彼女に想いを伝えた
俺はノンアルの勢いを借りて彼女に想いを伝えた。
二人の仲を壊しまいと、ノースがセッティングした。そして実験器具のトラブルを口実に欠席した。粋に計らったつもりらしい。笑っちゃうよ。
「何が可笑しいの?」
「あ、いや、君に話したいことがあって……」
「そう、話したいこと? 何かしら?」
「あの……俺は……」
「そうね……」
ハルシオンはまだ不安を隠せていない。
「ハルシオン、参加を認めてくれてありがとう、感謝してる」
これからもっと気持ちが昂まって、彼女に告白をしたい。
そう思った。
「もともとオプス先生が通信魔導工学のいい実験材料だって言ってたんだし」
メルクリウス寮の工期を水星逆行時に含める件は教授の申し入れだという。
おかげさまで潤沢な研究資金を託されているらしくオプスは耳が高い毎日だ。
メッセンジャーである俺を研究陣に抱え込めば渉外がはかどる。そしてハルと俺が仲良くなればノースの野郎、いよいよ本丸を攻略できるっと。こん畜生。
まぁ、俺だって応用魔導工学系で厳しい就活に望むよりは遥かにいい。
「怪我の功名、てとこよね」
ハルシオンがベックスを飲み干す。
「あの……そんな、こちらから巻き込んじゃったことなのにごめん、…でもハルシオン、君も研究に協力して欲しい……もう一度、ノースと一緒に僕の目に適う研究方法を見つけて欲しい」
それを聞いたハルシオンは、
「どういうこと?」
「え、え~と……だから、二人の心が混ざり合うという研究のことで、その話」
俺はオプス研究室に併設予定の共同実験室のことを言っているのだ。ノースがいよいよ産学一体ビジネスに色めき立っていて俺は彼の設立するベンチャー企業の嘱託という身分になる。居住スペースつきのフロアを貰えるからワークライフバランスもいいかな、と。
「えっと、それだけ?」
ハルシオンはきょとんとしている。将来設計の話は心に響かなかったか。
俺はあわてて場がしらける前に取り繕った。
「そう、それだけです。その話が嫌なら、もういいんでしょ?」
ハルシオンは俺の目をじっと見つめ、どこか不安な色を含んだ声で告げた。
それからはハルシオンが話始めた。
彼女は自身の研究についての話を、それは無味乾燥で眠気を誘う内容だった。
虚栄心を二乗すれば負の感情となり内向性のベクトルを持つとか情緒のうねりと逡巡の円弧を回転運動から物資と精神の複素数を含む正弦波に変換とか。
どれも通信魔導回路を設計するうえで必要らしいが、そんなことよりも…。
「ハルシオン……あんまり僕自身に関することは話してくれないね」
俺は彼女の目に焦点を合わせ、その表情を目に焼き付けてみた。
「なんだよ、その微妙な表情は……」
「いや、君には特別な研究について話しているところで……」
俺はそこでハルシオンの話が気に食わないことを理解した。この研究、ハルシオンの興味は俺の研究だけで、彼女の興味はこちらではないということだ。
「何、言ってるんだよ」
ハルシオンは俺の声を遮るように話し出す。
「研究は君のものでしょ? 誰かに聞いたって教えてはくれない、それは君のはずだと思って……」
ハルシオンはそこまで言ったが、俺には彼女が話すのを待っているように思えた。
すると、ハルシオンは何か考えた後、俺に告げた。
「お母さんに相談しない?」
「え?」
ハルシオンはそれから、こう続けた。
「『お母さん、もし君がお腹の赤ちゃんに危害を加えられたらどうする? 』何て普通、訊くか?その時の反応でだいたいわかるでしょ」
俺は彼女によって俺の研究のことを聞かされたのに、その後も研究について話したり、母親の反応について話すと、ハルシオンに突っ込まれるというのは初めてであった。
「僕にも教えてくれ。僕はどうしたら良いかな?」
「そうね……」
彼女は少し悩んだ後、真剣な表情をして
俺を見つめ、こういった。
「あなたの子供には、幸せになって欲しい」
「それは、あなたの研究を認めることにつながる」
俺は、
「そうだね、きっと君は研究を続けるでしょう」
そう答えると楽になった。
**
ハルシオンの母親は娘の研究に反対するどころか期待していた。
ただ、ハルシオンは俺の付き合いを優先してくれる。
それが何より嬉しかった。
それが本意でなくても嬉しかった。
俺達はロンドンからマンチェスターに移動して母親に連絡をとった。というのも公私混同の強制というか少々、個人的に込み入った状態になるからだ。
俺の新しい仕事場は寮付きでオプス先生の研究室に併設される。すると法的にややこしい問題が発生する。
メッセンジャーが中立性を侵して魔導通信工学者の研究室に住む必要がある場合は、その親族を含めたセキュリティ審査に合格しなければならない。
魔導査察機構は魔法省庁と独立した第三者機関で召喚魔法、千里眼、サイコメトリーなど魔法とプライバシー保護の両立をはかっている。
ハルシオンの研究は特に人間の情動を扱うデリケートな分野だ。家族関係も影響する。
だから俺はハルシオンの母親と会う羽目になるのだ。
何だかドキドキするなあ。
エリファス・エイヴァリーは娘より快活明朗だった。
俺たちは早速彼女の自宅へと向かった。
エリファス・エヴァンズは娘とは違い、大柄な体型をしていた。
ハルもかなり体格が良い方だがそれ以上だ。
俺達を応接室へ通すと、紅茶やお菓子などを準備してくれた。
彼女は自分の仕事が終わったらしく、すぐに娘の元へ戻ると言って立ち去った。
俺とハルシオンは二人きりになったのを見てお互い顔を合わせ苦笑いをするしかできなかった。
ハルシオンは何とも言えない空気の中で口を開いた。
「ねえ……あの子には私から伝えるわ。
それで、大丈夫かしら」
ハルシオンは自分の研究を認めてもらえないのではないかという恐れを感じているようだった。
確かに、認めてもらえないということは今まで経験したことがなかったかもしれない。何しろ年頃の娘が男と住むのだ。
しかしハルシオンは、自分の母親から認めてもらえないということを恐れていた。
それもそのはずで、自分よりも研究を優先することを知っているからだ。
だから、ハルシオンが自分の研究成果を認めてもらおうとするのは至極当然のことである。
俺だって自分勝手なことばかりしてきたのだから。
俺は彼女の力になるべく ハルシオンの言葉を聞きながら言った。
「俺からも魔導査察機構に話を通しておく」
「ありがとう……」
ハルシオンも分かっていたみたいだ。
しかし認めてもらえなければまた始めなければならない。
認めてもらうためには認めてくれる人間が必要なのだということを。
俺が話そうとした時にドアが開かれた。
入ってきたのはエリファスさんと息子さんと思われる男性だ。
とても背が高く筋肉質の体型であることが一目で分かった。
俺は立ち上がり自己紹介をした。
すると彼も挨拶をし返してくれたが、彼が俺に興味を示したのはハルシオンのことだったらしい。
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