太陽のプディング・タルト

食堂の片隅でフッサがコーヒーを飲んでいると、サヤマがドルチェ皿を手にやって来た。向かいの席に座ると、フッサの前に皿を置く。


師匠マエストロ。もういいんですか」

「ああ、やっとひと段落付いた。お前も食え。太陽のプディングブディーノ・デル・ソーレだ。うまいぞ」


手のひらに載るサイズに焼き上げられたタルトの中に、鈍く黄色に輝くプディングが詰められている。その表面には所々に茶色の焦げ目が。脇のポットにはカラメルソースが添えられていたが、フッサはそのままタルトを手に取り齧り付いた。


うまいボーノ

「当たり前だろ。誰が焼いたと思ってんだ」


サヤマは胸を反らして腕を組む。


「濃厚で舌触りはなめらか。何と言っても玉子の香りが強い。うまいですね」

「ご希望通り、黄身ロッソしか使ってないからな。あとは牛乳と砂糖だけだ」

「タルト台もサクサクだ」

「それか。本当はプディングをガラスのカップに入れたかったんだよ。どう考えてもその方が綺麗だろ? だが奴らにカップだのスプーンを渡した日にゃ、食い終わった後にどこに投げ散らかすかわからねえ。だから、泣く泣くタルト焼いて詰めたってわけだ。それなら捨てようがねえ。ほれ、カラメルもかけろ。自信作だ」


ポットを傾けると、飴色の光を放つカラメルがゆっくりとプディングに垂れ、じわり、じわりと小さく弧を描いて広がっていく。


フッサは零れ落ちないうちに、慌てて頬張った。ほろ苦くて、甘い。濃厚なプディングとカラメルがマッチして、口の中が一気に騒がしくなる。ひとしきり堪能すると、コーヒーが飲みたくなった。


「いや、本当においしいデリツィオーゾ。腕上げたんじゃないですか、師匠」

「なに、頼もしい後継者ができたからな。俺はもう隠居みたいなもんだ。暇つぶしに毎日連中の飯を作って、ドルチェを作って。そりゃ腕も上がるってもんだ」

「腹も出てきましたけどね」

「ハハハ。違いねえ」


2人は笑ってコーヒーを口にした。ふと、フッサは目の前のタルトを見つめる。


黄身ロッソだけのプディング、か。濃厚で力強い。……やっぱり、同じウォーヴァから出た身なのに、白身ビアンコとは役者の格が違うんですね」


黄身ロッソ白身ビアンコ、ナッシモとフッサ。2人は同じ親から産まれた兄弟だった。まだ幼い頃、両親はマフィアの抗争に巻き込まれて死亡した。孤児院へと送られた兄弟を引き取って育ててくれたのが、ホッヅォ家のドン、ヴィットーリオだった。


兄弟は家族同然に育てられ、ナッシモはファミリーの仕事を手伝うようになり、フッサは稼業とは離れて勉学に励んだ。


兄のナッシモは、明るく、真っ直ぐな気質でファミリーの皆から慕われていた。気持ちの良い男っぷりに腕っぷしの強さ。普段は人懐っこいが、激すると周囲が驚く程暴れまわる。いつしか、「太陽ソーレのナッシモ」と呼ばれ、一目置かれるようになった。さらにヴィットーリオに養子に迎えられてからは、ホッヅォ・ファミリーの幹部カポの一人、「ナッシモ・『ソーレ』・ホッヅォ」としてファミリーになくてはならない存在となっていた。


一方、弟のフッサは、おっとりとして物腰のやわらかい気質だった。ヴィットーリオの意向もあり、ファミリーから離れて留学すると、弁護士の資格を取って帰国した。だが、身に着けた思慮深く如才ない振る舞いは、「俺たちのナッシモがもう一人増える」と期待していたファミリーにとっては肩透かしとなった。「太陽のナッシモ」と比し、「ルーナのフッサ」と揶揄する者まで現れた。


フッサは両親の性をそのまま名乗り、「フッサ・『ルーナ』・ファブリ」として相談役コンシリエーレのサヤマへと預けられ、ファミリーとは少し距離を置いた立場で事務的な仕事を任されるようになった。


フッサはサヤマに鍛えられ、着実に仕事をこなしていった。ファミリーの収支の管理から、シノギの収益予想、トラブルの法的解決アドバイスに事後処理。次第にヴィットーリオの信頼を得るようになり、遂には隠居したサヤマの後を継ぎ、相談役のポジションを任されるほどになっていた。


だが、ファミリーからの信頼は、ヴィットーリオからほど厚くはない。口うるさい若造が理屈を捏ねて邪魔をして来る、くらいに思われているフシがある。そこに来て、今日のだ。ドンに提案し、了承を得たとは言え、楽しい誕生日の席で敵対ファミリーに白旗を上げる話をしたとあれば、血の気の多い連中が反発するのも無理はない。


フッサなりに信念を持ち、覚悟を決めた行動だったが、やはり自分には荷が重かったのだろうか。いや、これしかない。だが……。フッサはタルトを見つめたまま考え込んでいる自分に気づくと、自嘲気味に笑って首を振った。


「すみません。ちょっと考え事を。ご馳走様でした。俺は仕事に戻ります」

「まあ待て、フッサ」

「何でしょう」

「もう1品食ってけ。自信作があるんだよ。今持ってくるから新しいコーヒー淹れて待っててくれ。俺の分も合わせてな」


サヤマは返事を待たずに立ち上がる。ウィンクをひとつ飛ばし、「濃い奴頼むぞ」と言い放つと、意気揚々と席を離れた。


「呑気にドルチェを食べている気分じゃないが。……もう一品か。師匠、今度は何を作ったのやら」


フッサは何度目かのため息を吐くと、コーヒーカップを手に立ち上がった。

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