彼女は別人のように輝いていた

俺はメルクリウス寮で起きた出来事をかいつまんで話した。

俺がソファに座り直すのを見ていた彼の父親は

「ほう……この方が、あなたの研究の」と言った。

彼はハルシオンが自分に対して緊張した様子であることに気がついたのか、「そんなに硬くならず、座ったままで構わないですよ」といったがハルシオンは彼の言葉を聞いておらず民警の連中と同じ態度を取っている。

エリファスはそんな娘の様子を見てため息をつき、息子の方に向くように促すようなしぐさを見せた。

俺はその様子を黙って眺めていた。

そして彼の口が開かれかけたその時だった。

『お待ち下さい』

壁がスライドして動画が始まった。

誰かが立ち上がろうとしている。

ハルシオンだ。

映像の彼女は別人のように輝いていた。

その表情は自信と威厳に満ち宗教画のようだった。

**

エリファスの御長男ディック氏は新進気鋭の魔道査察官でハルシオンと一つ違いだ。つまり俺は事実上、新郎として家族会議に諮られることになる。

ううむ、ますます身がこわばる。

壁の宗教画は魔道査察官が仕事する時に掲げるしきたりがある。秩序の秩序を監督する者をさらに監視する、いわば神の視座を絵画が代理しているのだ。

ディック氏の見守る中、エリファスが登壇した。


そして『宇宙の憲法停止』に一礼した彼女はゆっくりと話し出した。

「これはこれは皆さんご機嫌麗しゅうございますわね」

挨拶を終え本題に入る。

「さて、本日ご出席いただいたのは他でもありません。ハルシオン・カルタシスの研究に関すること、及び実験内容に不審点があったことをお伝えしたく」と。その件でメルクリウス寮の舎監だった俺の母さんも同席しているのだ。

エリファスは幽霊騒動の件には触れず、そのまま続ける。


〈サリーシャかあさん。大丈夫だ。僕がついてる) 俺は目くばせした。


「まず一つ目。

先日、我が娘があなたのお子様に不用意に話しかけたことでしたわ。わたくしもハルシオンの研究のことは深く存じておりませんでしたわ」


サリーシャが恐縮する。

するとディック氏が口を挟んだ。「過剰な監督は自由な校風を損なう。オプス教授だってハルシオン――特別研究員の独自性に関与できない」

「ですが、あの方はどうもあなたが何かの研究を進めていることは知っていたようでしたが、何をしているかについては知らないそうですわね」と。


セキュリティー審査項目は情報漏洩に神経を尖らせている。特に複数にまたがる研究は機密保持に関してなあなあに成りやすく横断的な情報漏洩を招く。


ディック氏はそういう管理のゆるみでなくむしろ無関心を問題視している。

「まぁ、メルクリウス寮の事件は巧妙というかしてやられた感があります」

魔導査察機構はノースに出し抜かれて快く思ってないのは確かだ。

水星の逆行にかこつけた大胆不敵な実験は寝耳に水だったらしく思念の漏出が魔導通信工学的にどのような影響を及ぼすか環境評価を急いでいる。


ただ法的には抵触する部分は見当たらずむしろ規制が前代未聞を追う状態だ。

「残留思念のブレンド…パルスマギメーター。懸念事項山積で頭痛がする」

こめかみを揉みつつディック氏は俺を尋問した。

「地縛霊の存在に関してまったく聞いてなかったんですか?」

俺はそこで思い返したことがある。ハルシオンは本当に一匹狼だがオオカミ少女ではなかったので研究のことはほとんど誰にも話したことが無かったのだ。だから俺は何も知らなかったがハルシオンは違うはずだ。

「俺はただハルシオンの提案を形にしただけです」

「地縛霊の固定化は慧眼だったね。地縛霊はグルッパという少年という」

ディック氏は赤い宝石のペンダントを取り出した。


俺はそれを一目見て「中性長石アンデシンはとても俺の月収で買えません。かわりに救世主の血潮といわれる赤めのうの霊力を使いました。これだって俺の研究予算から持ち出しですよ」、と補足した。あとでノースに請求するけどな!


ディック氏はうなづき「知りたいのは宝珠の出処でなく幽霊と君の関係だ」

なぜ用意できたのか。周到な準備を勘繰っている。うたぐり深い奴だな。


「新しい寮には終夜営業の魔法具店があるじゃないですか。引っ越しの問題解決を頼まれて俺は動いてたんですよ。メッセンジャーですからね!」


嘘はついていない。幽霊の説得が膠着していて悪魔祓い師の出動を視野にいれていた。拘束具に使うアンデシンは事前に水晶で清めなくてはいけないが、それらのパワーストーンは店に入荷していた。


「なるほど。借方科目というわけか。店の帳簿と合う。不正はなかった」

ディックはまだ腑に落ちないらしくオプスとハルシオンの親交を突いてきた。


「たしかに一匹狼の研究者ですが、みんながみんな人間嫌いではないですよ」


彼女がハルと接触を持つことができたのはハルと仲良くなりたいからだと聞いている。だとすれば彼女が知っていて不思議ではないのかもしれないと思ったがどうやら違った。俺はここでやっとハルが言っていた事を思い出す。


>「君の事がよく知りたい」「約束しよう」

>心と心が混ざり合う研究……


ハルシオンは研究成果をとっくに実用化していたのだ。だからオプス先生に仕掛けたのがバレて大目玉を喰らったというわけか。


サリーシャが居ても立っても居られず弁護をはじめた。


メルクリウス寮の幽霊問題は歴代の申し送り事項だったにもかかわらず、塩漬けにした学院側にも責任がある。情報漏洩でなく情報の抱え込みを論うのなら風通しの悪い魔導査察機構はどうなのか、と。


地縛霊の言い分を聴取し環境改善を先送りした点をディック氏に問いただす。

しかし彼とて匙を投げていたわけでなく、膠着状態のまま息苦しい日々を送っていたことを必死に弁明した。


どうにもならない状況を孤軍奮闘する一生懸命さはハルシオンの可愛らしさにつながる。


まったくもって血は争えないというか。


それはハルとハルの母の行動を見ているかのようで、あの時母がとった行動がハルが母を真似しているかのように思えるものだったのを。

だから俺はハルシオンが研究について何も言わず、隠していたことに気づいていることを今改めて知ったのだ。


俺は彼女の発言によって自分のしたことが正しかったということを知るとともに罪悪感を感じていた。ハルシオンが研究内容を秘密にしていた理由、俺は彼女のことを思ってやっていなかったことに気がつかされた。彼女は俺のことを想ってくれていたから、俺が傷つくことを良しとしなかったから研究のことについて口に出すことを我慢した。しかし彼女の研究を他の人にまで隠すことが正しいことだとは到底思えなかったからだ。


俺はいたたまれなくなった。


「かあさん、もういいだろう! 皆カツカツなんだ。鬼詰めしないでくれ!」

そしてハルシオンの活躍ぶりを(かなり盛って)報告した。

「パルスマギメーターの研究が幽霊少年グルッパを救ったんだ!」

しかし、母はひるまない。「第一に水星逆行の克服とこれとは別問題」

俺の母は続けた。「二つ目に、研究を秘匿していることを私は許せない」


名指しされてハルシオンはうつむいたままスカートを濡らしていた。

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