第51話
それから数日後、
「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……」
葵の家で俺がご飯を作っていると、リビングで寛いでいた筈の葵から深刻そうな声が発せられた。
「何したのさ」
「ヤイバ君が、ヤイバ君が……」
絶望に溢れた表情で、玉ねぎを炒めていた俺の目の前にスマホの画面を見せてきた。
D.LIFE(@D_LIFE_offisial)
演劇部デビュー記念コラボウィーク!
記念すべき最初の相手は九重ヤイバ(@ninestack_Yaiba)さん!
コラボ日程はこちら!
「それがどうかしたの?」
葵が見せてきたのはD.LIFE公式ツリッターのツリート画面。D.LIFEというのはクロが所属する企業で、このツリートはクロが強引に取り付けてきたコラボを大々的に発表しただけのものだ。
コラボ日程はこちら!と書いておきながらスケジュールが記載された写真を載せ忘れている点は置いておくとして、これのどこが葵を絶望させているのだろうか。
「どうかしたのじゃないよ!これ、全員女の子だよ!?しかも皆超絶可愛いんだよ!?」
「ああ、そういうこと」
所謂嫉妬って奴か。可愛いな。
「そういうことじゃないよ!結構な大事件だよ!?」
「って言われても今更じゃない?」
「今更?」
「だってさ、これまでに何人もの女性Vとコラボしてきたと思っているのさ。7人位新規が出てきた所で大した問題じゃなくない?」
つい最近までは雛菊アスカ以外の女性Vとコラボしてこなかったけれど、今では葵やクロ、山田、そしてこの間のイベントに参加していた人たちと、数を徐々に増やし続けている。
このタイミングでコラボした女性が7人増えた所で九重ヤイバ側としては大差がない。
個人的な懸念点としては相手側がデビューした直後に突然男とコラボしだしたことにファンがどう思うかという一点だ。
「でも……」
「それに水晶ながめさんとは他のコラボ相手と比べても仲が良さそうだし、雛菊アスカって人に至ってはオフコラボまでしたんでしょ?何か言うとすれば演劇部じゃなくて寧ろそこじゃない?」
そして葵。自分の事を棚に上げるのはやめような。
ということでしっかりと指摘してみた。今回はどんな風に焦るだろうか。
「アスカちゃんは名誉ファンだから問題ないよ。そしてながめは……そのアスカちゃんが信頼して、呼んだ人だからね。そっかあ。仲良さそうに見えるかあ……」
まさかそっちの反応が来たか……
ただ大慌てして頓珍漢な解答を言い出すと予想していたのだけれど、解答は割と筋が通っていて、水晶ながめと九重ヤイバの仲が良いという評価を噛みしめるように喜ぶとは思わなかった。
これはこれで可愛いから良いんだけど、その反応は羽柴葵=水晶ながめだと堂々と表明していることになることは気付いているのだろうか。
まあ今に始まった事じゃ無いんだけれども。
これでクラスの誰にもバレておらず、ネット上でも正体が解明されていないってのが何とも不思議な話である。
——待てよ。
葵は俺だけに正体がバレるような行動を意図的に取っているのでは?
で、俺にアピールをする場面に居合わせた人たちに浮かび上がるであろう説を否定するような行動を取って疑念を消し去っていた。
ご飯を作り終わったら聞いてみようか。
「はいはい、座って待ってて」
「うん」
今だに幸せそうな表情を見せる葵をリビングのソファに座らせて、ご飯作りに戻った。
「はい、出来たよ」
「うん」
2人でご飯を机に移し、夕食を食べ始める。
最初はいつも通り、特にいう事も無いような会話をする。若干葵が浮かれている事を覗けばだけれど。
それから時間が経ち、お互いに夕食を食べ終わろうとするタイミングで、
「ねえ葵、何か隠し事をしてないかな?」
本題に入ることにした。
突然そんな事を切り出された葵は一瞬目を見開き、諦めたというか、やっと聞いてくれたか、みたいな表情に切り替わった。
「遂に、気付いてくれたんだね」
本当に読み通りだったらしい。それならもう少し早く聞いておけばよかった。
「最初は隠しているのかなって思っていたけど、そうじゃなかったんだね」
「一真相手に隠すわけないでしょ」
「それもそっか」
家族ではないけど身内だもんね。
「ちょっと待ってて」
葵はそう言い残して部屋に向かった。
ライバー用スマホでも持ってくるのかな。
「お待たせ」
しかし、それから1分後に戻ってきた葵は所持品に変化が無かった。というより何も持っていない。
「え?何しに行ったの?」
どう見てもただ行って戻ってきただけだったので思わず聞いてしまった。
「いや、着けてきたんだよ。じゃなきゃ意味ないでしょ?」
と言って葵は髪をかきあげて耳を見せてきた。
「え?」
そこにあったのはどこかで見たことのある気がする色と形状のピアス。
「ピアス開けちゃったんだ。どう、似合ってる?」
「似合ってるよ」
可愛い幼馴染が突然髪をかきあげ、ピアスを見せてくるという状況が点数を100点位上昇させているという点を考慮したとしても、凄く綺麗だった。
「いやあ、良かった。最初はずっと直しておこうと思ったんだけど、折角のピアスなんだから使わなきゃ損だよねってことで勇気を振り絞ってピアスを開けてみたんだ」
「そうなんだ」
何か予想外の解答がやってきたよ。マジで一切気付かなかった。もしかしてこの間のイベントの時も着けてきたのかな?
「ちなみにこれが何のピアスか分かる?」
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