第9話
ここで一つ疑問が湧いた。
「どうして宮崎さんが作らないの?俺より歌上手いでしょ?」
人気歌い手の方々にも届くくらいには上手い彼女ならば、自分で歌った方が良いものが出来そうだ。
「自分の歌をリピートして聞く程狂った趣味は持ってないわ」
どうやら自分で楽しむために作らせるみたいだ。
「そうなんだ……」
「明日土曜日の20時まで配信はしないんでしょ?それまでみっちりやるわよ」
九重ヤイバのスケジュールを掴まれている以上、俺に逃げ道など無かった。
「この部分は明日や日常への絶望と怒りを表しているからもっと強く歌いなさい!」
「こう?」
「もっと!」
最強の歌ってみたを作ると宣言した宮崎さんの指導は的確ではあるがとても厳しく、尋常ではない量のリテイクを要求された。
12時になっても家に帰してくれる様子は無く、その代わりとして寝床とご飯を提供された。
所謂缶詰である。
「『死線を超えていけ』」
「及第点かしらね。これで一旦全ての収録は終了よ」
「終わった……」
土曜日の17時になってようやく延々と続く収録から解放された。
いや、本当に1分くらいの曲で助かった。3分だったらどうなってたんだろ……
「MIXとかエンコードとか諸々は全て私が済ませておくから後は任せて配信をしに行きなさい」
収録の際に知ったことだけれど、宮崎さんは歌ってみたを投稿するために必要な技術は全てマスターしているらしい。
とはいっても誰かのMIX依頼を受けたりすることはなく、完全に歌ってみた好きの嗜みとして会得しただけらしい。
「うん、そうする……」
そのため俺は宮崎さんに全てを任せ、そのまま配信部屋に向かった。
「じゃあ配信を始めるぞ」
「うん!」
「はい!」
今日はアスカと水晶ながめとのコラボ配信だ。
「今回もカジュアルで特訓だよ!」
挨拶を済ませた後、アスカが今回の配信についての説明をしてからカジュアルに潜ることに。
「二人ってボイス出さないの?」
「ボイスかあ……」
アスカの質問に対し、ながめは複雑なため息を吐いた。
「出さないの?ながめちゃん」
「うーん、出したいとは思ってるんだけど。台本を読むと全部棒読みになっちゃうんだよね……」
と語るながめ。確かに昔から演劇の類は苦手だったな。
「なるほどね~演技って難しいもんね」
「うん。だからしばらくは難しいかなあ」
「そっか。じゃあ気長に待つかあ。皆!いずれながめちゃんのボイスが出るよ!楽しみに待て!」
「んで、ヤイバちゃんは?」
ながめに質問を終えた後、俺に話題を振るアスカ。
「俺は今の所は出す予定は無いな」
金に釣られて配信業を行っている身ではあるが、ボイスまではやる予定はない。
正直ボイスの方が利率は良くて儲けが出るって話はよく聞くが、俺には恥ずかしすぎて無理だ。
アスカはともかくとして、葵が見てるとなれば話が変わってくる。
俺を認識していなくても聞かれているという事実がしんどすぎるからな。
「ヤイバくん出さないんだ……」
若干ショックを受けているながめ。おい、ファン出てるぞ。
「出さない人に言われてもな」
そういう文句は出してから言ってほしいものだ。
「じゃあ私が文句言うよ!何で出さないの!」
そんなことを言っていたらほぼ毎回ボイスを出しているアスカに突っ込まれてしまった。
これはあまりにも迂闊だった。
「といわれてもな。需要無いだろ」
「あるよ!この私に!100万は出せます」
流石にこの手は通用しないか。キャラとは違うが正直に言うか。
「ぐるぐるターバンに後で色々言われるのは目に見えてるからな。わざわざ地雷を踏みに行く気はない」
アスカはぐるぐるターバンのファンだ。こいつを盾にすれば文句が返ってくることはないだろう。
「じゃあターバン先生にきつく言いつけないといけないみたいね!ながめちゃんも手伝って!」
あれ、ファンじゃなかったっけこいつ。
まさかぐるぐるターバンよりも俺への比重が高いのか?
「本気で言っているのか?」
「勿論!ターバン先生はながめちゃんの大ファンだから二人で行けば絶対言うことを聞いてくれるよ!」
「そこまでするか……」
「勿論。ファン筆頭だからね!」
俺はどうしてもボイスを出さないといけなくなったらしい。こうなったアスカは本気だ。じきに樹からボイスを出せと命令が下ることだろう。
「好きにしてくれ……」
俺はそれだけしか返す言葉が無かった。
その後も適当に会話をして、事故も起こることなく無事に配信は終了した。
「じゃあ二人とも、ボイス待ってるから!では!」
アスカはそれだけ言って『rescord』のボイスチャットから抜けた。
「私もヤイバくんのボイス、楽しみに待ってます!」
はあ、どうしたものか。
「宮崎さんからだ」
今後の対策を思案していると宮崎さんから電話がかかってきた。
「もしもし」
何かあったのだろうか。流石にMIXは数時間で出来ることはないだろうし、別件だろうか。
『斎藤君?ボイス出すんだってね?』
この人、配信見てやがったよ。歌ってみたしか聞かないんじゃないのか。
「配信見てた?」
『勿論、面白かったわよ。流石人気Vtuberね』
ってか見てるってことは水晶ながめの正体に気付いたんじゃないか?
「それはありがとう」
『そういえば水晶ながめってあんな子なのね。今日羽柴さんが歌っていた曲の雰囲気からもう少しカッコいい女性だと思っていたんだけど』
「それだけ?」
『ええ。私ゲームにはあまり詳しくないからそれ以上言えることは無いわ』
「そうなんだ」
『話は変わるけど、MIXは早くても三日後になると思う。普通にやるなら一日で終わるんだけど、目的が目的だから。許してちょうだい』
「うん、分かった」
『それじゃあまた何かあったら連絡するわ』
「ありがとう、じゃあね」
『ええ、また』
そして通話が切れた。
俺は大きく息を吸って、
「どうしてアイツの事は誰も気付かねえんだよお前らああああ!!!!!!」
と全力で心から叫んだ。
「どいつもこいつもよ……」
普通100人に聞いたら100人が水晶ながめは羽柴葵って気付くと思うんだが。
そして俺の方の擬態は完璧な筈。なのにどうして俺だけバレるんだ。
この世はあまりにも不平等だ。
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