第3話 契り

純恋は玉藻前の白い手を見たまま首をかしげた。

「契る?」

「……そうか、純恋は契りを知らぬのだな。」

「よく男女の恋愛ものとか、人と人じゃないものの……婚姻とかで使われる言葉ですよね?」

「どんな勘違いやら。番と混ぜこぜになっておる。」

玉藻前は顔をしかめて舌を出した。

「そんなに違うんですか?」

「約束事と性交は全く違うものであろう?契るものによるかもしれんがの。」

「確かに……。似てる気がしなくもないですけど。」

「下級の妖どもが広げた考えであろうな。と言っても元は人間がまいた種と言ったところかの。」

「人間が?」

「下級妖怪は昔から人間との関わりが深いものが多い。」

玉藻前は帯に挟んであった扇を口の前で広げた。

「人の口は禍の元という事がを知っているであろう?」

「はい。ことわざですよね?」

「如何にも。戸が立たなければ、当事者の居ない場でも言動には加減も容赦もあったもんじゃない。」

玉藻前の言葉に今度は純恋が顔をしかめた。

「……それは言えてる。」

「その方が都合の良いものでも居るのであろう。」

扇をパシンと閉じると、わざとらしくため息を吐いた。 

「妖の中には、心根が優しく愛に飢えているものも多い。荷をささげる見返りに願いをかなえるなど考えるまでもない。」

玉藻前からすれば妖は被害者であり、同時に人が妖の被害者であるもの知っている。

「妾にとっては、子を拵えるこしらえるつもりもない性交など、無駄家にしか見えんがの。」

「人間同士でも体の官益だけって人もいるし……変わらないですね。」

「否。人と妖には主従が存在する。その時点で縛りができて、どちらかが死するまで切れることはない。」

「それって、人だけが損するんじゃ……。」

「そうとも言わんが、こればかりは契りを交わした後でも辻褄が取れるであろうな。」

「まさか妖でも何か?」

玉藻前は軽く微笑んだ。

「妖が死するのは払われるか……忘れられるかのどちらかだ。」

「ッ……。」

「妾との契りはそれよりももっと重い縛りぞ。」

「重い?」


「見返りはないが、決して切ることは出来ぬ。純恋。そなたが死して尚、妾が死するまで末代が絶えようと切ることは出来るのだ。」

「それは……貴方が強いから?」

「何故そう思う?」

「さっきの話では“身をささげる見返り”でしたよね?それよりも重いって事は、それだけ力が強いからかなと。」

「なるほど、訳も含めてご名答ぞ。」

「へぇ……。」

「ご機嫌な顔になったな。」

「え、嘘……。」

「まことぞ。妾が強いのがうれしいのか?」

「嬉しいというか、楽しくなるかもしれないって思って。」

「楽しいとな?」

「私はチキン……じゃなかった、怖がりだからひとりじゃゆうきがでないけど。もしかしたら……もし玉藻前がそばにいてくれるなら踏み出せる気がする。」

「妾にそなたの心を操るほどの血かrはもはや残っておらぬぞ?」

「残ってないなら……増やせばいいんじゃないですか?」

「何を企んでおる?」

「妖が忘れられると死んでしまうなら、“絶対に忘れない、信じる人”がいれば、元気になるかもしれません。」

純恋の瞳に写る月明かりは、眩いほど輝いて玉藻前の背中を照らして見える。それは玉藻前の心の靄が消えたことを意味していた。

「純恋。妾がそなたを守ると誓おう。」

「それじゃあ、私は玉藻前を信じることを誓います。」

純恋の額に玉藻前の手が触れると、二人を優しい光が包んだ。

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琥珀色を飲んだ消失点 木継 槐 @T-isinomori4263

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