第4話 激闘
つま先が空き缶を蹴っ飛ばすほどの超低空で大加速。
砂埃を後ろに残し、ここ、と思ったところでユーリーは垂直上昇を掛けた。
魔力探知管が敵パイロットの魔力を読み取り、ぼんやりとした光点を
「ワルプルギス1-2。ターゲット、マージ。エンゲージ」
高度一〇〇〇フィートで音速突破。
衝撃波が雷鳴を奏でる。
ユーリーの体に影響はない。
魔法使いは魔法で空を飛ぶ。
空を飛ぶときは魔力で形成された力場が、空気の壁から体を守ってくれる。
ユーリーの場合は、「力場が空気を切り裂く」だが。
だからこそ、箒一本で音速を突破するなどという荒業が可能になる。
いささか遅れて、ゴロドクたちも上昇を掛ける。
目標は爆撃編隊。
いつものように、ユーリーが戦闘機たちをひきつけ、他のものが爆撃機や低空に迷い込んでスピードを落とした戦闘機を、集団で狩る構えだ。
一方でヴァシーリーたちも、ユーリーたちの攻撃に気づいている。
いや、誘いを仕掛けたのは彼らの方だ。
だから西奥諸国の早期警戒機のレーダーにわざと引っかかるように飛んでいる。
《スナイペル1-2より全機! 亡霊だ!》
ヴァシーリーの機体のレーダーには、数個の小さな反応。IRSTのディスプレイにも。
MiKO-33SKIのセンサー群は、謳い文句通りの仕事をしているようだ。
《スナイペル1-1より全機、落ち着いて取り囲め。絶対に逃がすな》
《
《スナイペル1-1了解。蚤どもがそっちへ行ったぞ。気をつけろ》
《イーヤンク了解》
《スナイペル、続け! エンジェル八!》
アンドロポフ少佐の号令一下、ヴァシーリーたちは八〇〇〇フィートを目指して上昇を開始。
ほんの一〇秒ほどで彼らはそこへ到達し、スナイペル編隊の中央に亡霊が現れる。
彼らはそのように飛んでいた。
だが。
◇
「……見え見えなんだよなぁ」
ユーリーはヘルメットの奥でつぶやくと、無理矢理に進路を捻じ曲げ、さらに加速。マッハ一.五。
敵編隊は先頭から、戦闘爆撃機、護衛の戦闘機、全体監視の戦闘機の三梯団で侵入してきた。
なんというかまぁ、学びがない。
ユーリーはいつも監視にあたる編隊から攻撃していた。
単純に、監視に当たる編隊は最後尾であり、襲撃がかけやすい。ただそれだけのことだ。
「ワルプルギス1-2、フォックスツー、ファイア」
つぶやいてトリガースイッチを操作。
ミサイルではない。ただのロケット弾だ。誘導機能などなにもない。
だがユーリーはそれをミサイルのように扱える。
一度自分の魔力圏内に置いたものは、その中の任意の目標に向かって動かすことができる。
開戦三日目の空戦で、最初に撃った外れかけのミサイルが敵機に命中したのは、そういう仕組みだ。
最初は目標をじっと見ていなくてはいけなかったが、空での戦闘に慣れるにつれ、最近では敵の気配さえ感じていれば見ていなくても誘導できるようになった。
もちろんミサイルならある程度自ら目標に向かってくれるが、今回は敵の数が多かった。
というわけでロケット弾を合計八発持ってきたわけだ。ミサイルは誘導装置も積まねばならないから、そこまで数は載せられない。
ユーリーの箒から放たれたロケット弾は、ユーリーの魔力を受け推力を増加。
瞬きしている間に目標に突き刺さり、爆発した。
「バンディット、ワン・ダウン」
《
無線交信の相手はゴロドク大尉。
いつものように落ち着いた声。
だがそれは、皆を不安がらせないようにしているだけだ。
だからユーリーはゴロドクを不安がらせないように、いつものように元気だが落ち着いた声で答えた。
「はい、先生! ワルプルギス1-2は敵戦闘機を誘引・拘置します!」
ユーリーは敵編隊を突き抜け、大G旋回を実施。
先行していた戦闘機編隊が散会し、監視役の戦闘機編隊は逃げる姿勢を見せた。
「ようし、いい子だ!」
そう来てもらねば困る。
お前らの相手はここにいる。
グリエフの亡霊はここにいる。
ユーリーはさらなる闘志を胸に、出力を上げ増速した。
あるいはそれは、復讐の炎だけかも知れないが。
◆
高校生のユーリー・サバエフが少年飛行クラブの活動をぼんやり眺めていたのは、特に理由はなかった。
そのときすでにキフルーシ公国はリュールカ大公国からの侵略に晒されていたから、将来に対する不安はかなり大きな物があった。
と同時に、それほど心配することもないのではないかという楽観もあった。
前の年の東部国境での独立騒ぎには緊張したが、それほど彼の市民生活には影響はなかったからだ。
それでも何かをしたいという、実に若者らしい欲求は常にあった。
何ができるだろうと悶々としていたところに出会ったのが、ゴロドクと箒だったというだけの話で、ユーリーが類稀な魔力の量を持っているのは全く、本人すらも自覚していなかった、ただの偶然だった。
しばらく箒で遊び、空を飛ぶことに慣れたある日。
飛行練習後の勉強の時間が終わったあと、ユーリーが先生と呼んでいたゴロドクに一つの動画を見せられた。
ワールド・ブルーム・GP。
リノ・エアレースと並ぶ航空レースショーだ。
競技管轄組織はWRCやフォーミュラー・ワンと同じくFIA。
レースの形態はリノと同じく、エア・パイロンや地形を使ったコースを周回するスピードレース。
特徴的なことは、レース用の箒を使うことと、各ステージの二次予選がフリースタイル競技ということだった。
選手はBMXやマウンテンバイク、あるいはモトクロスからの転向組が多かった。フリースタイルスキーやスノーボードの経験者も多い。彼らは総じて、たとえスピードレースでもジャンプ中にトリックを見せるような「お調子者」ばかりだった。
当然、同じことを箒でもやってみせるし、コースもわざわざ乱気流や上昇気流が発生しやすいところを選んで設定されていた。そういうところは、箒でトリックをするのに最適だからだ。
自然とレースは激しく、派手な展開が多くなった。
ユーリーはそれに魅せられた。
十八歳になると、それまで溜め込んでいたアルバイト代と小遣いをすべて使って飛行免許を取得し、指定区域外での自由飛行の権利を獲得した。
箒は相変わらずクラブのものを使っていたが、ユーリーがあまりにも長い時間使用するので、ゴロドクは自分用に買っておきながらいくらも乗らなかった、ほとんど新品の型落ちモデルをユーリーにプレゼントした。
それは軍用よりもスピードと加速性能に優れるものだったが、あまりにピーキー過ぎてゴロドクには扱いきれなかったのだ。
ユーリーはそれをもらった日のことを、まるでついさっきのことのように思い出すことが出来た。
開封したその場で慣らしもせずに出力全開、いくらも行かないうちに河の中に放り出されてずぶ濡れになったとあっては、忘れるほうが難しい。
素晴らしき日々。
あの日、先生は、ゴロドクは言ったのだ。
「お前がワールドGPに出たら、飛行隊総出で応援しに行ってやる」と。
しかしその機会は奪われた。
キフルーシの大地を諦めきれない、リューシカ大公国の策謀によって。
下落する為替、低迷する景気、取りづらくなる一方の就労ビザとパスポート。
ユーリーは国外のチームのプロテストに出向くことも出来なくなった。
そうして彼は、ほとんど仕方無しに軍へ入ることを決意した。
箒乗り、魔法飛行士になれば、少なくとも空を飛ぶことだけはできるからだ。
士官学校に入ったのものそのためだ。学費は無料、どころか小遣い程度だが給料が出たのも都合が良かった。
それで在学中に、スポーツモデルの箒も買えたから。
だがその箒はもうない。
ゴロドクにもらった、思い出の箒も。
それらは開戦五日目に、敵の爆撃によって、実家とともに吹き飛ばされてしまった。
祖母と母は自動車に乗ったまま爆弾の破片で命を奪われ、父はユーリーの箒を持って出ようとして、右手以外のすべてを失った。
その時まで、ユーリーは本当のところ、戦争なんかどうでもいいと思っていた。
だが、今はそうではない。
自分の家族と夢と思い出を奪った、大公国が憎くて憎くてたまらなかった。
だが、空を飛ぶことだけは。
空を飛ぶことだけは心の底から愛していた。
たとえそれが敵を殺すことと同義であっても。
たとえそれが、死ぬことと同義であっても。
◆
《コレキチローシェフ、アップトゥ・エンジェル一二、クランク、二七〇! マックスパワー!》
《ダー、1-1! マックスパワー!》
《スナイペル、各個に展開! 亡霊を追え!》
アンドロポフはコレキチローシェフ小隊に、高度一万二千フィートへの上昇と、
コレキチローシェフはユーリーに尻を追われる形になるが、敵は箒だ。航続距離は戦闘機のほうが長い。
箒にミサイルは二発までしか詰めないし、そのミサイルも赤外線追尾の携行対空ミサイル。射程は短い。
落ち着いて対処すればこれ以上撃墜されることは──。
「甘すぎなんだよ。ワルプルギス1-2、フォックスワン、ファイア」
ユーリーはPkor七.六二ミリ機関銃を短連射。距離は三〇〇〇メートル以上離れている。当たるはずもない距離。
だが五発の機関銃弾は、魔力で弾体を強化され、速度とともに破壊力を大幅に増幅されていた。
結果、コレキチローシェフ3-2は、マッハ六にも達する徹甲弾に背後から狙撃された。
それだけ速度があれば、弾が小さくても関係ない。
機体外板に衝突した瞬間に砕けた五発の弾丸は、破片を機内に撒き散らしながら破局的な破壊を広げ、エンジンと背部電子機器は粉砕された。
また一機、MiKO-33SKIがコントロールを失って墜落していく。
《うわぁあ!》
《脱出しろ3-2!》
《コレキチローシェフ! ブレイク! ブレイクスターボード!》
《くっそぉ! スナイペル2-2! エンゲージ!》
無線が再び喧騒に満たされる。
コレキチローシェフ3-2は脱出に成功、高度六〇〇〇あたりで落下傘が展開するのが見えた。
コレキチローシェフ小隊の残存二機は編隊を解き右舷に急旋回、降下してユーリーの追撃をかわそうとする。
スナイペル2-2がユーリーを射程に収め、
《フォックス3!
R73Bを発射、最新型の赤外線画像追跡ミサイルはユーリーめがけて大加速。
接近方位はユーリーから見て
コレキチローシェフを追っているユーリーに回避は難しいと思われ、実際それを目撃していたヴァシーリーたちは
あのアクロバットの最中にユーリーが放った機銃弾で、撃墜されたのだ。
「くそったれ! なんて野郎だ!」
ヴァシーリーが歯噛みする間に、もう一機撃墜された。
振り返れば、爆撃隊も残りの箒に翻弄されてうまく行動できていない。
囮とは言え、爆撃すべき目標は設定されていたのだ。そうでなくては敵が食いつかない。
だが、われわれの作戦目標は何だ?
高G旋回でぼんやりする自分の脳に、ヴァシーリーは考えることを強要した。
ヴァシーリーたちの作戦目標は、グリエフの悪魔の排除。
なぜ排除しなかればならない?
ヤツが味方を迎撃して損害するから。
排除とはなにか?
なんだろう。
違う、違う。
なぜヤツを飛ばせてしまう。
飛べないようにすればいい。
空に上がれないようにすればいい。
上がっても戦闘力を発揮できなければ、いないのと同じだ。
少なくとも、好きに飛ばせてはならない。
IRSTモニターの下に付けられた液晶画面には、低光量ハイビジョンカメラが捉えたグリエフの亡霊の姿。
灰色の箒に灰色の飛行服、灰色のヘルメット。
ヘルメットと箒のエンジンカウルに、控えめなキフルーシの国籍表示。
「少佐! コレキチローシェフとイーヤンクを退避させましょう! 攻撃目標を亡霊ではなく他の箒に!」
《なに!?》
「ヤツの狙いは自分たちです! 奴を追いかける限り、主導権はヤツにある! ヤツに主導権を握らせちゃダメだ!」
アンドロポフはほんの一瞬考え込んだ。
《ケツががら空きになるぞ》
「他の箒を狙ったところをヤツが追いかけてきたら、俺が囮になります。みんなで俺ごと奴を飽和攻撃してください」
亡霊を追いながら、ヴァシーリーはとんでもないことをサラリと口にした。
あまりにもなんでもないことのように言うものだから、アンドロポフは何も考えずに承認しそうになってしまった。
《いいのか、ヴァシーリー。お前まで死ぬぞ》
「なぁに、一度は亡霊に叩き落されたのに、生きて帰ったんだ。俺の運は折り紙付きですよ。そうでしょう?」
他に手はなさそうだった。
視界の端で、爆撃機隊にも損害が発生しているのが見えたからだ。
《わかった。お前の案に乗ろう。だが、絶対に死ぬなよ》
「よっしゃ、決まりだ。頼んだぜ、アニキ」
ヴァシーリーが快活に言うと、スナイペル2-1と2-2が吹き出した。
《ハハッ、アニキと来たぜ! だが、いいな。俺たちゃ家族ってわけだ》
《ちげぇねぇ。俺も乗るぜ、1-2!》
無線に笑い声が響き渡る。
《笑ってる場合か! コレキチローシェフ! イーヤンク!
《ダー!》
スナイペル小隊四機は亡霊をロックオンすると、各機一発ずつ発射。
R73B2ミサイルは亡霊に殺到したが、亡霊は例の不可解なアクロバットでこれを回避。
しかしコレキチローシェフ最後の生き残り、4-2は離脱に成功。
亡霊が再度集結したスナイペル小隊に振り向くと、彼らはちょうど、第四二三航空魔法飛行隊残余に向かって中距離ミサイル各機二発ずつ発射したところだった。
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