のーぺーじ
公園の一件。
あまりに理解を超えた事態を前に思考は欠片も纏まらず、気付けば足は家にまで辿り着いていた。
「……はあっ」
何かを言ってきた気がする姉の声を通り過ぎ、自分の部屋の椅子に座ってため息を吐く。
いっそ夢だとか幻覚だとか、そんな世迷い言の類で括った方がまだ脳に優しい現実。
けれどもそれは通らない。無意識に持ってきてしまった袋の中身が、先ほどまでの事実を嘘にさせてくれないからだ。
さっきのってキス……だよな。
浮ついた心のまま唇を触りながら、呼び起こされる記憶に言葉を付ける。
キス、接吻、口づけ、肉体接触。
いずれも普通以下の十五才には縁遠いもの。現に一日前の俺であれば、感情表現できる嗤って蔑んだ事であろう信じがたい行為でしかなかったこと。
それくらい
少しでも冷静になれるようにと、机の上に転がっていたシャーペンを手に取る。
慣れた手つきでペンをくるくると回していく。
思考を捨てて時間を飛ばす暇潰しの奥義。中学時代の暇な時間や嫌な空気を通り過ぎるためのとっておき。
けれども思考が消えることはない。
脳裏に残り続ける黒髪の彼女の見せた笑顔が、初めて見る女の顔をした女性が今もなお冷静になることを許してはくれなかった。
名前を聞いたことはない。あれほどの美少女、もし出会っていれば忘れることなどありはしない。
──百パーセント初見の女性。それが今分かっている情報から導き出される結論。
そもそも歳だって同い年ではなく、一個くらいは上かもしれないと思ってしまうほどに、俺と彼女の雰囲気は違っていた。
女慣れしていないせいでそう感じただけかしれない。けれどあの瞬間、彼女は俺の理解の外の存在であったのは確かだと思う。
──だが、それでは彼女の言と決定的に矛盾してしまう。
彼女は俺を知っていた、それは何となく理解できる。
名前の把握から好きな菓子の種類の選定。いずれも初対面の人間であればまず不可能、けれど彼女はそれを何てこともなくやってのけたからだ。
後者だけなら偶然なのかもしれない。前者だけなら知っている人間に聞いた線もなくはない。
けれど、その両方を熟す可能性はないと言い切れるほどに少ないはずだ。
そもそも、俺を知っている人間などあの学校にいるわけがない。
俺が通う高校は、卒業した中学の決して近くはない位置。地元に同レベルの高校がある以上、わざわざこっちに来る奴がいるとは思えないからだ。
それに、例えこの学校に進学していてたとしても俺の名前を言えるわけがない。
何故なら中学時代の俺はぼっち。クラス内ですら碌な会話もせず、かといっていじめられていたわけでもない空気同然の存在。
こちとら教師にすら間違えられた経験があるくらいだ。……まあ、あれは貶し目的の皮肉だった可能性がなきにしもあらずだが。
ともかく、肝心なのはそれくらい無味だった俺のことを知る奴など、身内──姉以外にはいないということ。少なくとも、菓子の好き嫌いなぞ誰にも話したことはないはずだ。
「……じゃあ何なんだ?」
そこまで考えた後、最初の疑問が一周して帰ってくる。
結局なにもわかっちゃいない。もう知らないってことで放り投げた方がいい気すらしてくるほどに、手詰まりどん詰まり行き止まりって感じだ。
思い返せる限りで覚えている事と言えば、後は容姿くらいか。
上質な墨のように混じり気のない黒い髪。俺よりちょっと高い身長に見合うスタイルの良さ。一瞬、確かに見えた目のハートらしき模様。……目のハート?
喉にい 公園の一件。
あまりに理解を超えた事態を前に思考は欠片も纏まらず、気付けば足は家にまで辿り着いていた。
「……はあっ」
何かを言ってきた気がする姉の声を通り過ぎ、自分の部屋の椅子に座ってため息を吐く。
いっそ夢だとか幻覚だとか、そんな世迷い言の類で括った方がまだ脳に優しい現実。
けれどもそれは通らない。無意識に持ってきてしまった袋の中身が、先ほどまでの事実を嘘にさせてくれないからだ。
さっきのってキス……だよな。
浮ついた心のまま唇を触りながら、呼び起こされる記憶に言葉を付ける。
キス、接吻、口づけ、肉体接触。
いずれも普通以下の十五才には縁遠いもの。現に一日前の俺であれば、感情表現できる嗤って蔑んだ事であろう信じがたい行為でしかなかったこと。
それくらい
少しでも冷静になれるようにと、机の上に転がっていたシャーペンを手に取る。
慣れた手つきでペンをくるくると回していく。
思考を捨てて時間を飛ばす暇潰しの奥義。中学時代の暇な時間や嫌な空気を通り過ぎるためのとっておき。
けれども思考が消えることはない。
脳裏に残り続ける黒髪の彼女の見せた笑顔が、初めて見る女の顔をした女性が今もなお冷静になることを許してはくれなかった。
名前を聞いたことはない。あれほどの美少女、もし出会っていれば忘れることなどありはしない。
──百パーセント初見の女性。それが今分かっている情報から導き出される結論。
そもそも歳だって同い年ではなく、一個くらいは上かもしれないと思ってしまうほどに、俺と彼女の雰囲気は違っていた。
女慣れしていないせいでそう感じただけかしれない。けれどあの瞬間、彼女は俺の理解の外の存在であったのは確かだと思う。
──だが、それでは彼女の言と決定的に矛盾してしまう。
彼女は俺を知っていた、それは何となく理解できる。
名前の把握から好きな菓子の種類の選定。いずれも初対面の人間であればまず不可能、けれど彼女はそれを何てこともなくやってのけたからだ。
後者だけなら偶然なのかもしれない。前者だけなら知っている人間に聞いた線もなくはない。
けれど、その両方を熟す可能性はないと言い切れるほどに少ないはずだ。
そもそも、俺を知っている人間などあの学校にいるわけがない。
俺が通う高校は、卒業した中学の決して近くはない位置。地元に同レベルの高校がある以上、わざわざこっちに来る奴がいるとは思えないからだ。
それに、例えこの学校に進学していてたとしても俺の名前を言えるわけがない。
何故なら中学時代の俺はぼっち。クラス内ですら碌な会話もせず、かといっていじめられていたわけでもない空気同然の存在。
こちとら教師にすら間違えられた経験があるくらいだ。……まあ、あれは貶し目的の皮肉だった可能性がなきにしもあらずだが。
ともかく、肝心なのはそれくらい無味だった俺のことを知る奴など、身内──姉以外にはいないということ。少なくとも、菓子の好き嫌いなぞ誰にも話したことはないはずだ。
「……じゃあ何なんだ?」
そこまで考えた後、最初の疑問が一周して帰ってくる。
結局なにもわかっちゃいない。もう知らないってことで放り投げた方がいい気すらしてくるほどに、手詰まりどん詰まり行き止まりって感じだ。
思い返せる限りで覚えている事と言えば、後は容姿くらいか。
上質な墨のように混じり気のない黒い髪。俺よりちょっと高い身長に見合うスタイルの良さ。一瞬、確かに見えた目のハートらしき模様。……目のハート?
「……あっ」
ふと、何かが脳の中で小骨のように
つい最近に聞いたことがあるような気がしなくもない既視感。、目のハートなんて、それこそ二次元にしか存在し得ないというのにだ。
どこだ、どこの記憶だ。
アニメ、小説、家族との会話。……違う、そこら辺からではないのは何となくわかる。
多分そこまで遠くない、どれほど遠くであろうと中学の卒業式が終わって数日間がピーク。
けれどその間俺がやっていたことと言えば、動画視聴とネットの海に
「……都市伝説、あれか!」
降って湧いた閃きと共に、だらりと背もたれに寄っかかっていた体が一気に跳び上がる。
そうだ。都市伝説、昨日見ていた馬鹿馬鹿しい暇潰しのサイトだ。
確か名前は愛の病とかそんな名前だったやつ。流し見していた中でも、断トツにくだらなかったあの話だ。
すぐさま机のパソコンを起動させ、立ち上がると同時にインターネットを開いて履歴を確認する。
違う違う違う……あった、これだ!
いつもなら考えられない機敏さでマウスのホイールを回し、名前を見つけて強くダブルクリック。
昨日と違って中々表示されないページ。
昼は重くなるほど閲覧数の多いサイトってわけでもないだろうに、どうしてこんなに立ち上がるのが遅いんだよ。
指で机を
「……あ?」
何秒経ったか。ようやく開いた画面を前に、俺は思わず声を漏らす。
画面に出てきたのは求めていた怪しさ全開のページではなく、数文のみが記されたほぼ白紙のページ。
──このサイトにはアクセスできませんと、あるはずのものがないという事実しかなかったのだ。
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