第48話

 それ以後の客は全員普通の格好だったし、コラボ依頼を要求してくることも無かった。


「これで最後だな」


 スタッフからの連絡は無いが、パソコンに表示されている時間的に一人が限度だろう。


 俺は最後の一人が来るまでの間に移動の準備を済ませることにした。




 準備もあらかた済んだタイミングで、部屋に1人の女性が入ってきた。


「よく来たな」


 ノースリーブで黒の縦セーターを着て、赤のスカートと黒のニーソックスを履いた黒髪ミディアムの女性。


 ノースリーブは少し珍しいが、別に居ない程ってわけではない。会場を探し回れば少なくとも10人は見つかるだろう。


「……」


「どうした?」


「……」


 しかし、この女性は頑なに口を開こうとしない。ただカメラを向いてニコニコと微笑むだけなのだ。


「何も話さなくても時間は過ぎていくんだが。せめて自己紹介でもしてくれないか?」


「……」


「名乗りたくないのなら構わない。そうだな、今日のイベントは楽しいか?何か面白かったものでもあれば教えてくれないか?」


「……」


 俺がどれだけ話題を振ろうと、一言も喋ってくれない。


「何か喋ってくれよ……」


 今回延々と喋り続けてくるファンとか俺の言動全てに感動するファンとかはいたが、一言も喋らず、全てに無反応なファンは誰一人として居なかったぞ。


 いや、そもそもこの人はファンなのか?


 間違えて入り込んでしまったただの一般客なのでは?


 いや、それは無いか。そんな奴が居たら確実に止められる。


 ではスタッフか?見た感じ服装は自由だったし。


 でもそれなら喋るか。


 じゃあこの人はちゃんとお金を払ってここにやってきて、無言でニコニコしているだけってことなのか?


 それが事実だとしたら怖すぎないか?


「すまない」


 何が何だか分からなかったので、スタッフに質問するべくマイクをオフにして席を立つ。


「は?」


 そして背後にあるドアノブをガチャガチャと回すが、何故か開かない。


「スタッフ?開けてくれないか?」


 俺は外に居るはずのスタッフにドアを開けてもらうべく、ドンドンと扉を叩きながら叫ぶ。


「はあ?」


 しかし誰も扉を開けようとしない。そこまで壁は厚くないので外まで聞こえている筈なのに。


「これ、スタッフがどこかに行っている奴か」


 時間が来るまで別の仕事でもしているんだろうか。タイミングが悪いな。


 仕方が無いのでパソコンの前に戻り、マイクをオンにする。


 すると依然としてカメラ目線で微笑み続ける女性の姿が目に入る。


「なあ、一言位は話してくれ。もうそろそろ一分過ぎるんだが」


「……」


 しかし口は開かない。


「もう1分過ぎたぞ」


 そしてこの女性が入ってきて1分経った。


 しかし動く素振りすら見せない。


「おい。出るか喋るかはしてくれ」


「……」


「スタッフ……?」


 しかしスタッフが介入してくる様子すらない。今までも割と一分はガバガバだったが、もう2分は経っている気がするぞ。仕事をしてくれ。


 そして何も起こる事が無くさらに2分経った。


 別に遅くなること自体は構わない。ファンとの交流で俺の仕事は終了だからだ。


 だが、俺はこの女性から早く逃げたい。



「お前は一体誰なんだ。何のためにこんなことをするんだ」


 俺は怖さを紛らわす為に、九重ヤイバとして圧をかけていく。


「……」


 しかし言葉を発する気は無いようだ。


 ただ、今の質問でこの女性の口角が更に上がったように見える。


 まさか、正体を当てろってことなのか?


 いやいやいや無理に決まっているだろ。女性なんて地球に何人いると思っているんだ。35億だぞ。


 一応日本人っぽいからそれよりも少なくなるけどそれでも6千万は固い。


「お前は、俺の知っている人物なのか?」


 再び口角が上がった。どうやらこの人は俺の知っている人物らしい。


 は?こんな女知らないぞ?


 20代の女性で顔が分かる奴って親戚かこの間会ったUNIONの奴らしか居ない。芸能人の線も考えたが、こんな奴は見たことが無い。


「少なくとも俺の記憶の中で、お前のような顔は一度も見たことが無い」


 色々考えたがそれ以外の結論が出ない。


 すると再び口角が上がる。つまり俺の結論は事実ってことか?


「なら分かるわけが無いだろ」


 顔を知らないのに俺が知っている人物なんてわけがな……


「お前まさか、Vtuberか?」


 Vtuberならば、この条件を突破出来るではないか。


 顔を見ると、再び口角が上がっていた。ビンゴだ。


 女のVtuberで、20代くらいで、俺と交流があり、こんな面倒な嫌がらせをしてくる奴と言えば……


「クロか」


 彼女しか居ない。そして彼女であればスタッフが制止に来ず、俺が部屋に閉じ込められている理由も説明がつく。


「せーいかーい!」


「はあ……」


 一気に気が抜けた。わざわざ権力使ってまでそんな事をしないでくれよ……


「でも酷いなあ。お前呼ばわりされた上に10分経ってもクロだって気付いてくれないなんて……」


 そう言ってクロは泣き真似をする。


「一切のヒント無しで分かるわけが無いだろ」


 カメラの画質が少しでも悪かったら一生分からなかったぞ。


「いやいやいや。最初からずっと大ヒント出してたよ。ほらほら、よく見て」


 そう言ってクロはカメラに向かって様々なポージングをしてくる。


 まさか……


「その服ってクロの衣裳なのか?」


「そうだよ。一回コラボしたのに知らなかったの?酷い。ツリッターで慰めてもらお……」


 わざとらしく泣きながらスマホを弄り始めた。


「おいやめろ」


 確実にファンの数で潰されてしまう。


「え~どうしよっかな~」


「やめてください」


「じゃあそうだなあ、ウチの子全員とコラボしてよ!」

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