第46話

「こ、こんにちは……」


 そして30秒の休憩も許されずに次の人が入ってきた。


「こんにちは、よく来てくれたな」


「ミナトって呼んでください!」


 それから5人のファンと交流を果たした後、



「こんにちは~」


 今回の大本命である葵が入ってきた。


 先程のトークイベントで見た服装とは完全に違って、九重ヤイバが配信で言っていた好みにピッタリと合わせた勝負服だった。


 葵が着ていたのは紺色のロング丈のフレアスカートに、萌え袖気味の長さの白いニット。100%俺が思い描いていた理想である。


 葵が来ることを予測して葵に一番似合うであろう服の組み合わせを挙げていて本当に良かった。


 とは言っても配信ではロングスカートとかのゆったり目のサイズの服が好きで、可愛いというよりは美しい、上品と思える方が好き、とまでしか伝えていないのだが。


 幼馴染の本能で俺の好みを自然と選んでくれたんだろうな。


「おう、よく来たな」


 と若干にやけが隠せないが、別に九重ヤイバの顔に現れる程では無いので気にせず話しかける。


「ヤイバ君のファンなので……」


 こんな完璧な服装で来たんだからさぞかし自慢げだろうと思っていたら、今までの誰よりも緊張していた。お前、水晶ながめとして何度も話してきただろうが。


「だからその恰好で来てくれたんだよな。凄く似合っている、綺麗だ」


 というわけで追い打ちをかけることにした。


 でも一応本心だから適当かましているわけではない。あくまで事実を言っただけ。


「うう……」


 褒められた葵は顔を真っ赤にして蹲ってしまった。楽しいな。


「だから緊張してないで胸を張れ。今のお前はどこに出ても恥ずかしくない、寧ろ誇らしいんだから」


「————!!!!!」


 更に追撃をしてみると葵は声にならない音を発していた。そういう声も出せるんだな。


「ほら、立ってこっちを見ろ。九重ヤイバ様からの命令だ」


 正直このまま反応を見て楽しんでいたいのだが、一応5千円という大金を使ってやってきているからな。良心の呵責というやつである。


「は、はい……」


 俺からの命令とあっては従わざるを得ないらしく、顔を真っ赤にしながらもこちらへとやってきてくれた。


「やあ。名前は?」


 名前はよく知っているが、様式美というものだ。そもそも葵と名乗らない可能性まであるからな。


「羽柴葵です」


 水晶ながめと名乗る可能性もあったが、そちらは選ばなかったようだ。


「そうか、葵。よろしくな」


 俺は出来る限りで最大の笑顔とウインクで返した。


「はうっ!」


 すると葵は狙撃でもされたかのような声を上げた。


「俺の全ての言葉に過剰反応されたら困るんだが」


「と言われましても……」


 そりゃあそうだ。何をしたらどんな反応が来るのか分かってやっているからな。


「まあそれは良い。俺に何をして欲しいんだ?何でも構わないぞ」


「なら、か、可愛いって言って欲しいです」


 さっき綺麗だって言った気もするが、それで良いのか。


「分かった。葵、可愛いぞ。この世で一番お前の事を愛している」


「ありがとう、ございます……」


 物足りない気がしたのでワードを追加してみたら、葵は感激のあまり涙を流していた。


 いくら推しでも泣くことはないだろ。


「喜んでくれて俺も嬉しい。何故————」


「ありがとうございました!」


 俺のどういう所が好きかを聞いてみようとしたら、葵は突然荷物を纏めて外に出ようとした。


「ちょっと待て!!!何故出て行くんだ!」


「時間が来てしまったからです。これ以上は他のファンの迷惑になるので……」


 慌てて引き留めると、そんな回答が返ってきた。律儀すぎる奴だよ葵は。


「別にそんな焦らなくていいんだがな。気遣いありがとう。また話せると嬉しい」


「……!はい!!また!!!」


 最後の俺の言葉に対し、含みを持たせた返事をする葵。


 うん、お前は水晶ながめだからな。いくらでも話す機会はあるもんな。


 これでアキバVtuber祭の中で俺にとって一番のイベントが終了したわけだが、まだまだ仕事は終わらない。


 とりあえずファンとの交流に専念しないとな。






「何故来た!!!!!!」


 そんな葵との交流から10人程過ぎた頃、余りにも見覚えのある顔がやってきた。


「来ちゃった。ヤイバきゅんの恋人です!」


 その顔の持ち主は雛菊アスカ。


「恋人じゃない!!!帰れ!!!!」


「ヤイバきゅんの為に会いに来たのに酷いな~」


 今までの相手は歓迎していたが、こいつだけは歓迎する必要なんてない。


「お前の場合いつでも好きなだけ話せるだろうが!!!」


 モニター越し、オンライン上で話すどころか直接顔を合わせて話せる相手なんだからな。


「まあまあ、客だよ?5千円払ってやってきた客だよ?お客様は神様だよ?」


 そう言ってふんぞり返るアスカ。


「なら料金とここまでの交通費は全て払うから帰ってくれ」


「そんな、殺生な!」


「ファンとの交流イベントにやってくるのが悪い」


「ファンなのに?」


「身内だろうが!」


「ツリッターの裏垢で晒そ……高い金払ってやってきたのに帰れって言われたって」


「そんなことしたら正体は雛菊アスカだって大々的に公表してやるから安心しろ」


「それはご法度じゃん……」


「単なる正当防衛だ。ったく、こうなるのが分かっていて来たんだろ?」


 アスカも一応大学生で、そこまで馬鹿ではないからな。


「もち!ってことで雛菊アスカに愛の言葉を囁いてください!!!」


「それここに来てやることじゃないだろ」


 アスカに指示されたセリフを収録したこの間のアレと全く同じじゃないか?


「アレはあくまでも大衆向けのセリフだからね。今欲しいのは私だけに向けた愛の言葉!」


「そういうものなのか?」


「そういうものなの!!」


「分かったよ。やってやるよ」


「やったあ!!!」


 別に歓迎してはいないが、来てしまったからにはやらないとな。


 というわけで時間制限が来るまで精一杯の愛の言葉を囁いてやった。


「ありがとうございました」


「そうか、次は来るなよ」


 そう言って満足気な顔のアスカを見送った。

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