第3話
「……気づかなかった私も悪いと言えば悪いのだが」
俺がコケッコ狩りを始めてからしばらく時が経った。
現在俺は草原に正座させられており、先輩にため息を吐かれている。
チャット機能を使えば起こらなかった問題なのに、起きてしまった。
全ては俺の無駄なまでの集中力が原因だった。
「報連相は大事にしてくれ、ゲームでもな。そうでないと、楽しめない時間が増えるぞ」
「はい……すみませんでした」
今の俺のレベルは6まで上がっていて、目標の3の倍まで来てるんだから本来は喜ぶべきだろう。
でも、先輩は3まで上がったらと言っていた、つまりそれ以上やるなって事でもある。
なのに俺は、久しぶりにVRゲームで遊ぶことの楽しさを見出せていたからか、気が付くと辺りのコケッコを倒しまくっていた。
剣や盾を最大限駆使して、上がるだけレベルを上げようとしていた。
で、今のレベルに至り、コケッコの肉だって10個も集まったのだが。
「まさか、武器を壊すまで狩りに熱中するとはな……何がお前をそこまで突き動かしていたんだ」
「いや、その、ホント……マジ、すみません」
いやまぁ、武器が壊れたくらいなら買えばいいだけの話だろう。
だがそれはある程度ゲームを進めてからか、他のゲームでの話だ。
SBOは最初期に購入して使えるような武器はぼったくりも同然であり、買う意味はない。
何故かと言うと、最初に買える武器は俺が壊した初心者用シリーズ、即ち初期武器と性能はほぼ同じだ。
それでいて、初期金額を全部突っ込んでようやく買えるだなんて酷いもんだ。
「まぁいい、どうにか出来んこともないしな……ブレイブ、お前はステータスポイントをどんな風に振り分けている?」
「ええと、最初はSTRに30振って、レベルが上がってからはそこに5ポイント入れました。
んで、MNDの方が不安だったんで余った3ポイントをそこに……ってとこです」
さっきヘルプを見てわかったが、レベルは1個上がるたびにステータスポイントが貰える。
自分のレベルが奇数になると1ポイント、偶数になると2ポイント貰えるみたいだ。
だから俺は現在のレベルが6なので、ステータスポイントは8ポイント増えた。
そのポイントを、俺はSTRとMNDに突っ込んだ。
理由としてはさっきまで使っていた盾では、MNDの上昇がVITの分の半分しかないからだ。
防御系は出来れば均等に上げたい所だしな。
「まぁ仕方がない。序盤で使うには持ってこいの片手剣と小盾が貰えるクエストがあったが素手ではクリア出来ぬし、やるには武具を購入するしかない。
だが、無駄に金を使わせるのも可哀想だから私がやってやる。キャラクター帰属のアイテムでもないからな」
先輩はそう言ってから、俺を立たせたと思うと歩き出した。
草原の方をずっと進んで行くのか?と思いつつ俺は先輩についていく。
「一つ先の村で真っ先に受注できるクエストだ。
このクエストは至ってシンプルなクエストだし、片手剣使いなら持って来い、だ」
先輩は歩きながら俺に説明しつつも、アクティブモンスター……いわば積極的に襲い掛かってくるモンスターを、流すように刀で斬っている。
その太刀筋はリアルで見た竹刀捌きとは全く違うものだ。
リアルの竹刀捌きは速さを極め抜いたような剣技で、真っ直ぐに相手を潰す意志が感じられるが、SBOでは魅せるような剣技が本人の美しさと相まって更に美しい。
ここまで綺麗に刀の振るい方を分けていられるのは凄い、俺じゃあ到底出来ないぜ。
「ついたぞ。ここで、新しい片手剣である【アイアンソード】を手に入れるための依頼を受ける。
今回は私が達成するため、私が受けておくが予備を手に入れておきたいのなら、二回目以降は自分で受けるように」
「あぁ、はい。わかりました」
俺は先輩が村の入り口を守っている守衛と会話する様子を眺めている。
まぁ、会話と言っても特定の単語を出して出てくるクエストフラグを見つけるだけなんだがな。
それでクエストを受けるか、と言うパネルが出てきたところで、はいかいいえを押すだけ。
大体のVRMMOがそうだし、先輩も現在そうしている。
「よし、このクエストの内容はさっき私が倒した、ファスト・ボアと言うモンスターを五体倒すことだ。
ファスト・ボアは基本的に突っ込んでくるだけで、横か後ろから攻撃すればノーダメージで倒せる。
この辺りはモンスターのAIが簡単に組まれているから、初心者にも安心だ」
先輩はそう解説しつつ、どう見ても人の手で行ってるようには見えないような動きをし始めた。
居合の構えを取ったと思うと先輩は閃光のように速く駆け抜け、あっという間にファスト・ボアとやらを倒していた。
茶色の毛皮をし、白い牙を生やしたイノシシはポリゴンとして砕け散る前から既に真っ二つになっている。
……あのイノシシも肉をドロップするんだろうか。
と言うか、今の先輩の動きは何なんだ?ゲームだからスキルだとは思うけど。
STRとAGIの二つだけにステータスを特化させたりすれば、あんな風に動けるんだろうか。
「先輩、そのスキルって――」
「あぁ、このスキルは私の持つ刀の固有スキルだ。
少なくとも現段階では激レアドロップの刀故、スキルも魅力的でな。
クールタイムはたったの十五秒にして、この威力と速度を出せるからついつい使ってしまう。
尤も、出せる速度はどれだけAGIを上げても固定されるんだがな」
「なるほど、道理でそんな速いわけだ……」
実際の所、俺が見た時先輩の姿は一瞬ブレたら消えた。
瞬間移動にも等しいスキルだし、囲まれた時とかは離脱出来そうだ。
……俺も先輩の域までに達することが出来たりすれば、手に入るもんかと信じたい。
で、先輩はそう解説しながらもファスト・ボアをぶった斬っている。
「で、だ。ここで一つ、ちょっとした隠し情報だ。
これはあまりオープンにされてはいないがな」
先輩は先ほど倒した、ファスト・ボアをもう一匹指し示した。
さっきのスキルと、解説しつつ斬った時に既に五体倒したと思うんだが。
先輩はその辺の小石を拾って、俺に手渡して来た。
「ほら、ブレイブ。これをアイツにぶつけてみろ、思い切り、な」
「ええ?俺、石とか投げるの苦手なんすけど」
「まぁ、いいからまずは投げてみろ!」
「わかりましたよ、外しても文句言わないでくださいよ」
俺は仕方なく先輩から渡された小石を握って、ファスト・ボアを見つめる。
それで、野球で投手がボールを投げる時の動きを思い出してみる。
確か……左足を上げて、右手で振りかぶって投げるんだったっけな。
「くーらー……えッッッッ!」
俺はこのゲーム内で持てる力の全てを石に込めて、投げた!
すると、石は風を切りながら進んでいき、ファスト・ボアの尻にバシンと音を立てて当たった。
尻の方にダメージエフェクトが出て、ファスト・ボアのHPバーが二割ほど減っている。
今の俺は剣を装備していないから、攻撃力が下がっているはずなんだが。
「で、先輩……あのイノシシ、なんかこっち見てるんすけど」
「よし、このまま村まで一定の距離を保ちながら逃げろ。
離れすぎるとタゲが外れるから、慎重にな」
「いや、なんすかそれ……なんか変なことしようとしてないでしょうね、先輩」
先輩は駆け足のように足を運びつつも、ゆっくりと距離を離している。
ファスト・ボアの突っ込んでくる速度は、俺の全力ダッシュと同じくらいかどうかは知らないが……今の俺にとってはとんでもない速度で突っ込んで来たぞ、ファスト・ボア!
「うおおおおおお!ヤベェッ!」
「あははは、そう言えばブレイブとファスト・ボアじゃまだAGIにそこまでの差はなかったな!
ま、レベル6程度で並走できるのは十分凄いことだ!誇るといいぞ!」
「ひいいいいい!なんてことさせてくれたんすか先輩!」
いくら相手がポリゴンの集合体、AIを組まれたデータに過ぎないとわかっても怖い!
ちょっと前に家族で田舎の方に行った時、イノシシが木をへし折った瞬間を見たのを思い出して来た。
あの時の勢いはマジでビビった。
俺の身長の何倍もある木が下の方からポッキリといった瞬間、若干パンツが濡れかけたくらいだ。恐怖で。
「クソッ、村まであと少しだ!」
村まであともう10メートル程と言ったところで、ファスト・ボアの牙が俺の尻にコツン、と当たった感触がした。
マズい、早く逃げないと轢かれて結構なダメージ食うぞコレ!
よく考えなくても、今の俺は盾を装備してないし防具だってただの服!
「くっ!ヤベ――」
『とぉりゃぁっ!』
俺がファスト・ボアに追いつかれ、そのまま腰から突き飛ばされて吹っ飛んでいくかと覚悟した時。
村の入り口を守っていた守衛のNPCが動き出し、素早い動きで剣を抜いてファスト・ボアの首を刎ねた。
「……え?」
「よし、ナイスだブレイブ」
唖然とする俺の前で、先輩は守衛とまた話し始めてクエストを終えたようだった。
すると、先輩は俺の前でメニューを操作して俺に向けて一本の剣と一つの盾を差し出して来た。
剣は俺が先ほど使っていた初心者用片手剣よりも頼りがいのありそうな作りだ。
小盾も、先ほど使っていた初心者用小盾よりも大きく厚みのある盾だ。
「ファスト・ボアの最後の一体目を守衛に倒させてからクエストを報告するとこのように報酬を少し増やして貰うことが出来る。
しかも選択式だ。だから、こうしてお前に盾までプレゼントすることが出来たんだ」
「さ、最初から言ってくださいよ、ソレ……」
マジでビビった。
イノシシに関してはいくらVRだからと、出来れば近づきたくないもんだし、追っかけられるなんて尚の事嫌だったし。
リアルでの思い出と言う名の恐怖がなくならない限り、イノシシに突撃されたショックのあまり回線が落ちてたかもしれん。
VR機器はダイブしている本人が錯乱したり、脳波が乱れまくったりすると強制的にログアウトしたりする。
病気を抱えている人とかのためでもあり、ゲーム内で恐怖を感じるくらいの酷いことを受けた人用だったりするが……
こういう風に何らかのトラウマみたいなのを抱えている人でも、そのシステムが発動したりする。
まぁ、今回は起きずに済んでよかったが当分はイノシシと戦うのはナシにしたい。
「まぁなんにせよ、今のお前は晴れて剣と盾をまた手に入れられた。
それでいいだろう?あとはまたレベリングと行きたい所だが、この村で似たような討伐系クエストで胸当てと靴を手に入れられる。
それをこなしたら、私がちょっとしたご褒美をやろう」
そう言って、先輩は村の中から俺を手招きする。
俺は片手剣【アイアンソード】と小盾の【アイアンバックラー】を一度ストレージの中に入れて、その後は装備欄で再装備。
すると片手剣と小盾はちゃんと俺の左腰と左腕に出て来た。
うん、少し重量が上がったんだろうが……なんともないな。
ちゃんとSTRにステータスを割り振ったからだろうか。
なんて思って、俺は何気なく視界の端に目をやると絶句した。
「……先輩、VRMMOでも、リアルの時間は反映されますよね」
「あぁ、それはどのゲームでも共通だな、時刻は運営しているサーバーの国に準拠している。
それはどのゲームだって変わりはしないが……時間加速システムと言うのも最近では出来たようだから――」
と、先輩が説明している間に俺の顔は多分青ざめていっただろう。
鏡がないので顔は確認できないが、このゲームにダイブしている俺のハードでは時間が確認できる。
そしてその現在の時刻は七時半を回っている。
「……先輩、俺急ぎの用があったんで、今日は落ちます!そ、それじゃ!」
「そうか。じゃあ私はこれからソロで少し狩りをしてくる。また明日」
「ま、また明日……」
俺はメニューからログアウトボタンを押して、現実世界へと意識を戻す。
久しぶりのVRMMORPGでの戦闘……それは楽しくもあった。
だが、時間をすっかりと忘れてしまいテーブルには冷めた夕飯と、置手紙の『次時間忘れたらブッ飛ばす』と、脅迫文が添えられていた。
……剣城家の食卓は、夜は必ず七時にはあるものなので、鞘華が作ってくれた飯が七時には食える。
だが、五分でも遅れようものなら冷めるし、十分以上遅れたら鞘華は怒る。
俺は平身低頭で鞘華に謝ったが、許す条件としてコーラを要求された。
一本どころか、三本も、だ。
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