第50話
この反応的に俺が九重ヤイバと気付いていることは無さそうだが、念のために追加で聞いておく。クラスメイトの事とかもあるしな。
「何故かクラスの人たちがいっぱい来てて、ヤイバ君とわた……ながめちゃんのトークイベントに参加してた」
流石にそこは気がかりだよな。今回はながめのことを私って言いかけたことをスルーしておいてやるが、気を付けろよ。
「ああ、確か九重ヤイバのファンらしいからね。ほら、VALPEXが上手な配信者だから」
あくまでながめのファンではなく、九重ヤイバのファンだという事を強調する。いくらイベントで聞いたとしても、もしや程度の疑念は残るだろうし。
俺はあくまで葵を揶揄いたいのであって、怖がらせたいわけではないのだ。
「そうなんだ」
「ただ、樹はながめさんのファンらしいけどね。しつこいレベルで配信のリンクを送ってくるよ」
ただその説明では樹が説明できないので、ながめのファンだと正直に伝えることにした。
「え?」
安心した矢先の情報だったので、思わず声を出して驚いていた。
「本当だよ。よく可愛い可愛いって言ってたし」
「どこで知ったの?」
どうにか安心したいらしく、優しく問い詰めてきた。
「どこだったっけな。雛菊アスカってVtuberの配信だったと思う。九重ヤイバとコラボする予定のこの女性は誰だって感じで配信を見た結果、偶然コラボしていた水晶ながめにハマったとかだったはず」
実際にアイツが水晶ながめにハマった経緯は分からないけど、九重ヤイバが雛菊アスカとコラボすると知り、入念に調査をしたのは事実である。
ただ、俺の事を心配していたんじゃなくて九重ヤイバにコラボ依頼をしてくる女ってどんな奴なんだっていう興味本位だったが。
「そうなんだ。結局皆ヤイバ君から入ったんだね……」
葵はそれを聞いて安心したと共に、自分から入った人は本当に居なかったんだと悲しそうな顔をしていた。
葵はただの九重ヤイバファンっていう設定なんだからそこで落ち込むな。意味が分からないだろうが。形だけでも喜べ。
「何故そんなに落ち込んでいるの?」
流石に癪なのでここを軸にからかってみるか。
「え、そう見えちゃった?」
「うん、まるで葵が水晶ながめ本人みたいな反応だったよ。ヤイバ君に新しいリスナーを流せていなくて悲しいって」
俺は葵が考えていそうな事をそのままトレースして言ってみることにした。
「はえっ!?」
すると綺麗なまでのリアクションを見せてくれた。一応電車の中なんだけどなここ。
「え、どうしたの?」
「い、いや、何でもないよ。私は関係ないからね。ただ、個人勢なのに自力でファンを集めていてやっぱり凄いなあって」
ながめは焦りながらも、ギリギリで解答を導き出した。
「ああ、そういうことね。突然焦り出したから何事かと思っちゃったよ」
俺は葵が正解を導き出したことに敬意を表し、この路線でからかう事は止めることにした。
「あ、うん、ごめんね変に勘違いさせちゃって」
「良いよ」
それから俺たちは家に辿り着くまで他愛のない会話をして過ごした。
それから3日後、
「どうしたものか……」
俺は配信部屋のリビングで、九重ヤイバ宛に届いた二通のメールに頭を悩ませていた。
「何を悩んでいるんだよ」
「そうよ。早く返信しなさい」
その様子を見ていた樹と宮崎さんが早くしろと急かしてくる。
「どっちも普通のコラボじゃないんだよ……」
片方は俺の素を強要されており、もう片方は大炎上の可能性があるのだ。悩まざるを得ないだろうが。
「大丈夫。皆ヤイバのキャラじゃなくて歌声を信じて付いてきているだけだから。九重ヤイバがどうなろうと問題無いわ」
「そう考えているのは宮崎さんだけだよ。大半はVALPEXを見に来ているよ」
「美人とコラボして炎上するのならそれは本望だろうが」
「本望じゃないよ。炎上の方が嫌だよ」
そして相談相手になるはずの二人はこんな感じなので頼りになる以前の問題である。
残る相談相手となると雛菊アスカだけだが、あの人に相談すると禄でもない行動に出そうなので当然却下。
つまりこの問題は俺がただ一人で解決しなければならない。
「そもそも約束してしまったんだろ?なら断るって選択肢は無いだろ」
樹の言っていることは確かに正論である。
「でも、両方とも九重ヤイバの将来に関わるから。立ち振る舞いとか、アンチの数とか」
「別に気にする程でもないと思うわよ。ファンには素の性格はほぼほぼ透けているだろうし、女性とコラボする点に関しても今までの実績があるわけだし。斉藤君が思っているよりも大した影響は無いわ」
「そんなものかな?」
「そんなもんだぞ」
「そっか……ってあ」
若干納得しかけていたタイミングで、最重要項目を思い出した。
「どうした?」
「葵に活動がバレる」
それ以外が重すぎて忘れていたけど、素を出したら葵に九重ヤイバだってバレるわ。
「ああ……」
「そのことね」
葵が大の九重ヤイバファンだという話は二人には伝えてあるので理解を示してくれた。
「多分大丈夫だと思うわよ。直接会話する時と、オンライン上で聞く場合って若干声が違うから」
そして宮崎さんは音楽的な目線からアドバイスをしてくれた。
「の割にはクラスメイトの皆にバレてない?」
男子のほぼ全員が九重ヤイバ=斎藤一真だって気付いているんですけど。
「それは音質の問題じゃないかしら。VALPEXをやる人って話す方はともかく、聞く方は出来る限り良い物を使っている事が多いらしいから。私のリスナーが言っていたわ」
「そうなんだ」
俺の場合は理由で樹が金の力で高級品を大量に揃えていたから良い物だったけど、皆もそこは金かけているんだ。
ってちょっと待て。つまり葵にバレないか?配信者だからヘッドホンの音質馬鹿みたいに良いんだが。
「まあ、それはそれとして葵は気付かないわよ。人の声を聞き分けるのが苦手だから」
「そうかな?」
普段からこの声優さん凄い、とかこの声優が演じる声可愛いよねって話を頻繁に聞かされているし、別に苦手では無さそうだけど……
「ええ。斎藤君が素の声で歌っていた音源を聞かせてみたんだけど、斎藤君だと気付くこともなく誰この人?歌上手だねって言われたから」
「何やってんの。そしていつそんな音源を手に入れたのさ」
俺の歌を勝手に葵に聞かせないで欲しい。というか素の声で歌ってみたを収録した記憶なんてないんだけど。
「カラオケの時に録音しただけよ」
あの時かあ……
「ねえ宮崎さん。だったら葵一回聞いたことあるよね?」
「だから苦手って言ったじゃない」
「ああ、そう」
葵って色々ガバガバだとは思っていたけど、まさかそこまでだとは思わなかった……
「だから個人情報さえに気を付ければ絶対に葵は気付かないわ」
「だね。安心して参加するよ」
下手したら個人情報をポロっと表に出したとしてもバレないかもしれないな、なんてことを思いながら、両名にコラボ承諾の返事を送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます