宇宙旅行

 家族が出かけているこの時間だけが私の癒やしだった。外は今の時期、花粉症がひどくて出た途端に苦痛に苛まれてしまうから出たくない。……それよりも、一人で外に出ることが許されないのだけど。もうこれは慣れた。

 数少ない友人たちが「待ち合わせ遅れる」「またかよ」「マジでお前時間通りに来ないよな」とチャットで話しているのをただ見るだけだ。もちろん彼らだって色々な事情を抱えているのを知っている。だから今日くらいはそんな色々をなかったことにして楽しんでくれたら、と思う。でも、私だってそんな時間がほしい。


「……あほくさ」


 布団に手足を投げ出し、小言が漏れた。

 望んだって自由なんてもの、手に入らないのだ。一人で生きていけるようになるまでは。だから私は早く自立しなければならないのだけど、環境がそれを阻害してくる。それを免罪符に、私は束縛されている悲劇に甘えている。

 甘えきっている私と違って、大変なのにそれでも動くことをやめない彩花にいつか置いていかれるかもしれない。きっと彼女はどこか遠い存在になってしまうだろう。それが出来る子だから。


「彩花は何してるかな」


 今も親に怯えながら、それでも彼女は前を歩く。その先に、彩花が求める何かがあるのだろう。彼女の邪魔はしたくなかったけど、私だってそこまで人がいいわけではない。むしろ性格が悪い部類に入る。だって、私は彩花が失敗すればいいと思っている。ずっと、私と一緒にどん底で自己憐憫に浸る自慰行為に溺れていればいい。

 だから、彼女にチャットを送った。「今何してる?」なんて暇であることを隠しもしない文章。

すぐに返信が来る。


「人生ゲームしてた」

「一人で?」

「ううん、五人」


 首を傾げる。彩花に四人も友達がいただろうか。家に四人も招いていいほど優しい親だっただろうか。

 だが送られてきた写真を見てすぐに合点がいく。口角が上がった。彼女はやはり彩花だ。電波系な一面があって、いつも笑っているくせにネガティブで可愛らしい彩花。

 四体のぬいぐるみを並べて、人生ゲームをしていた。一人五役でパーティーゲームをしているらしい。左から、豚、トラ猫、三毛猫、ひよこのぬいぐるみだ。彼女自身は犬のぬいぐるみを抱えている。

 ふと私の枕元を見る。彼女と一緒のぬいぐるみたちが横たわっている。丁寧に作ってあげた布団を被ったまま、ぬいぐるみたちは静かに眠っている。目が覚めることはない。


「なら一緒にゲームでもしようよ」

「する!」


 彩花が笑ったのが見えた気がして、私まで嬉しくなる。私と遊べるってだけでこんなに嬉しそうな空気を見せてくれるのは彼女くらいだ。むしろ周りは私を嫌がる。

 彼女がいてくれると、私は頑張らないといけない気がして苦しいけれど、彼女がいなければ一体誰が私を寵愛してくれるのだろう。

 布団から出て、通話を繋ぐ準備をする。マイクをセットして、ソフトを立ち上げて、彼女から連絡が来るのを待つ。パソコンのスペック自体は低いけれど、周辺機器はそれなりのものだ。いつかパソコンを買い換えられるときが来たら、配信サイトで何か活動をしてみるのもありかもしれない。……私なんかを見に来てくれる人はいないだろうけど。


「準備できた!」


 その連絡を見て、通話開始ボタンをクリックする。呼び出し音が終わると、ふわりと彼女のいる家の重苦しい空気と、我が家の息苦しい空気が混じる。回線なんて不安定なもので私たちは今、繋がっている。


「もしもし~」

「聞こえてるよ。彩花、何する?」

「んー、なんでも! そっちの好きなやつ」


 じゃあ、と最近二人でやっているゲームを名前を出すと彼女の声色は露骨に喜色が滲む。この声が聞きたかった。彼女がいるだけで私の心臓は動いているのだと自覚できる。これでは彩花が私の命綱みたい。……いや、延命処置? それとも酸素? とにかく、そのくらい彼女の声が私を支えている。


「今日は親がいないからいっぱい騒げるよ!」


 彩花がそう笑う。私も笑った。


「いっぱい騒ごっか」


 私たちの狭い世界では、騒ぐなんて許されない。でも今は、世界なんて窮屈な場所から私と彩花だけの宇宙にいる。宇宙から見た世界はあまりにも小さい。いつか、あんな狭くて暗鬱な世界から飛び出て、二人で宇宙に漕ぎ出よう。

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