第8話

 けど皆カラオケの画面を見ていたおかげで気付いていないようだ。ギリギリセーフ。


 葵!それお前のオリジナル曲じゃねえか!!!!!


 隠す気あんのかお前はよ!!!!


『未来を描くのは~♪』


 水晶ながめの歌を聞いたことは無いけど絶対まんま歌っているよなコイツ。


 本当に身バレしないと思ってやってんのか?


 もしかしてギリギリでバレないところを楽しむ露出狂タイプか?


 それでも明らかに駄目なラインを余裕で跨いでいるけど。


『夢に~♪』


 そんな事を考えていたら葵の歌が終了した。


 結果は90点越え。本人だからそりゃそうだ。


 それよりも周囲の反応だ。どう出てくる?


「上手いなあ。この歌好きなのか?」


「そうだね。よく聞いてるから」


「確かに良い曲だよな。カッコいいし」


 とただひたすらに高評価なだけだった。


 バレないのかよ……


 確かに男性陣はオタクではないからVtuberを全く知らない。そして女Vは基本的に男しか見ないため、オタク文化に詳しい人であっても女子なら知らなくてもおかしくはない。


 にしてもだ。一人くらい気づけよ。なんでだよ。


 まあいっか……


 それよりも歌だな。機械が男子側に回ってきたし早く決めないとな。


 と思ったらスマホに通知が。少し確認するか。


『次はこの曲をお願い』


 指定されたのは『KAGIYA』。これもまた俺が歌ってみたで投稿した曲だ。


 まさか……


 恐る恐る宮崎さんの顔を伺う。すると俺にだけ見えるようににこっと笑った。


 何も知らない人が見ればただ微笑んでいるだけだが、今の状況からすると絶対弱みを握って楽しむ悪魔の笑みだよこれ。


 いや、でもまだ偶然かもしれない。うん。声はちゃんと変えているし、指定された曲もただただ有名な曲だ。単に九重ヤイバの選曲と被っているだけだ。


 俺はそう思い込み、無心で歌うことにした。


『じゃあ次は』


『次』


『次』


 結局カラオケ会が終わるまで宮崎さんによるお願いは続いた。


「じゃあな!楽しかったわ!」


「またね」


「じゃーねー!」


「おう、また来週な!」


「バイバイ」


「また明日」


 会計を済ませ、この場で解散することに。


「じゃあ帰ろうか」


「そうだね」


 俺は葵に呼びかけ、そのまま家に帰ろうとした。


「待って、斎藤君」


 しかし、俺は宮崎さんに呼び止められた。


「何?宮崎さん」


「話があるの、羽柴さん、先に帰って貰っても良い?」


 まさか……


「えっと……」


「——」


「分かった。じゃあ先に帰るね!」


 非常に嫌な予感がするので葵には残っていてもらいたかったんだけど、対処法を考えている間に宮崎さんが葵を説得し、帰らせてしまった。


 もう逃げ道がない。


「じゃあ、着いてきて」


 どうやら俺の意思は聞いていないらしい。俺の手を取り、どこかへ向かって行った。


「何故ここに?楽器なんて弾けないんだけど」


 辿り着いたのは音楽スタジオ。よくバンドマンとかが練習に使っているらしい場所だ。


「まあいいから」


 そのまま宮崎さんは俺を連れて中に入る。


「由香ちゃんおかえり」


「ただいま。部屋1つ使うよ」


 すると受付に居た40位の女性が出迎えてくれた。もしかしてここ宮崎さんの家?


「はい。好きな部屋使いなさい」


「あ、こんにちは」


 事情は呑み込めないが、とりあえず挨拶だけはしておく。礼儀は大事。


「こんにちは。由香が迷惑かけてごめんねえ」


「だいっ!」


「ほら、行くよ」


 大丈夫ですよと答えようとしたけど、すごい勢いで引っ張られたせいで遮られた。


「入って」


 そして俺はその中の一室に入らされた。


 中はよく分からない機械でいっぱいだった。唯一分かるのは端にセッティングされているドラムとマイクだけ。


 見る人が見たら凄いのかもしれないけれど、正直どんなものなのか分からない。


「えっと、何故俺はここに居るのでしょうか」


 何か色々と準備をしている宮崎さんに声をかけてみる。


 しかし返事が返ってくる様子はない。


 仕方がないので待つこと数分。


「じゃあ歌って」


 と俺はマイクの前に立たされた。


「何のために?そして何を?」


「『マイロック』よ」


 指定された曲は、1週間ほど前に公開された人気曲だった。九重ヤイバの声質に合っているので歌ってみたを出そうかと考えていた所だった。


「何で!?!?!?」


 それはそれだ。どうして今こんな大層な場所で歌わされる羽目になっているんだ。


「九重ヤイバの歌ってみたを投稿するためよ」


 バレてたの俺だったよ!!!!


 いや、そんな気はしてたけれども!俺よりもバレないといけない女の子が一人いるじゃないか。どうして俺だけバレてるんだよ!!!


「なんで俺の事を九重ヤイバだと思ったんですかね」


 宮崎さんに質問しつつ俺の記憶を必死にたどって考えてみる。樹の借りた家に夜な夜な配信の為に通っている所を見られた?


 それともエピソードトークから?


 色々と思い返してみるも、バレそうなシーンは一度も無い。


 配信に慣れるまでは完全に台本だったし、コラボも全て避けていたので不味かったら先に気付いているはず。


「あの歌はどう考えても斎藤君だったじゃない」


 はい?どういうことさ。


 俺必死に声変えてたんだけど?


 樹から全くの別人だってお墨付きを貰った完璧な作り物ボイスなんだが……


 もっと言えば樹の友人のイラストレーターにもチェックしてもらったうえでOKが出ているんだが。


「全然違うと思うんだけど」


「確かに声はかなり変えているようだけど、私には分かるわよ」


 エスパーですかこの人。


「まあ歌声限定だけどね。たくさん歌を聞いていたら見極められるようになっちゃったのよ」


 そうですね、エスパーらしいです。


 つまりエスパーで感じ取ったから、九重ヤイバの歌ってみたの投稿を手伝ってやろうと考えてくれたわけだ。


「ってことは九重ヤイバのファンなの?」


 念のために聞いておこう。


「違うわよ」


 え……


「じゃあどうしてこんなことを?」


「歌ってみたを作る手伝いをするのが楽しそうだからじゃない」


 とのことだった。


「歌ってみたが好きなんだ」


「ええ、歌ってみたはね……」


 それから楽しそうに語りだした。歌ってみたはプロが歌わない代わりに一つの曲に対する回答をたくさん聞くことが出来る素晴らしい文化だとか、歌は作れないけど歌が上手い人が能力を存分に発揮できるとか色々魅力を語っていた。


 最初は歌ってみたというジャンル自体の素晴らしさを語っていた宮崎さんだったが、途中から好きな歌い手さんの上手い所や魅力にすり替わっていった。


 この人もこっち側の人間だったのか……


「ってことよ。分かった?」


「うん……」


 正直Vtuberだからというだけで歌ってみたを投稿しただけなのでそこまでの熱は無いです。


 確かに歌ってみたが良いものだということは知っているけども。


「というわけだから、あなたの歌声を使って最強の歌ってみたを作るわ」


 と宮崎さんはとても楽しそうだ。

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