自分に向けていると知って動揺しない者は居まい。
葵の目の焦点は合っていないし、呼吸も浅く過呼吸を起こしかけていた。
「俺に合わせてゆっくり息吸って、吐いてー」
聡はへたり込んだ葵を左腕できしめながら、深呼吸に合わせて右腕で背中をゆっくり擦った。
「自分待ってますんで表で、彼女さんが落ち着いたら、声かけてください。軽く調書とりますんで」
「わかりました」
「あー忘れてました逮捕の協力感謝します」
にやけ面の警官は聡に敬礼すると店から出ていった。
こうして聡は、葵の魔法少女活動を知ったのである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何だかわからないってより頼りないからさ、魔法少女フローズンリリィ」
「聡は知らないかもだけど、火事を消したり、ひったくりを捕まえたり、いろいろしてるんだよわたし」
「そんなのさ消防とか警察とかに任せとけばいいだろ、葵がわざわざ危ないことに首を突っ込むの見てらんねえって」
「じゃあ怪人は誰が止めるの?」
「それは……」
S県南雲市には怪人が出る。
怪人は人間の身体能力では再現不可能な挙動を行い、物理法則から外れた特異な力を操り、犯罪行為を南雲市で繰り返す。
彼らはどこからきて、何が目的なのかわからない。
怪人は平和を脅かす危険な存在で、彼らに対抗できるのは魔法少女しかいない。
「それに今回戦ってる連続窃盗犯の怪人、なんだかいつもと違う気がする」
「違うって何が?」
「上手く説明できないけど危ない感じがするんだよ、だからわたしに何かあった時は風説研究会の
魔法少女フローズンリリィこと
聡はアビリティシーフとの戦闘前に葵から託された名刺を頼りに、南雲高等学校の正門近くにある百葉箱の隣に設置された、風説ポストに手紙を投函した。
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