第19話

(ふん。この女、確かに速いな。だが、今の俺なら全然見えるし、まだ強化魔法を使っていない。俺が勝てない理由がないな。丁度いいストレス発散人形ゲットだぜ)


 一条と名乗った男はそう考えていた。

 今の体は竜の鱗に覆われている。

 ギリギリ人間の顔や体を保っている状態に、強化スキルを使っている。

 一撃は初期から強化系スキルを豊富に所持していた。

 それは一条の才能である。

 広く深く探求し強さを求めるのが一条と言う男である。


 この暗闇の中でも暗視のスキルで多少は見える。

 流石に森の奥までは見えない。

 そして、それが暗との戦いでは圧倒的に不利な対面であると、この時は分からない。

 暗は召喚される前に経験した闇の中で生きていた。


 シェロと違い改造された訳では無いので食事を必要とする。

 目の前に生命の気配がしたら殺し、肉を立ち肉を食らう。

 焼く、煮るなど暗にはない。許されない。

 ただ、本能のままに、感覚のままに、生命を殺し肉を断ち肉を食らうだけの存在。


 故に、現代の料理、建物、光が、全てが初めての経験。

 ここは公園の森の奥に入る入口付近。

 街の街頭には照らされず、月明かりの下の光である。

 しかし、暗にはその光景が朝よりもはっきりと見える。


(殺すのは良くない。生きて、捕らえる。そして、自分の力がどれくらいの物か、試そうか。倍返しも忘れない。徹底的に追い込む)


 木を蹴って一条の周囲を高速で移動しながらそんな事を考える。

 先に動いたのは、暗であった。

 大きな木に足を付け、向きを一条へと変えて蹴る。

 体重を乗せ、作り出したミスリルナイフを一条に振り下ろす。


 一条はそれを剣で受け止める。

 暗は左手に持っているナイフを逆手持ちから替え、一条の腹に突き出す。

 剣を斜めにして滑らせるように移動させ突き出しも防ぐ。


「次は俺様の番な。火属性中級魔法、フレアバレッド」


 炎の弾丸が5つ生成され、暗の下に進む。


「毒創造」


 毒を広く広げて炎を全て消化し、同時に毒も蒸発する。

 毒の量は多くてもその性能は超低く、蟻1匹殺せない程度の毒である。

 メインは消化をする事。


 暗は地を蹴り一条に接近する。

 タイミング見て一条は暗に攻撃を仕掛け用と考えるが、暗は横を進んで行った。

 一条は少し硬直した後に暗の方を見る。

 既に、そこには暗の姿はなかった。


(一体どのに? ぐっ)


 横原に刺さる1本のナイフ。

 刺さっている事は分かっているのに目に見えないナイフ。

 引っこ抜き、自己再生能力で回復させ、月に掲げる。

 月明かりで見えるそれは、クリスタルで出来たナイフだった。


「まさに、暗器だな」


「どうして命のやり取りの時にそんな余裕がある?」


「しまっ」


 急いでバックステップで距離をとる。

 服を掠り削られる程度で済んだのは幸いか。

 暗はただの捕食者では無い。暗もまた、捕食される対象なのだ。

 それを知っている暗は感覚で生きる力、戦う力を得ている。


「水属性中級魔法、バブルボム」


 シャボン玉のような大きな半透明の球体が一条の周囲に出現する。

 さらに、一条はアイテムボックスからピストルを取り出す。


「とあるヤクザを壊滅させた時に手に入れた得物だ。ダンジョンでも使えるが、火力がイマイチでね。役に立たないのが現代の銃器。だが、お前のような人をいたぶるには丁度いいよなぁ」


「構え方がなってないぞ」


(背後!)


 背後に現れた暗に一条は剣を横薙ぎに振るいながら振り向く。

 奥の木が数本切れたが、暗の姿はいなかった。


「成程。これが銃とやらか」


 暗は銃を手にしている左側に居たのだ。

 ナイフで躊躇無く高速で指を切り飛ばして、銃を略奪。

 一条は痛みに苦しむが再生能力で治していく。


「なかなか威勢が良いね」


 一条に向かって暗は赤い眼光を向けながら指を3本立てる。


「これだけ攻撃を当てられないように気をつけろ。3回で、お前は負ける」


「何を言っているんだ?」


 一条は両手で剣を持つが、腕に銃弾が入る。


(ッ! なんで、なんでさっきから鱗の体に傷が付くんだよ!)


 一条は縦に剣を大きく振るい、合わせるように斬撃が地面を抉りながら暗に迫る。

 そんなすっとろい攻撃に暗が当たる訳がない。

 ひらりと避けて終わりだ。

 その筈だった。


「ふっ」


「貴様ァァァァ!」


 一条の狙いは、背後にいた暗の最初で1番の恩人だった。

 最初の暴行により足を怪我し、動けていなかったのだ。

 否、多少は動けていた。

 ただ、遠くまで行けてなかったのだ。


 暗の筋力数値は千、忍耐数値は500、器用数値は4649。

 その全てを組み合わせて斬撃を止めようとしても、暗以上の筋力と強い武器、そしてスキル。

 暗では防ぐ事は不可能。


 斬撃の速度と暗の走る速度、それは暗の方が勝った。


「しゃりゃあああああ!」


 木々を薙ぎ払いながら進む斬撃から恩人を救出、遠くに行って置いて、一条の下に戻る。


「貴様。わざとだろ」


「命の取り合いに卑怯も何もないだろ?」


「⋯⋯ああ。そうだな。お前を生きて捕らえようとしていたアチキがバカだった」


 地面を踏む。何回も踏む。


「アチキは大馬鹿者だ。主殿やシェロねーやおじさん達が善人なだけで、世の中それ以外の人もいるじゃないか。アチキは、アチキは、あの時のアチキに戻りたくない」


(何を言ってやがる?)


 一条はその言動に警戒を緩めず見ている。

 天を仰ぎ、涙を流す。

 姿形が分からない生物を殺し、食らう。

 人間? 動物? モンスター? それすら分からない。

 残るのは悲鳴だけ。


 生きる為に、相手の姿を見ずただ殺すだけ。

 殺して食って殺して食って殺して食っての繰り返し。

 それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもなんでもない。

 そんな虚無の空間。


 召喚され、光を知り、人と言う姿を知り、モンスターと言う姿を知り、愛をくれた人がいる。

 ただ、殺して食らうだけの人生では無い。

 敬意を持って殺し、肥やしとし、普通の料理を食べる。

 そんな虚無の自分に戻りたくない。

 それが掛け替えのない暗の思い。


「戻りたくない。戻らない。殺し合い⋯⋯殺す、戻る。戻らない。殺さない」


「甘いなぁ。教えてやるよ。これが現代の常識だぁ! 縮地、武技【六連斬】、強化魔法、筋力、敏捷!」


 暗に高速で接近して6連撃の斬撃を放つ。

 暗は高速の末に躱しクリスタルナイフを放つ。

 森の奥へと暗は姿を消す。


「そんなナイフは1度しか当たらない仕様なんだよ。どこに消えた? 索敵全開⋯⋯いない? 俺の『索敵』のレベルは15なんだぞ? それなのに分からないのか。まぁいいさ。サンドバック共で遊んでいたら、来んだろ」


 10、100、1000の針が森の奥から1点に向かって進んで行く。

 無機物に『精密索敵』では無い『索敵』は反応しない。

 気配感知の劣化である索敵なら尚更、暗殺のみに特化された針は分からない。

 この夜の中。

 ボロボロになった木、ボコボコになった地面。

 一条を防いでくれる物は無い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る