第10話

 その翌日、


『一真!ボイスを撮るぞ!』


 という連絡によって叩き起こされた。


「はあ……」


 どうやらアスカ達は本当に樹に凸をかましたらしい。行動力の塊過ぎるだろ。


 とりあえず俺は配信部屋に向かうことになった。


 部屋に着いた俺は、リビングで待っていた


「どうしてまたあっさりと受け入れてしまったんだ。俺は毎回嫌だって断ってるだろ」


 そもそも樹自身が撮りたがらないのに俺だけやらせるのは道理が合わないからな。


「そりゃあ勿論水晶ながめ様に直々にお願いされたからに決まってるだろ。頭湧いてんのか?」


 頭湧いてんのはお前だよ。アスカならともかくただのクラスメイトのお願いをころころと聞きやがって。


 しかも様付けに格上げしやがって。


「はあ…… 初めて話してどうだった?」


「女神。めちゃくちゃ優しいし声可愛いし全てが神」


「水晶ながめの対応に違和感は無かったか?」


「神だったくらいだな。あんな出来た人間がこの世に居るとは信じられねえわ」


 どうやらあちら側もぐるぐるターバンの正体に気付くことはなかったらしい。




 どうしてだよ!!!!!




「そうか。残念な奴だな」


「残念とはなんだ!」


「まあいいや。早くボイス撮ろう」


 俺は考えることをやめた。


「んで、台本はあるのか?」


 収録部屋に入った俺は、樹にそう聞いた。


 俺はただ集められただけで準備なんて一切していないからな。しろと言われても絶対にする気は無いぞ。


「ちゃんとあるぞ。ほら」


 渡されたタブレット端末には、30本を超える台本が入っていた。


「『ヤイバきゅんとデート1』ってことはアスカが作ったのか」


 なら30本という台本の量も分かるし、準備が既に済んでいる理由も納得だ。


「ああ。こういう時に備えて日々台本を考えていたんだってさ」


「あいつアホだろ」


 推し事に余念が無さすぎる。


「でも愛は十分に伝わる良い台本だったぞ」


「確かにそうだな」


 何個かさらっと台本を見てみたのだが、どれもこれも俺のキャラクターをしっかり考えて作られた台本だった。


 恋愛風味の台本が多かったのが問題点だが。


「ってことで、やるぞ!」


「全部か?」


「全部だ!」


「ふざけんな!」


 どれも馬鹿みたいに分量があるんだぞ!


「水晶ながめ様の為だ!やれ!」


「バカかお前は!終わるかそんなもん!」



 その後喧嘩のような話し合いが続いた後、数回に渡って収録し別々に売り出すという結論になった。


『じゃあ、ゆっくり寝るんだぞ』


 それから3時間程で一度目の収録が終わった。


「一旦これで終了だね」


「そうだな。多分これで良いだろ」


 一応収録は済ませたものの、ただの高校生二人だけなので上手くいっているのかは分からない。


 歌の場合は上手い下手は聞けば何となく分かるのだが、演技については判断がつかない。


 たまにネットでこの俳優は棒読みだとか下手だとか言われているのを度々見かけるのだが、正直分からない。全員普通の演技じゃないか?


「一応収録したボイスはBGMとかを付けた後アスカに送るね。お礼も兼ねて」


 勿論報酬を渡すことは決まっているのだが、アスカにとってはこちらの方が喜びそうだ。


「分かった。よろしく頼むわ!」


 そのままアスカに連絡し、完成したボイスを送った。



「アスカさん、わざわざここまでする必要ってあるんですかね?」


「勿論、推しには手取り足取り教えて上げたいからねえ」


 そう語るアスカの手つきが非常に気持ち悪い。


 何故Vtuber相手にそんな事が分かるのか。それはアスカが俺と樹の配信部屋までやってきているからだ。


「確かにボイスの手伝いをしてくれることは非常に嬉しいんですけど。色々と問題じゃないんですか?」


 配信業の男女が配信外で会っていることやアスカの恰好、服装、そして装いだ。


「ん、そうかな?」


 と気にした様子の無いアスカ。


 正直目のやりどころに困るんだよ……


 アスカが東京の女子大生で、ファッションとかに気を遣っているって話は聞いていたが、こんな格好だとは思わなかった。


 デニムのショートパンツに丈の短い白いTシャツ。


 アスカはかなり胸が大きい側の人間なので、服が持ち上げられてへそがちらちらと見えている。


 足にへそに胸と目を引く要素が余りにも多すぎる。


「相手は現役の高校生だってことも考えて欲しいよ」


「現役の高校生って言っても推しの九重ヤイバきゅんだからね。全力でおしゃれしてこなきゃだよ、うん」


 と爽やかに笑うアスカ。


 そしてちゃんと顔も綺麗だから目を合わせた時の破壊力が高いんだよな……


「いつも通りの格好でごめん」


 こんなに気合入れて来るって分かっていたら樹あたりと相談して必死でコーディネートを考えていたよ。


「いや、大丈夫。現役高校生の私服、美味しいです」


「それはちょっとよく分からないけど」


「ってかさ、普段の口調と声ってそんな感じなんだね」


「ここはオフラインだからね。どんな事故を起こしても配信に乗ることは無いから」


 そもそも対面で九重ヤイバとして接するのは少し違和感があるしね。


「身バレ対策に関してはどこのVtuberよりもガッチガチだもんね、ヤイバきゅんは」


「だよね……」


 僕はアスカの言葉を聞いて宮崎さんの事を思い出し、ため息をついた。


「何があったの?」


「それはね……」


 水晶ながめ関連は全て伏せた上で、ざっくりとバレた経緯を説明した。


「ははは、その子凄いね。超能力者じゃん!」


 アスカは完全に他人事だと思って笑っていた。


「まあ悪いことには使わないって言ってるから心配は無いし、なんなら歌ってみたを一本作ってくれたから感謝しか無いんだけど」


「歌ってみた出すの?やったあ、楽しみ!!」


「来週までには出るらしいから楽しみにしていてね」


「ヤイバきゅんの歌ってみた、早く聴きたいなあ……」


 と心底嬉しそうにしていた。


「ねえアスカ。俺と直接会っても対応変わらないんだね」


 同性同士ならともかく、Vtuberの異性、ましてや推しの中身と対面したら少しくらい目が覚める気がするんだけれど。


 別に自分を卑下するわけじゃない。単に九重ヤイバが相当に魅力的な見た目をしているからどうしても差が出てしまうだけだ。


「だって推しは推しじゃん。どちらの九重ヤイバきゅんも推せるに決まってるじゃん」


 とあっさり言い切った。確かに声優がアイドルみたいな活動やって絶大な人気を博している時代だし、おかしくはないのか?


「あ、もしかして私のリアル見て幻滅しちゃった?あっちの方がかわいーって」


 変な方向に察してしまったアスカがニヤニヤしながらにじり寄ってくる。


「どう考えても幻滅するわけないでしょ」


 俺はアスカを引き離しつつそう答えた。


 実際かなりの美人だし、モデルですって紹介されたとしても違和感なく受け入れられる自信がある。それ見て二次元の方が……ってなるわけが無かった。


「流石ヤイバきゅん。リアルでもカッコいい!!」


 ああ、この人全肯定オタクなだけだわ。多分今から100㎏の巨漢になって戻ってきてもぽよぽしてるヤイバきゅん可愛い!とか言いそうだ。


「ありがとう。じゃあ早速ボイスの撮り直しをしよう」


 このままだと一生おだてられる展開になりかねないのでぶった切って本題に入ることにした。

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