第49話

「は?全員?誰と?」


「そりゃあ勿論演劇部の皆とだよ」


「演劇部?」


「うん。来週デビューするんだ」


「じゃあ知るわけないだろ」


「全員説明すると長くなっちゃうから、これ見て」


 そう言ってクロはUSBでデータを送ってきた。


「演劇部は、クロが直接プロデュースする女優の卵たちのユニット。なるほどなるほど。駄目だろ」


 全員女じゃねえか。


「うんうん、ヤイバくんなら大丈夫だって」


「これは無理に決まってるだろ」


 Vtuberは各々のキャラクター紹介文を見ただけではどんな売り方をしていくのかは分からない。


 しかし、全員美女な時点でアイドル的な人気が出ることは確実。特に序盤は。


 そんな奴らと俺がコラボしたら演劇部のファンが大激怒するに決まっている。


 俺とアスカが既に結ばれているとかいう設定にしても緩和される未来が見えない。


「でも、皆には好きな相手とコラボ出来るようになってほしいんだよね。せっかくVtuberになったんだから」


 好きな相手とコラボ出来るようにか。最初にアイドルっぽい売り方をしたらコラボ出来る相手が限られるものな。


 個人単位で言えば配信を経て本性が曝け出されたとかいう理由で誤魔化せるが、事務所単位でアイドル売りをしていればそうはいかない。


 本性を曝け出した瞬間にアイドルにふさわしくないからと追い出される可能性が高いからだ。


 だからイメージが固まっていない序盤の段階から男とコラボして、どんな相手でも普通にコラボするVtuberですよって周囲に強調したいのだろう。


 俺である意味は無いが。


「そういうのは企業所属のVtuberが良いんじゃないか?」


 そっちの方が信頼におけるだろ。ここには企業勢の男はいくらでもいるだろうが。


「信頼してるしてないに関しては大丈夫だと思うよ?バックにぐるぐるターバンさんっていう有名なイラストレーターが付いているわけだし」


「アレが?」


 画力に関しては信頼出来るが、不用意に同級生のトークイベントにやってきてサイン色紙を強奪してくような馬鹿だぞ?


「うん、そこらのイラストレーターと比べても信頼度は高いよ。仕事は早いし、対応も丁寧だから」


「だからその友人である俺は同じく信頼に値すると」


 信頼されること自体は別に良いのだが、理由がぐるぐるターバンってのは色々複雑だ。


「というわけでお願いします!」


「って言われてもなあ。どんなコラボをするんだ?」


「それは内緒だよ」


「逆にお前らが信用できなくなるんだが」


 わざわざトークイベントに凸してきたクロが親玉のグループだぞ。何されるか分かったもんじゃない。


「酷いなあ。トークイベントで泣かされたってSNSに拡散しよっかなあ……」


「やめろ。お前がやると洒落にならない」


 俺はともかく、樹とか宮崎さんに迷惑がかかるからやめてくれ。


「じゃあコラボしてくれる?」


「……分かったよ」


「ありがとう!またちゃんと連絡するね!!!」


 まあ、本当に不味いときは適当に理由つけて中止にすればいいか。


「分かった」


「じゃあまたね!!!!」


 そう言い残し、クロは部屋から去っていった。


「お疲れ様です!全員終了しました!」


 その直後、スタッフがわざとらしいくらい元気な口調で部屋に入ってきた。


「あのさ……」


 色々と文句が言いたかったが、それよりも帰りたいという気持ちが強かったのでそのまま帰宅した。




 翌日はファンとの交流イベントにUNIONのメンバーがやってきた位で、何か変なことを要求されたり、事件が起こったりすることは無く無事にイベントを終えた。


 その後打ち上げがあると思っていたが、メインキャストに高校生が二人も居るのに酒の場を用意するのは如何なのかという話になったらしく、最初から予定されていなかったらしい。


「じゃあありがとうございました!」


「うん、またね」


「こちらこそありがとうございました」


「今度のコラボよろしくね!」


「また話そうぜ!」


「はい!」


 俺は楽屋に集まっていた男性陣に挨拶をして、急いで建物を出た。


 葵に遭遇してしまわないように。


「よし。大丈夫だ」


 会場の周りに葵は居なかった。しかし油断してはいけない。


 念には念を入れ、全力ダッシュで建物から離れて最寄り駅から一つ離れた駅に向かう。


 すれ違う人に見られている気がするが、今はどうでもいい。何よりも葵に遭遇しない事が重要なのだから。



「無事に、辿り、ついた」


 それから数分後、無事に誰とも遭遇することなく駅に到着した。


 このまま改札を抜けて電車に乗りたい所だが、汗だらだらの状態で電車に乗るのは流石に好ましくない。


 というわけでトイレに向かい、事前に用意していた制汗シートで汗を拭きとる。


 臭いが取れたことを確認した後、トイレを出て改札を通り、駅のホームに向かう。


 丁度電車が来たのでそのまま乗ると、


「あ」


 同じ車両に葵が居た。色々タイミングとか乗る場所とかずらしたのにこれかよ。


 でも俺が九重ヤイバだとは気付いていないはず。服装は同じだが、乗ってきた駅が違うからな。


「葵はイベントの帰りだよね?」


 というわけで何事も無かったように葵に聞いてみる。


「うん」


「どうだった?楽しかった?」


「凄く楽しかった。夢みたいな時間だったよ」


「なら良かった。何か気になる所とかは無かった?」

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