第7話
「あ、一真じゃん」
「葵も誘われてたんだ」
そこには葵の姿があった。どうやら今回誘われた女子は葵らしい。
つまりもう一人の女子は葵の友達である川崎沙希だ。
「相変わらず仲が良いね。流石幼馴染!素晴らしい!」
彼女は葵の友達ということもあり、このとおり立派なオタクである。
ふくよかな体型と透き通った綺麗な声、そして明るい性格が特徴。
こういう人は痩せれば美人というのが鉄板だが、まさに事実である。定期的に激やせを果たしているためだ。
その理由はコミケ。美術部で鍛えた強靭な画力を武器に毎回コミケに参加している彼女は、定期的に締め切りに追われている。その際に激やせを果たし、美人になるのだ。
しかしその1週間後には元のふくよかな体型に戻るのだが。どういう仕組みでこうなっているのか分からないが、そういうことらしい。
本人は『オタ活にはエネルギーが必要なの!』と言っているので、真っ当な手続きを経て増減しているのだとは思うけれど。
「全員集まったし行こうよ」
と言うのは海東哲平。爽やか系イケメンのサッカー部エースであり、佐原と良くカラオケに行く人の一人である。
成績優秀スポーツ万能で隙の無いステータスを保有している彼だが、明確な弱点が一つ。
歌が下手なのである。
ならばどうしてカラオケに佐原と頻繁に行っているのか?となると歌唱力向上の為である。
佐原は歌が下手でも楽しく聞いてくれるし、上手くなりたいなら相談に乗ってくれる。歌に悩んでいたらしい海東にとっては神のような存在だっただろう。
それから一気に仲良くなったらしく、よくカラオケに付き合っているのだとか。
「うん、行きましょう」
そんな彼の言葉に同意したのは宮崎由香。佐原と頻繁にカラオケに行くもう一人である。大人しめな彼女ではあるが、どうやら歌っている間は性格が豹変するらしい。
佐原と初めてカラオケに行った際にお互いの歌唱力を認め合い、意気投合したらしい。
佐原が受付を済ませ、そこそこ広い部屋へと案内された。部屋に入った後男子は向かって右側に座り、女子は左側に座った。
「じゃあ歌うわ」
先陣を切ったのは海東哲平。選曲はreeedの『グウゼン』だ。俺たちが小学生の頃に流行った名曲中の名曲だ。
『一人歩いて~♪』
前聞いたときと違って音程が所々合っている。ちゃんと原曲と理解できるくらいの歌にはなっていた。
前はまるで別の曲にしか聞こえなかったから大きな進歩だろう。心なしか海東も楽しそうに歌っている。
結果的には60点代ではあったが、成長を感じられるいい歌だった。
「じゃあ俺だな」
海東の次に歌うのは佐原。今回の選曲は白水か。最近流行りの瑛dismというグループの曲だ。
『夜中に、誰かを知らず~♪』
かなりの頻度でカラオケに赴き、歌っているだけあってやはり歌唱力が高い。
野球部のような風貌をしている佐原だったが、その声はとても透き通っており、心にしみわたる歌だ。
だがしかし、それよりも俺の選曲を考えねば。別にオタバレはしているので特に問題は無いが、Vバレしてはならない。だから歌ってみたで出した曲は論外で、今後九重ヤイバが歌いそうな曲もダメ。
しかし、オタクじゃない人達が好んで聞くような歌手をあまり知らない。そのため、選曲はかなり限られている。
そこで選んだ曲は水没。最近パン図レンジが出した新曲だ。歌ってみたを出そうと考えていたが、PVを1から制作するのが余りにも大変ということで没になった一曲だ。
曲を決め、予約をしたタイミングで佐原が歌い終えた。なんと96点。流石に高得点だったので拍手が起きる。
『戻ってきた昼~♪』
何度も聞いた曲なので特に困ったことも無く、無事に歌う。周囲の反応的にも悪くないだろう。
葵も俺の正体に気付いた様子は無い。擬態は完璧だ。
「ふう」
歌いきったことによる満足感と、歌でもバレなかったという事実への安心感で思わず一息ついた。
「やるじゃん斉藤!うめーよ!」
俺の歌を初めて聞いた佐原がテンション高めに褒めてくれた。歌が上手い佐原に言ってもらうのはお世辞であれ嬉しい。
「ありがとう」
男子が一通り終わったタイミングで次は女子の番だった。
『間違いとは、愚者とは、それが何か~♪』
最初に歌ったのは宮崎さん。最近話題の女子高生シンガーのドアさんが歌っていた人気曲だ。
噂通り、大人しい宮崎さんから一変し、激しい歌い方をしている。シャウトやらデスボイスやらを組み合わせ、とにかく圧を感じた。
確かに歌唱力がかなり高い。下手に使ったら曲を駄目にしかねない技術を巧みに使っている。ひたすらに透明感のある綺麗な佐原君とはまた異なる上手さだ。
この二人が歌ってみたを投稿したら絶対人気出ると思う。
そして次は我が幼馴染であり、ある意味問題児の葵の番。
『独裁者を倒したらね、まずは~♪』
選曲はなんとシルブプレジスタンス。A角さんが歌っていた人気曲。チックタックで皆が躍り出して爆発的に流行した曲だ。
確かにオタク以外も知っているし、皆好きだから無難な選曲であることは間違いない。
ただな、水晶ながめとして歌ってみたを投稿した曲を選ぶのはどうなんだよ。
まあ俺以外気付いていない様子だしいいけれどさ。
最後は川崎さん。
『この世でスイカより綺麗な玉は無いわ~♪』
選曲はフォニア。最近流行っているボカロ曲だ。軽快なリズムが特徴の神曲だ。
個人的には今年一番のボカロ曲だと思う。
にしても声良いよなこの人。一切訓練していないはずなのにまるで声優かと聞き間違うほどの美声を出している。
いずれ配信者になって欲しいなあと思うけれど、二次創作を書くのが好きだからってやらないだろうな。
川崎さんが歌い終わったタイミングで飲み物を補充するべく部屋を出る。
海東が選んだ曲の前奏は馬鹿みたいに長いはずなのでゆっくりしていても間に合うだろう。
「斉藤君、ちょっといいかな」
好物であるトルピスを注いでいると、宮崎さんが話しかけてきた。
「何?」
突然なんだろうか。まさか歌がまずかったかな?
「ちょっとこの曲を歌ってほしいんだけど。知っているよね?」
とスマホの画面を見せてきた。そこにあったのはかなり前に流行ったボカロ曲である『ハイパー大天才』。
「え?知っているけど、どうしたの?」
勿論よく知っている。だってVtuberなりたての頃に歌ってみたを投稿したから。
でも流石に知らないよな。再生数も今ほど伸びる前だったし旬も過ぎていたから左程伸びているわけじゃないし。葵なら知ってそうだけど。
「佐原君は自分の声質にあった穏やかな曲しか歌ってくれなくて、こういう曲を歌ってくれないから」
「なるほどね。いいよ」
だからといって海東に頼んでもアレだし、そこそこ上手い俺に白羽の矢が立ったってことか。
「やった、ありがとう」
宮崎さんは嬉しそうに笑った。
この人も佐原同様人が歌っているのを聞くのが好きなんだな。
そのまま部屋に戻った俺は約束通り選曲し、歌った。
歌っている最中に宮崎さんの様子を見てみると、笑顔で頷いていた。
要望に応えられたようで何よりだ。
そのまま次は宮崎さんが歌い、葵の番になった。
確か予約していた曲はFortune visionだったか。アニメのOPとかかな。
「ぶっ!」
採点画面から切り替わり、次の曲の詳細が表示された瞬間、思わず吹き出しそうになった。
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