第56話

『それは事実です。ですが、ヤイバさんの事だけは事前に調べ上げておりますので』


「は?」


『私が質問する相手であり、コラボ相手だからです。良き質問をするためには十分な知識が必要ですから』


「だから俺に答えられる質問しか飛んでこなかったのか」


『ええ』


 一応Vtuberとして長い間活動してきたが、視聴者達と比べるとVtuberに詳しい方ではない。だから分からない質問の一つや二つ出てきてもおかしくないと思っていたのだが、何故かそれが一つたりとも無かったのだ。


 恐らく、今までの質問は全て俺が配信で触れた内容や、流れていたコメントで分からなかった物だったのだろう。


 本当にプロ意識が高い。そこは見習わなければ。


「なら、関係は分かるんじゃないか?見ての通りの関係でしかない」


 しかし、その質問はいただけないな。Vtuberの恋愛事情は異常にデリケートな話題だ。


『見ての通りの関係、ですか。つまりラブラブカップルであると』


「どうしてそうなった」


『若い男女、同業者、長年の付き合い、オフ会=ラブ。これはこの世の摂理です』


「何を言っているんだ」


 丁寧な口調と良い声のせいで説得力だけはあるが、理論としては滅茶苦茶だ。


『視聴者の皆様も私の意見に同意しておりますよ……?』


 ロクサヌにそう言われ、コメント欄を見ると、『常識だぞ』、『あれで付き合ってないは詐欺』等、ロクサヌの馬鹿理論に同意する奴ばかりだった。


「お前らな……」


『ほら、私の方が正しいじゃないですか』


 カプ厨の奴らがロクサヌに加勢して、あたかも正しいかのように錯覚させてくる。絶対そんなわけが無いのに。


「それは錯覚だ。何度でも答えるが、雛菊アスカとは一切浮ついた関係などは存在しない。断言する」


『あら』


「そもそも、俺は高校生なんだから雛菊アスカと付き合っていたとしたら今頃アスカは塀の奥だぞ。炎上とかその程度の騒ぎじゃない」


 法律に詳しくは無いが、その程度の知識はあるぞ。


『ああ、それですか。真摯なお付き合いをしていらっしゃるのであれば犯罪にならないらしいので、お二人なら問題無いかと』


 自信満々に返したら、それ以上の知識で帰ってきた。やってしまった。よく考えたらコイツがそういう点を調べていないわけが無かった。


「とにかく!そういう関係ではない!この話は終わりだ!」


 対応していたらどんどん話が悪化しそうだったので、強引に話をぶった切った。


『そうですか。ではその質問はここまでにしておくとして、九重ヤイバさんの好きな女性のタイプについてですね。以前、水晶ながめさんとのコラボ配信にて答えていらっしゃいました。一応見ていない方の為に当時のセリフを文字起こししたものを画面に貼り付けますね』


【そうだな。俺の好きなタイプは、見た目で言えば髪は黒髪のショートで、外はねがあるのが好きだ。身長は160に少し届かない位か。胸はあまり気にしないが、あると少し嬉しい。次に性格か。常に明るく元気に振る舞っている子が良いな。後やっぱりゲームとか漫画、アニメとかを一緒に楽しんでくれるオタクが理想的だな、って所か】


 マジかよ。あれで終わりじゃないのかよ……


『見ていただけたでしょうか。普通なら黒髪ロングが好き、だとか、金髪碧眼の子が好きとかのざっくりとした答え方をすると思うのですが、この回答は余りにも具体的すぎますよね』


 視聴者にロクサヌがそう問いかけると、視聴者も『確かに変だとは思っていた』『うん』と同意のコメントをしていた。


『ということでこの女性像には具体的な相手が存在するのではないかと思いまして。それが誰かお伺いしたいのです』


 アスカとクラスメイトだけしか突っ込んで来なかったが、結構不審に思っていた奴は居たんだな。


 普通に幼馴染を揶揄う為だと言い切っても問題無いのだが、これを公表することで何か不都合は生じないだろうか。


 まず考えられるのは葵が俺の正体に気付くこと。まあこれは絶対にありえないから無視。


 次に考えられるのは視聴者に揶揄われること、これに関してはスルーで問題ない。


 そして最後、九重ヤイバが幼馴染の事が好きだと葵が認識して、重大なショックを受けた上でからかい甲斐が無くなってしまう事。可能性はそこまで高く無いが、リスクとしてはかなり大きい。


「居ないが」


 色々考えた結果、しらを切ることにした。配信では言及してないから大丈夫だろ。


『そんなわけがありません。当時の質問は事前に準備されていたものではないことは確認済みです』


「はあ」


 そもそも何故俺はここまで詰められているんだ。悪い事したか俺は?


 善行以外していない気がするんだが?


『というわけで正直にお答えください』


「と言われてもな……」


『まさか、本当の彼女さんでしたか?』


「そんなわけないだろ。俺に彼女は居ない」


『彼女は居ないんですね。良い情報を得ました』


「別にそれくらいはかまわんが」


『となると片思いの相手ですか?』


「違う」


 どっちかと言えばこっちが一方的に好かれているのだ。


『やはりいるじゃないですか』


「しまった」


『ほら、答えてください。でないと配信は終われませんよ?』


「なんだその脅し。そもそも俺がrescord抜ければ終わりだからなこれ」


 俺が居るのは配信部屋な上、今配信しているのはロクサヌのチャンネルだけ。つまり優位に立っているのはこっちだ。


『そうですか、残念です』


 なんとか引き下がってくれたみたいだ。


「これで質問は終わりか?」


 俺はこの場を早々に抜け出すべく、配信を終わらせる流れへと持って行く。


『はい。ただ、最後に言わなければならないことが』

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