第6話

 翌日。学校に来た葵はずっとニコニコだった。誰がどう見ても最高に機嫌が良いと答える位には。


 人によっては宝くじで100万とか当たっただろとか言いそうなレベルだ。


 そんなに推しとコラボすることが嬉しいのか、葵よ。


 学校に居る間、何回かどうしてそんなに機嫌が良いのかと聞かれていた。


 一応適当な理由をつけていたけれど、度々ヤイバって言葉が出かけていたのは聞き逃さなかった。


 よくもまああの様子で隠しきっているものだ。



 学校で機嫌が良いということはつまり家でも馬鹿みたいに機嫌が良いということで。


「何かあったの?」


 飯時もその調子だと凄くむず痒い。


「いやあ、ガチャで良いのが当たってねえ」


 それでその顔はあり得ないだろ、葵。


 そもそもお前は重課金だから当たる当たらない以前だろうが。


「関係ないけど、昨日九重ヤイバって人の配信を見たよ」


 前置きに反して、めちゃくちゃ関係性が深い事に話題を持って行った。


「え!見たの!?!?!?!?」


 葵の機嫌は一瞬でどこかに飛んでいき、焦りに変わっていた。


「勿論、葵に勧められたからね」


 それはもう画面に張り付くように。自分だもの。


「あ、そうなんだ、嬉しいな。で、どうだった?」


 自分の推しを見てくれて嬉しいという気持ちも若干はあるようだけれど、それどころじゃないという感じだった。


「とても面白かったよ。配信上だと初対面って言っていたけどそれを感じさせない位に掛け合いが良かった。特に雛菊アスカさんだっけ?色々と全開で笑ったよ」


 とあくまで俺は知らないですよ?という体で話してみることに。


 敢えて水晶ながめについての言及は避けている。


「だよね!ヤイバくんとアスカちゃんの掛け合いは昔から評判なんだ。ぐいぐいアプローチをするアスカちゃんとそれをバッサリ切り捨てるヤイバくん。だけどヤイバくんはヤイバくんで本気で嫌っているわけはなくて仲良くしているのがてえてえだよ」


 そうしたらテンション高い返答が来てしまった。どうやらオタクスイッチに火をつけてしまったらしい。


「確かにアスカさんは常にお前の事が大好きだ!って感じだったしね」


「でしょでしょ!」


 葵は非常に楽しそうだ。しかし俺は昨日の配信で植え付けられた胃痛の恨みがあるんだ。


「そういえば、ヤイバさんとながめさんって同い年なんだね」


 ストレートに水晶ながめというVtuberに触れることにした。


「た、確かにそう話していたね。でもVtuberだから年齢は本当か分からないよ?」


 露骨に動揺しだした。この葵を見ていると楽しくなってくるな。


「そうかなあ?出てくる話の内容を聞いている感じ、アスカさんは成人したての大学生っぽかったけどながめさんとヤイバさんは現役高校生っぽくない?」


 葵は俺がアスカの事を知らないと信じているせいで、アスカだけでなく二人の年齢について確信を持って話しているのではないかと思わせられる。


「そ、そう?気付かなかったなあ~」


 ついに葵の目があらぬところに泳ぎ始めた。


 事態の収拾をするために集中しているせいでご飯を箸で取るためのエイムがあっておらず、虚無を口に運んでいた。


「それに制服が同じタイプのものらしいね」


 そのワードを聞いた葵はギクッ!って声に出そうなくらいに跳ね上がった。


「水晶ながめさんの事務所が東京らしいし、もしかしたら同じ学校に通っているとかあるかもしれないね!」


 ここが畳みかける好機だと判断した俺は、無茶苦茶な論理で確信を突く発言をしてみた。


「そ、それは夢が広がるね。も、もしヤイバ君と同じ学校だったら幸せだな~」


 アホみたいに動揺していらっしゃる。遂には箸を手に掴むためのエイム機能すら停止し、虚無で虚無を掴んでおられる。


 いや、あの葵だからそんなことはないか。多分落語の練習でもしているんだよきっと。志が高いなあ。


「ま、同じ東京在住の高校生だったとしても高校は星の数ほどあるし、そんな偶然は無いよね」


 これ以上やると空気椅子でも始めそうな勢いなので勘弁しておくことにした。


「ま、そうだよね!確率的にありえないよね!」


 露骨に安心した表情になる葵。どうやら乗り切ったと本気で思い込んでいるらしい。


 これだけやってもバレていないと思い込む当たり、色々と抜けているというか、バーチャルを信じすぎているというか。


 まあその様子が非常に可愛らしくて面白いから良いんだけど。今日も良いあわてっぷり、非常に満足でした。


 ちなみにそれ以降水晶ながめの配信における身バレへの警戒度が上がったのは言うまでもない。




「カラオケ行こうぜ!!」


 放課後、そのまま家に帰る予定だった俺と樹にそんな声がかかった。


 その声の発生源は佐原将。あまりにもカラオケが好きすぎる男で、噂だと年に100回は行っているらしい。


「どんくらい来るの?」


「二人を除いたら5人だな」


 恐らく佐原といつもの二人+今回誘った女子二人という構成だろう。


「じゃあ行こうかな。樹は?」


 今日は配信する予定も無いし、特に断る理由も無いので参加することに。


「俺は今日忙しいからパスで」


 樹は申し訳なさそうな表情で謝った。多分イラストレーター業の締め切りが近いのだろう。


「おっけ、突然誘って悪かったな」


「また今度誘ってくれ」


「おう、今度な」


 そのまま樹は急いで教室を出て行った。


「じゃあ行こうぜ」


「そうだね」


 俺たちは他のカラオケに行くメンバーの元へ向かった。

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