第2話

「……さて、と。先輩を探すか」


思いっきり恥ずかしい真似をした直後に、俺は歩き出した。

剣を腰の鞘に納め、先輩があらかじめトークアプリで送っておいてくれたプレイヤーネームと容姿が頼りに、辺りをキョロキョロと見回す。

ゲーム内のスクリーンショットを送って貰ったんだし、間違えることはまずないだろう。

スクリーンショットに映っていたのは茶髪のポニーテールで、服装は桃色の羽織に白色の和服と緑色の袴……足の方は足袋と草履、って和のテイストだったな。

リアルの先輩と顔は大して変化がなかったから、多分直ぐ見つかるだろう。

と、噴水の辺りを見回しつつ歩いていると……もう見つけてしまった。

噴水の周りに作られている……円形の椅子みたいなのに腰かけていて、何かを気にしているかのように辺りを見回している。

ちょっと挙動不審にも見える気もするけど、先輩は美人なのでちょっとソワソワしてる人ってとこだろう。


「あーっと、そのー……【N・ウィーク】さんで合ってます?」


「あぁ、そう言うお前は……【ブレイブ・ワン】か。

ようこそ、セブンスブレイブ・オンラインへ。私はお前と遊べるこの時を待ち望んでいたぞ」


N・ウィーク……太刀川千冬先輩が、このゲームの中で設定した名前。

Nの意味は知らんが、ウィーク……ウィークってことは、週とかそんなのか。

うん……よくわかんない名前だけど、まぁいいか。

呼ぶときはリアルと同じ通りに「先輩」って呼べばいいだろう。


「では、一応確認しておくがチュートリアルは一通りこなしたか?」


「あー、ソイツは手元が狂って、間違ってスキップしちまいました」


「そうか。じゃあ、今お前はメニュー画面の開き方もわからないわけかぁ、なるほど……」


先輩は少し含みのある笑いと共に俺を見てる。

まぁ、メニューの開き方一つわからない間抜けが目の前にいたら笑いたくなるよな。

……メニューの開き方、前に俺が遊んでたゲームだと右手の人差し指と中指だけ立ててからスッ、と手を振るとメニューが出てくるんだったな。

遊んだのが随分前だから思い出せないけれど、多分そうだった気もするのでこのゲームでもどうかとやってみるが――


「うん、わかんねえっすわ」


「では少し失礼する、声はあげるなよ?」


先輩は俺の後ろに立ったと思うと、俺の顔を両手でガシッと掴んできた。

先輩が俺に密着してるって状況、こんなの興奮しないわけないだろ。

男なら誰だって興奮して鼻息荒くしちまうだろ、こんなの。


「あ、あの、先輩?真昼間に人が沢山いるようなところで何するつもりなんすか?あの、ちょ?」


「動くな、右下に小さなアイコンがある。

目だけを動かして、それを集中して見てみろ、目だけを……な」


先輩の言う通りに、俺は目だけを動かして右下を見てみる。

動画サイトの画面最大化のようなマークをした形のアイコンだ。

それを集中して見ると――


「うおっ」


目の前にアクリル板のようなパネルが音もなく急に現れたので、ちょっぴり驚いた。

そこにはプレイヤーネーム、レベル、種族、現在のステータスまで表示されている。

あとは装備している武器や防具も記載されているな。

今俺が装備しているのは【初心者用片手剣】と【初心者用小盾】と【布の服】か。

昔のRPGの主人公並みの装備ってことなんだな、今の俺。

……いや、剣は見た所鉄製っぽいし、盾だってあるから銅の剣一本とか檜の棒よりかはマシか。


「メニューは開けたか?」


「さっきの反応の通り、ちゃんと開けました。

ログアウトボタンとかアイテムストレージも、ここで開けるんっすね」


「あぁ、ゲーム内オプションを切り替えたい時等もメニューだ。

とにかくこのメニュー画面を開けなければ、このゲームでは何も出来ないと覚えておくように。

……ついでに、チャット機能などもあるから離れた人と話すときはそれを使うようにな。

それとだ」


先輩がメニューの重要性を俺に話すと、彼女もメニューを操作し始めたようだ。

傍から見たら、何もない所をポチポチ押してるだけに見えるな。

……つまりは俺、何もないのに驚いてたように見えるのか。恥ずかしっ。

前のゲームだと、情報こそ見えないがパネル自体は現れてたからなぁ。


「ほら、フレンド招待とパーティ招待だ。

チュートリアルもこなしてないのなら、私が色々と教えてやる」


「どうも」


先輩は人差し指でピンッ、と何かを弾くと俺の目の前にはまたパネルが現れた。

フレンドへの招待と、パーティ加入への招待だ。

俺はどちらも承諾するようにボタンを押す。

これで晴れて先輩とフレンドになり、パーティも組めた。

左上の方に、刀のアイコンとHPバーとMPバー……それとSPと言うもう一本のバー、最後に先輩の名前が現れた。

このSPと言うのは、恐らくゲーム内にあるスキルなどを使うポイントと見ていいだろうな。

前のゲームにそんなものはなかったが、パソコンでやり込んだゲームにはあった。


「で、教えるってのは具体的にどんなことを?」


「こっちだ、ついて来い」


先輩はメニューを操作しながら歩きだし始める。

俺はそれを追いかけて、先輩に付いて行く。

しばらく歩くと、彼女は足を止めた。


「ここが始まりの町で最初に戦うべきフィールドだ。

草原で、あそこで跳ねている物が見えるだろう?あれがモンスターだ。

初心者はアレを十体程倒して、レベルを2に上げることが最初の目標としている」


先輩が指差したその先には……なんか跳ねてた。

いや、なんて言うかだな。言葉では表しにくいような存在だ。

なんか、こう……鶏っぽいんだが……フツー鶏って白とか茶色なのに、コイツの色は黒い、真っ黒だ。

しかもボールみたいに跳ねるし、やたらとカクカクしている。


「剣や盾の使い方はわかるか?」


「一応前のゲームでそれなりにやり込んでたんで、俺なりにやってみますよ」


「あ、ちょっと待て。

折角だ、経験値ボーナスがあった方がやる気も出るだろう?」


先輩はまたメニュー画面を開いたのか、ポチポチと何かを操作し始める。

すると、先輩の服が光に包まれた。

和服姿から、何か別の装備にでも変えるのか?


「よし、これでいい。

さぁ存分に戦ってこい、ブレイブ」


「ちょっと待て」


先輩相手にも思わずそんな言葉が飛び出た。

いや、だって、だって。

先輩が先ほどまでの凛とした和服姿から、急に……急に派手な衣装に変わったからだ。

それも、ファンタジー特有なものではなく。


「なんで……なんでバニーガール!?」


そう、先輩はバニーガール衣装に身を包んでいた。

しかも、何でか知らんがさっきまで着ていた羽織だけは残している。

和服は全部脱いだと思ったら、羽織だけ、羽織だけは何故か残っている。


「仕方ないだろう。

この羽織は私の大切なスキルをセットしてあるから、何時だって脱ぐわけにはいかん。

それに、このバニーガールは自分含むパーティメンバーの獲得経験値量が+100%なんだ。

純粋な性能なだけなら、ゴミに等しいがな……」


あぁそうか、つまり先輩は俺のレベル上げのために、わざわざこんな衣装にしてくれたのか。

感謝してレベル上げをしなくちゃあならないって事か。

よし。だったら頑張ろう、ひたすらにレベル上げしまくってやろうじゃあないか。


「でりゃあああああっ!」


俺は黒い鶏モドキに向かって走り出す。

視界に入れるとモンスター名【コケッコ】とでた。

距離が1メートル前後になったところで、大きく踏み込んでから剣を鞘から抜き放つ。

そして、ジャストタイミングと言わんばかりに跳ねたコケッコの頭へ剣を叩きつける。


「コケー」


コケッコのHPバーがグググ……と少し多めに、六割程減っていった。

やっぱりVRMMOでは全共通なのか、大体のモンスターは頭に攻撃するとダメージがかなり入る。

あと一撃で倒せそうだが、その前にコケッコが飛び上がって嘴で俺を突こうとする。

ので。


「っと!」


小盾を構え、コケッコの攻撃を受け止めてから、そのまま盾でコケッコの顔を殴りつける。

……盾じゃまだ足りないか。HPバーの一割程度しか削れていない。

俺は間髪入れずにコケッコへもう一度剣を振るうが、剣を振る前に体が安定していなかった。

バランスを崩した状態で振りぬいたため、かすった程度の傷しか与えられていない。


「っぶね……」


俺はコケそうになりながらも、なんとか体制を整えなおす。

コケッコがまた俺に向かって突っ込んでくるので、盾を構えて受け止めてからそのまま盾でコケッコの顔面を殴る。

するとコケッコのHPバーはギューッと減っていき……完全になくなった。

淡い光がコケッコを包み、コケッコはガラスが砕けるような音と共に、ポリゴン片となって消えた。

EXPが20、金のアイコンをしたGと言うのが30、お札のアイコンをしたCPとやらが10貰えた。

で、ドロップ品としてか、【コケッコの肉】とやらが手に入った。

もも肉とか胸肉じゃあないみたいだ。


「初戦闘の感想はどうだ?」


「まぁ、結構楽しめました。

最初のモンスターが、鶏ってのにゃ驚きましたけどねー」


「コケッコは調理食材をたまに落とす。

売っても良し、食べてもそれなりに良しだ。

しかしVRの食事は基本的に味はイマイチ、空腹感が紛れるだけだ」


「へぇ、まぁやっぱそうっすよねぇ……簡単なことで、産業に大きなダメージ与えちまうわけにもいきませんからねー」


VRMMOで現実と同じ味が楽しめるなら、現実の商売は上がったりだろう。

高級レストランの味を再現したものをVRで食えれば、それでもう味は楽しんだ。

後は現実でやっすい飯でも腹に詰め込めば餓死するようなことはないし、栄養失調もない。

VRを利用したダイエットとかで、VRで死ぬほど食ってから現実で断食した奴もいる。

ま、栄養失調でブッ倒れてリバウンドしたらしいから、楽な道なんてないもんだな。


「ただ、特定の店や料理スキルの熟練度の高いプレイヤーなら話は別だ。

作った料理にステータス等への補正がかけられるからな。

ブレイブの倒したコケッコなら、肉を五つ集めれば……」


「……集めれば?」


「巨大チキンと言う料理で、食べると経験値補正が10%かかる。

まぁ、私は見ての通り戦闘に特化しているが故、料理に補正はかけてやれないがな」


「そうっすか。ま、そのバニーコスのおかげで既に補正かかってるんですし、贅沢は言ってられませんよ。

じゃ、さっさと九匹くらいブッ倒すとしますか!」


「レベルが3になったらまた新しい狩場を教えてやるから、それまでは頑張れ。

私はこれから暇でも潰してくるので、終わったら報告してくれ」


そう言うと、先輩はスタスタと歩いてどこかへと行ってしまった。

まぁ、VRでもパソコンでも変わらないことだけど、装備によって仲間にも恩恵が与えられる物は、離れてても有効だ。

先輩はあの恥ずかしいバニーコスのまま過ごすんだろうが……本人は気にしてなさそうだ。


「よし、とっととレベル3まで上げちまうか!」


俺はやる気を出すためにそう言って剣を掲げ、跳ねているコケッコに向かって駆け出した。

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