第66話
「だから、私の告白、受け入れてくれないかしら……?」
困惑している俺に対し、上目遣いで懇願してくるサケビさん。
「えっと……」
状況が呑み込めないままでいると、サケビさんは更に俺に接近してきて——
「以上よ。私は戻るわね」
とマイクに向かって宣言し、部屋から出ていった。
それから数秒後、サケビのミュートは解除された。
「というわけでどうでしたか?ヤイバくん」
「まず奏多さんに一つ質問です、100万の件は本当に許したんですか?」
「うん」
「企画としてどうなんですかそれ…… まあ良いですけど。そしてサケビさんに言いたい事は二つあります」
「何?完璧な告白だったわよね?」
「声に対しては完璧な告白だったね、声に対しては。今回の告白は九重ヤイバに対してするものなんだけど」
あのテンションで声以外の内容が多ければよかったんですけどね。確実に暫定一位でしたよ。
「と言われても、声以外に言う所が無いもの」
「酷くない?」
「事実じゃない。声が良いだけで皆を騙しているのよ。今日のファンクラブ会員だってそうよ。声のお陰で好きになって、声のお陰で良い性格で面白い人だと錯覚しているのよ」
「声の重要度高すぎません?」
声が良ければ万事解決って事じゃないですかそれ。
「Vtuberと歌い手は声が9割よ」
「そんな身も蓋もない……」
「でも実際、人気Vtuberと人気歌い手でゴミボの人を見たことは無いでしょ?」
「確かに居ないけどさ」
たまにゴミボを自称したり周囲から言われたりしているVtuberもいるにはいるが、本気を出したらちゃんと良い声出し、そうでなくても世間一般でいえば良いほうの声である。
「そういうことよ。だから私の告白は何ら間違っていないわ」
と堂々と言い切るサケビさん。
「でもあんたは俺と直接会った事あるでしょうが!」
「そうだったかしら?」
「さっき一緒にカラオケに行ったって言っていた人が誤魔化せると思ってるんですかね」
「ごめんなさい、声しか聞いてなかったから身体的特徴は一切覚えてないわ」
「んなわけあるか!」
がっつり対面で話しまくっているだろうが。あんたは俺と話しているときに何を見ているんだよ。
「というわけで、次の人お願いね」
「ちょっと待って!言いたいことがもう一つあるよ!なんで部屋凸してきたのさ」
「なんでもありって言っているんだからそれくらいはやってあげるわよ。せっかくお隣で配信しているんだから」
「まあそうだけどさ。で、いつの間に家に入ったの?鍵が開く音なんてなかったけど」
「そりゃああのイラスト屋の部屋で配信していたからに決まってるじゃない」
「イラスト屋って……」
樹はイラストレーターであってフリー素材じゃないんだからその言い方はやめようか。言葉だと誤解を受けかねないんですよ。
「とにかく、私の告白は以上よ。100万円はよろしくね」
「……」
「というわけで、歌音サケビさんでした!!!」
「もう疲れた……」
まだこれで半分しか終わっていないってマジですか……
そして後半戦最初に告白してくるのは柊カナメさん。
この中で唯一、チャットですら一度も話したことがない初対面の相手である。
そんな相手ですらファンになってくれているのは光栄なことではあるが、いったい何をしてくるのかが読めないので少々怖い。
今回は奏多に対してBGMの指定が事前にあったらしいが、それ以外の条件はないらしい。
通常の告白はBGMが存在しないので、少しでも記憶に残らせるために差別化を図ろうという考えだと思われる。
「初めまして、ヤイバ君」
「……はい、初めまして」
「初対面がこんな場だなんて凄い話だよね。まさか告白会だなんてね」
「……そうですね」
「だけど、せっかく与えられたチャンスだからちゃんとやるね」
「……はい」
「私がヤイバ君を知ったきっかけは、ヤイバ君がアスカちゃんとの初めてコラボをしたときだったんだ。ぐるぐるターバンさんの事は知らなかったから、見知らぬ個人勢の男があのアスカちゃんとコラボしてるって感想だったかな」
「……あいつを知らなかったらそうなりますよね」
アイドル売りをしている事務所ではないとはいえ、どこの馬の骨とも知らない男とコラボしていたら気になるのは当然である。
「うん、だからどんな男なのか見てやろうと思ってその配信を見てみたんだ。そこで抱いた感想は、凄く自信満々で偉そうな男だなってものだったよ」
「……気持ちはわかります」
九重ヤイバというキャラはかなり好き嫌いが別れるキャラだ。半分とは言わないまでも、2割くらいは嫌いだという人が居ても不自然じゃない。
「だから最初はもう一回コラボしようとしているアスカちゃんのことを引き留めようとしたんだ。確かに好評だったかもしれないけれど、絶対に碌な男じゃないんだからやめといたほうが良いって感じでね」
「……そうだったんですね」
多分これは告白用に用意した嘘ではなく、紛れもない本当の話だろう。
「うん、ここで言うことではないのかもしれないんだけどね。でも知っての通りアスカちゃんはコラボをやめることはなかったんだ。なんなら配信を経る度にどんどん楽しそうな表情に変わっていっていたんだ。だから私は、どうしてアスカちゃんがそこまで入れ込んで居るのかもう一回ヤイバ君の配信を調べることにしたんだ」
「……友達思いなんですね」
いくらアスカの事が大事だとしても、そこまでできる人はなかなかいない。
「あれはただの私のエゴだったんだけどね。で、調べる中で分かったんだ。ヤイバ君は嫌な奴じゃなくて、むしろ凄くいい人なんだなって」
「相手の事をよく見ているから、直ぐに色々気づいてこっそり手助けをしていたり、今は配信慣れしただろうからしていないんだけど、コラボの度に結構な量の台本を準備していたりしたよね」
「……配信で一切そんな話した記憶ないんですが……」
最初のころはせっかくコラボをしてくれるのだからと、配信を盛り上げつつ全力の九重ヤイバを演じ切ろうと頑張っていたのは事実。
一応前者については配信画面に表れていたので普通にバレていたのだが、台本に関しては誰にもバレていないし、言ったことも無い。
「誰も気づいていなかったけど、ほんの少しだけペラっと紙をめくる音が聞こえていたんだよ」
「……よく気づきましたね」
「あの時は粗探しに必死だったからね。結果的に魅力を見つけまくる結果になって、気づいたらファンになってて、全配信見ちゃってた」
「……ありがとうございます」
「今でもヤイバ君の配信はすべて見ているし、何なら全部リアタイしてるよ」
「……え?配信は……?」
「もちろんその時間帯はお休み。ヤイバ君はまじめだから一週間の配信スケジュールをかなり早くに出してくれるから、それ見て決めてる」
「……ええ……」
重度のファンであるアスカと葵ですらそんなことしないんですが。一番のガチ勢じゃないですか。
「それくらいの重度なファンだから、あまり関わらないようにしておこうと思ったんだけど、奏多さんに暇だってことがバレていて誘われちゃったから断れなかったよ」
「だから、一生言うことのなかった私の気持ちをヤイバ君に真剣に伝えようかなって。二人で歩み続けていたアスカちゃんには悪いけどね」
「九重ヤイバ君、私、柊カナメはあなたのことが心から好きです。だから、私と付き合ってくれませんか?絶対に幸せにすると誓うから」
「以上です。奏多ちゃん、BGM切って良いよ~!!」
とカナメさんは宣言し、破壊力最高の告白タイムは終了した。
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