終末の週末に自分を求めて

スカイレイク

最終回

 人がコンピュータに全ての決定権を委ねて数世紀……人類のほぼ全てが繁栄を極めていた。私はその中から奇跡的に自由意志を持った人間だ。調査の末、ここに私に関する重大な秘密があると記録を見つけ、私とは一体誰なのかを確かめるために『旧自由連盟自治区』へとやってきた。


「さすがに放棄されてから結構経ってるし、そう簡単には見つからないよね」


 ここで私の父母が暮らしていたという情報に間違いはないはず……記録装置を丸々一つ盗み出したのだからそのくらいは事実であって欲しい。そのストレージに私がここの出身だと記録されていた、両親の顔など記憶にないが自分のルーツというものには探究心がとめどなく溢れてくる。


 自治区のはずれのほうにある一軒の人間が住むにはみすぼらしい家、そこから私の人生が始まったと記録されている。


 自治区とは笑える話で、限界集落が限界を突破したように僅かな家が寄せ集まってなんとか生活をしている場所、それがこの自治区の正体だ。


「ここだ……」


 そこには他と何も変わらない小さな家が一軒だけある。そこに足を踏み入れるとドアは壊れており蹴破ることになった。問題ではない、真実さえ分かれば家などいくらでも壊してやる。


 そこには生活をしていた痕跡が残ったままになっていた。私が現在十四歳、十四年以上経っても人の営みの痕跡というのは消えないものだ。私は家捜しを始めた、結果大量の紙媒体の資料が出てきた。人間が電子の流れに支配され、人間以外が読むのに難のある紙による記録だ。大抵こういう物には機械に見られると不都合な記録を残しているものだ。


 一冊目を手に取ってみると『日記』とだけ書かれた本が数冊あった。手がかりらしいものもないのでこれを読破してからこの先を決めることにしよう。


 私はご丁寧にナンバリングされている日記を手に取って読むことにした。


 -----------


『これは私とお兄ちゃんの日記』


 日記はそんな書き出しで始まっていた。


 *


「お兄ちゃん! 今日は畑でジャガイモが取れましたよ!」


「よかったな。これでしばらく機械の世話にならなくて済むな!」


 私とお兄ちゃんの生活は満足のいくもので、自動機械に出来るだけ関わらないというここの目標もちゃんと沿った生活をしています。ああ! お兄ちゃんの笑顔のなんと眩しいことでしょう! 是非私だけのものにしたいです!


「あきらー! 今日も生きてる?」


「……ちっ」


 私とお兄ちゃんのやりとりの邪魔をする夢(ゆめ)原(はら)由(ゆ)衣(い)とかいう女の声が聞こえてきました。あの女は人の迷惑を考えないのでしょうか?


「お兄ちゃん、あの女は放っておいて可愛い妹と食事にしましょう!」


「上がるわね」


 くっ……空気を読んで引き下がる事ができないのでしょうか?


「心(こころ)ちゃん……私が来たら露骨に嫌そうな顔するのやめてくれない?」


「依怙(えこ)家の家訓に兄と妹は邪魔してはならないってのがあるんですよ」


 ちなみに私の代になって作った家訓です、いつからとは言ってませんから嘘ではないです。


「明(あきら)、そんな家訓あるの?」


「逆にお前はそんなものがあると思うか?」


 お兄ちゃんもノリが悪いですね。私が言えば黒いものでも白いと言うんですよ。どうやらお兄ちゃんには妹成分が足りないようです、後でたっぷり脳内に注ぎ込んであげましょう。


「くだらない話は置いておいて、これ! 今日シチューを作ったんだけど母さんがあなたたちは二人きりで大変だろうから持って行きなさいって言ってね」


「ああ、ありがとな」


「お兄ちゃん、私がいくらでも手料理ならしてあげますし、貴重な食料を由衣さんに返してあげましょう!」


 ぐぅ~


「やせ我慢しないの! おとなしく受け取りなさい」


 くっ……私のお腹が私に逆らうですと……今度空腹に耐える精神修行が必要なようですね。

「とにかく! 今日の晩ご飯にしてね!」


 そう言って由衣さんは去って行きました。お兄ちゃんに色目を使わなければいい友人関係になれたでしょう、恋心に情をかけてはならないのです、なにせお兄ちゃんは一人しかいないのですからね……


「心、もう少し人に優しくなろうな?」


「お兄ちゃんが私以外を見ないなら構わないんですがね」


 お兄ちゃんは微笑みながらも決して頷くことはありません。妹には甘くなれと教わらなかったのでしょうか。だからこそ、私はそれをどうあっても手に入れたくなるのかも知れません。お兄ちゃんが私だけのものになったのなら、私はそれ以外の全てをなげうつ覚悟をしています。


「はいはい、体は正直に食事を求めてるからな? シチューを食べようか」


「お兄ちゃん! 言い方がいやらしいですよ! 私以外にそういうことは言わないように!」


「細かいなあ……とりあえずシチューを加熱器で温めてから考えようか」


 しょうがないですね、いつまでも意地をはるのは本意ではありませんし、建設的な議論を空腹で行うべきで無いと言うことには一理あります。


「そうですね、腹が減ってはという言葉もあったらしいですからね」


 私はそうして粗末ではあるけれどお兄ちゃんとの思い出に溢れる家に入りました。確かに管理を任せればきっともっと良い家に住めるのでしょう――お兄ちゃんを諦めれば――それだけは決して出来ません。それに……狭い分だけお兄ちゃんとの思い出の密度が高いような気がします。


 その日の食事は癪に障る話ですが美味しいものでした。ただしお兄ちゃんがソレを美味しそうに食べているのはどうしても受け入れがたいものでした。


 その日、寝るときにお兄ちゃんに夜這いでもしようかと考え、失敗したときの自分へのダメージを考えてやめておくことにしました。


 翌朝、いつもの太陽を見ながらお兄ちゃんと今日も一日過ごせることを感謝します。そう言えば今日は延命食が配達される日でした。機械にライフラインを頼っているのはなんとも皮肉な話ですが生きるために細かいことにはこだわっていられません。


「お兄ちゃん! 私は食料をもらいに行ってきますから、知らない人を揚げちゃダメですよ?」


「この区域で知らない人なんていないだろ?」


「そう言う屁理屈は求めてません」


 私はそうして家を出ました。兄弟一緒に行ってはならないというルールはありませんが、お兄ちゃんを人目に触れさせたくはありません。だから私は由衣さんが好きにはなれません、私とお兄ちゃんの間に平気で入ってくるあの人が私たちの中を咲こうとしているように思えてしまいます。


 どうしても疑心暗鬼になってしまいます。お兄ちゃんが愛を誓ってくれればそんな心配も無いのですが……


 そんなとりとめも無いことを考えていたら公民館に着きました。


「妹ちゃん! お兄ちゃんとは仲良くやってるかい?」


 有象無象の疑問にも答えるのが平和にやっていくコツです。


「ええ、お兄ちゃんのことは愛してますから」


 私はいつも通りに答えるのですが、それは苦笑に流され聞いてきた人も次の話に映っていきました。愚問ではありますがお兄ちゃんとの規制事実を匂わせることはやって奥に越したことはありません。


 いつも通り公民館前に自動運転のバンが止まり、窓が開いて生体認証用のタッチパッドが出てきました。


 列になった人たちが行儀よく支給品を受け取っていきます。お決まりの『公平な環境! 安全な生活!』と印刷された自治区からの移住を促すパンフレットも一緒でした。数人が毎年管理社会へと移住をしています。


 その誘惑に揺らぐ人も数人が見受けられました。だからお兄ちゃんを連れてきたくはないのです。数人が『俺も歳だしな』などと言っている光景を見せたくはないのです。


 しかしまた同時に私は思うのです、お兄ちゃんと私の二人以外誰もいないという夢のような時間を、夢のような場所を焦がれるように夢想してやまないのです。


 野菜とお肉を持っての帰り道でお兄ちゃんとどんな食事をしようか思い描きます。今日は厄日でしょうか? 帰り際に思わぬ人と出会いました。


「やほー!! 心ちゃん! げんきー?」


 私はいやとなるほど聞いた声に振り向きました。


「なんですか……由衣さん」


「心ちゃんっていつも私に塩対応だね……」


「それは誤解ですよ、由衣さんにだけでなくお兄ちゃん以外全員に塩対応です」


 まったく……いわれのない言いがかりはやめてもらえませんかね。


「それで、どうかしたんですか? まさかお兄ちゃんもいないのに理由も無く私に声はかけませんよね?」


 由衣さんはやれやれと肩をすくめます。この人はお兄ちゃんに好意のようなものを持っている感じがありますが、私からは一歩引いています。やはり血は水よりも濃いという言葉を信じているので私に鬱陶しいくらい圧をかけてきます。


「ウチもね……管理区域に行こうかって話が出てるんだ……」


「そうですか」


 それがどうしたというのでしょう? 私にもお兄ちゃんにも関係ないじゃないですか。


「あなたはそれでもぶれないんだね」


「私は昔からほとんど全てに対してこうでしたから」


「そのくらい割り切れたらいいんだろうなあ……」


 この人は何を悩んでいるのでしょう? あるいはお兄ちゃんにそこまでの思い入れでもあるのでしょうか。そこは絶対に譲る気はありませんが、話くらい聞いてあげましょうか。


「ねえ心ちゃん、あなたはどうして明が好きなの?」


 その声には疑問の色と多少の非難が感じられました。


「愚問ですね。私がお兄ちゃんの妹だからですよ、今まで何度迷惑をかけても困らせても大目に見てくれる素晴らしいお兄ちゃんを好きにならない理由が無いでしょう?」


「迷わないのね……」


「愛してますからね、そこに疑問などないのですよ」


 由衣さんは大きなため息を一つついて歩いていきました。私から離れるときに「さよなら、あいつにもよろしく」と言って去りました。私には何の感慨もわきませんでした、ただ単にお兄ちゃんを独り占めできるという喜びだけが私の心には残っていました。


 私は確かに人間のはずですが、この自治区から去って行く人が出るのに僅かばかりの悲しみを感じないのは機械より機械らしいなと思います。


 翌日、お兄ちゃんに由衣さんが自治区から去ることを伝えました。お兄ちゃんは「そんなことを俺に直接言わないんだな……」とこぼし、少し寂しそうだったので私はその日お兄ちゃんの側から離れませんでした。お兄ちゃんの側には私だけがいればいいのです。


 その日がターニングポイントでした。お兄ちゃんはその日からタガが外れたように私へ愛情を示してくれるようになりました。その目には私以外に支えが存在していないように見えました。それでいいのです、お兄ちゃんには私だけがいればいい。だから……ここから先を読もうとしているあなたに書いておきます。次のページには絶望が詰まっていることでしょう。私はここまでで管理社会に戻ることをお勧めします。それでも読むのなら私にはどうしようもありません。


 私はそのページを見てしばし固まってしまいました。これを書いているのはきっとあの人であり、この先に希望はまるで無いと断言出来る、それでも……私は人として自分の正体を知らずにはいられませんでした。


「これを読んでいるあなたはきっと私の娘なのだと信じています」


 私はお兄ちゃんの気持ちがあなたに移ることを恐れあなたのお世話を機械に任せました。


 だからきっと……私とお兄ちゃんが病気になったのは天罰かも知れません。私の弱さを罵っても構いません。ですが……私は母としてあなたがあなたなりの幸せを手にすることを祈っています。


 これを読んでいるあなたの母より。


 私はこの最後のページを読んでから、二人が幸せに暮らしたであろう小屋を焼きました。乾燥しきった木造建築は綺麗に歴史ごと燃えていきました。


 私は自身のルーツが歪なものであることを知りました。そして管理された幸福を享受するために鉄とコンクリートで出来た自宅への道を帰ることにしました。真実は人を幸せにしないという母からの最後のメッセージは私の心でいつまでも人間らしい心として小さな灯火として燃え続けるのでした。

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