俺はこの恋を成就させなければならない

「ハルシオンの希望をあいつにも伝えておいてくれ。君の研究を悪く言うつもりはない。これは君の為の実証実験だ。成果をみな必要としているし愛してる。研究が実を結ぶために君にリソースが優先される。君が私の研究に参加してる限り、私も私の研究に集中する。ただし、これは一研究者としての私に対する戒めだ、今後ともよろしく頼む」

ハルシオンは頷き、俺は握手をした。ノースも拳をぶつけてくる。

「ああ、これからもハルシオンの研究に協力してくれ」

「分かった」

ハルシオンが研究者としての顔をした。

俺はハルシオンが俺の研究を認めてくれたことに安堵した。いつかハルシオンに「良い相棒ね」と言ってもらいたかった。

「あ、あの……それと……」

「ええ、分かっているわ」

「何かありますか」

俺はハルシオンに話しかけた。ハルシオンは穏やかな声音で喋り出した。

「話が早くて助かるわ」

「本当ですか」

ハルシオンは俺の研究に関して自分なりに研究を進めようとしている。

「ええ、だから、今日中に片付けたいの。貴方に必要なのはわたしの研究よ」

「でも、俺はハルシオンの正式な研究チームメンバーに認めてもらえますか」

と言うのもメッセンジャーはあくまで助っ人の立場だ。深入りするには主任者の許可がいる。しかもオプスは妙齢の女性だし。

「ふ~ん。小動物みたいな目をしている」

ハルシオンに不安を見抜かれた。

「えっ?!…えっ…いや」

「オプス先生はサボりやズルにはこわぁいけど、失敗には優しい人よ」

先に言われて俺は内心ほっとした。黒エルフは和睦するまで人間を敵視していた。威圧的で差別的で特に魔導に関しては上から目線だ。しかしパワハラの心配はオプスに限って無用らしい。でなけりゃハルシオンと組まない。

「いや、いや、そういう事では。俺はハルシオンと…」

「あなたが認められなければ実験が終わらないわ。わたしはまだ彼を見放してはいないの。まだ彼から何か見つけたいの。それに……」

ハルシオンは少し顔を赤らめている。

「あなたのことは、誰かに打ち明けておきたい。それはそれだったの」

その後、ハルシオンは自分の研究に取り組んでくれた。

ただ、ハルシオンが俺に対し研究のことで嘘を教えるのは嫌じゃ無いと俺は思っていた。

俺はハルシオンの研究に協力してもいいと思っていた。群れをつくらない性格らしく、学内でもシュレディンガーの猫みたいな扱いだった、それはハルシオンにとっても同様で権益を尊重する限り、我関せずだった。


俺はどうだっただろうか……。だが、珍しく承認欲求のサインを出したのはハルシオンの方だ。

いんだろうか……。

**

ところで、一つ引っかかる点があった。それは地縛霊を固定した呪具の事だ。

水星の逆行は伝達に関するもろもろを阻害するという。なぜ交渉が纏まった。

本来なら幽霊と決裂しひと悶着起きている頃だ。何か神の恩寵でもあるのか。

仮説が成立すると水星の守護者メルクリウスの神格が否定される。それはすなわち水星逆行効果の消滅につながる。これを矛盾なく説明する解釈は二つ。

水星逆行効果の不在あるいは微害、もしくはハルシオンが嘘をついている。

俺としては前者を採用したい。逆行の害はハルシオンの技術力で克服可能。


そう自分を納得させたいが逆に不信が募った。制御できる害悪を騒ぎすぎだ。

メッセンジャーとしてはこの疑問点を捨て置けない。オプスに報告した。

黒エルフはひざを必要以上に組み替えながらハスキーボイスを漏らした。

「あらン…そぉなの…」

「かくかくしかじかでありまして…先生」

俺は包み隠さず話し終えるとオプスはキッと睨みつけた。寿命が5年縮んだ。

すると彼女は視線を水晶玉に移し深々と吐息すると再び俺の方をむいた。

「君のせいじゃないのよ。包み隠さず報告、あ・り・が・と」

今度は優しい目だ。しかし猫なで声で感謝されるとますます怖いぞ。


「貴女ねぇ!」

「ひゃあっ!」


すりガラス一枚隔てた向こうで、どっすん、ばりばり、がしゃがっしゃーん。

派手な物音が聞こえる。水晶玉越しに破壊魔法でも撃ち合っているのか。

最後に「めっ!!!!!!!!」というひときわ大きな警句が聞こえた。


えーん。ハルの泣き声が聞こえる、


そして「終わったわよぉー」と扉が開いた。

「な、何事ですか」

おそるおそる後ろ手でドアノブを閉じると部屋がしんと静まり返った。

「うんと釘を刺しておいたわ。残留思念の安易な再利用とそれに伴う危険性」

「どういうことですか?」

俺が身を乗り出すと「こういう事よ」と立体格子模型が机上に浮かんだ。

メルクリウス寮の骨格がぐるんぐるんと回転している。

簡略に説明すると曳家に伴って積年の未練や怨念が刺激されたということだ。

幽霊の間でも残留派と賛成派の論争があったらしい。葛藤する力を水星の防御に応用できないか千載一遇のチャンスをハルシオンは狙っていたらしい。

たまりまくったうっぷんが一挙解放されるので適切な避難誘導が求められる。

そんな感情の渦中に俺は置かれたのだ。大きな声で言えないが煽情的だった。

ハルシオンのやつめ…。


「ありがとう、ハルシオンくんの件で君まで巻き込んでしまって。済まない事をした。しかし、この話を聞いて安心した」

ノース研究員が謝る必要なんてないのに。

「そんなことはありません。

ハルシオンは俺に研究のことで嘘を吐くのを止めてくれました。

こちらこそありがとうございます」

「そう……まあ、あなたがそういう人だと分かっただけで、私は嬉しいわ」

黒エルフがノースの隣でほほ笑んでいる。

肝心の張本人といえばニワトコの梢でスカートを抱えて尻もちをついている。

「ハルシオンのこと、大好きです」

俺はハルシオンを守ってやらないといけない。

ハルシオンが俺のことを認めてくれ、一緒にやろうと約束してくれたから。

「今回の騒動より得た知見の方が大きいため不問に付してくれるそうだ」

ノースは処分内容を伝えた。オプスがハルシオンを派手に擁護した成果だ。

「ふふ、ありがとう。

あなたがそのお礼に研究結果を教えてくれるとお母様が言ってたわ」

「ああ、そういえばその約束でしたね」

「そうよ、だからハルシオンも一緒にお礼を言わないとね」

「はい、そうします」

そう言いながらハルシオンは微笑んだ。

俺はハルシオンの笑顔にドキドキしていた。

ハルシオンから「ありがとう」という「お礼」をもらった嬉しさもあったし、

「あなた、本当に嬉しそうだったわね」と言われることもした。

俺はハルシオンを好きなのだ。

俺はこの恋を成就させなければならない。

**


『学者カフェ』は不寝番ナイトシフトに備えて遅い昼食や夜食を用意している。酒類の代わりに匂いのきついノンアル飲料がやる気を盛り上げる。

俺はサーモンとアスパラガスのグリルにレモン汁をたっぷりかけていた。定番食材だ。それにしてもロンドンは魚が高い。彼女のために奮発した。

シャンディガフを注文できないのでナニーステイトでグラスをうるおす。

「あ、あたしはベックスで」

「ドイツ産をオーダーするって、オプスの犬ですアピールか?」

「ひどいわね。まだ根に持ってるの?」

ぷうっと膨らむ頬がまたかわいい。すまんな、怒らせてみた。

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